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図 重工業化で高まる投資比率とエネルギー弾性値
(注1)重工業/工業生産は付加価値ベース
(注2)エネルギー弾性値はエネルギー消費の増加率/GDP成長率によって
計算され、GDPの成長率が1%ポイント増加したときにエネルギー
消費が何%伸びるかを示している。
(出所)『中国統計摘要』各年版より作成
経済産業研究所 コンサルティングフェロー 関志雄
近年、中国では重工業が急速に成長し、従来の労働集約型工業にとって代わり、経済成長のエンジンになっている。実際、重工業の工業生産に占めるシェアは、1990年の50.8%から2002年には60.9%へと緩やかに上昇したあと、今回の好景気に乗って、2004年には66.5%へと加速している。特に鋼材の生産は2年の間に約1億トン増え、2004年には2.97億トンに達し、自動車生産もWTO加盟を経て、2001年の234万台から2004年には507万台に急増している。これを背景に、近年、投資の対GDP比が上昇しており、エネルギー消費も経済成長率を上回るペースで急拡大している(図)。重工業化は産業の高度化を意味するという点について異論はないが、これが今後中国の目指すべき道であるかどうかについては経済学者の間でも意見が分かれている。
国務院発展研究センター産業経済研究部の李佐軍氏や、中国経済改革研究基金会国民経済研究所樊綱所長をはじめとする賛成派は、重工業化が所得の上昇に伴う消費構造の高度化や、都市化とインフラ投資の拡大、世界の工場化に伴う機械と設備への需要拡大による必然的結果であると見ている。実際、欧米や日本、韓国など、すでに工業化を遂げた国々は、いずれも「ホフマンの法則」にしたがって重工業化の過程を経験した(注)。発展を目指す中国にとっても、重工業化は避けて通れない道であり、この段階はすでに到来していると認識している。中国には、1950年代に政府による計画と国営企業の主導で重工業を進め、失敗した苦い経験があるが、今回は市場メカニズムと民営企業や外資系企業といった非国有企業が大きな役割を果たしているという。
これに対して、一部の経済学者が、重工業化を推し進めることは、中国にとって望ましくないと異論を唱えている。この慎重派の代表選手は、長老格で政府の政策決定にも大きな影響力を持つ国務院発展研究センターの呉敬l教授と北京大学中国経済研究センターの林毅夫所長である。その論点は次の五つにまとめることができる。
まず、現段階では資本集約型の重工業の発展は、豊富な労働力という中国の比較優位に沿っていない。国際分業の観点から見れば、たとえ中国国内で重工業の製品に対して需要が増えたとしても、必ずしもこれを国内で生産する必要はなく、海外から輸入によって賄うことが可能であるだけでなく、効率的でもある。比較優位に反して無理やり重工業化を推し進めていくと、中国は1950年代の重工業化と同じ失敗を繰り返しかねない。
第二に、重工業は資本集約型産業に当たり、労働集約型産業と比べて、同じ投資金額を投じても雇用創出能力が限られている。これは、近年、中国が高成長を遂げたにもかかわらず、失業問題が一向に解決されていない原因の一つでもある。雇用を促進するためにも、呉敬l氏と林毅夫氏は、それぞれ、サービス部門と労働集約型の製造業の重要性を強調している。
第三に、重工業は、エネルギーをはじめ大量の天然資源の投入が必要である。中国は、そのような資源の賦存量が乏しい上、その利用効率も悪いために重工業が国際競争力を持つに至っていない。また、中国の重工業化による需要の拡大は、資源の国際価格の高騰に拍車をかけかねない。
第四に、重工業は、大気や水の汚染などを通じて環境を悪化させかねない。このような「外部効果」を企業は負担しておらず、一種の市場の失敗を起こしている。環境を犠牲にした経済発展は、政府が提唱している、自然との調和を強調する「科学的発展観」と矛盾しているだけでなく、諸外国から「不当な競争」という批判を招きかねない。
最後に、近年の重工業の発展は、純粋に市場における企業の意思決定によるものというよりも、国有銀行による融資などにより政府に誘導された結果である。しかも、投資が失敗しても、企業がその責任を負うことはなく、融資が不良債権になれば、国民の税金をもって処理しなければならない。
近年、多くの経済論争は効率を強調する自由主義者(主流派)と公平を重視する新左派(非主流派)の間で争われていたが、今回の論争は、もっぱら効率が焦点となっており、主に主流派経済学者の間で交わされていることが特徴である。両陣営の間では、市場原理を尊重し、比較優位に沿った形で世界経済と分業体制を図るべきであるという評価の基準については意見が一致している。その上で賛否が分かれているのは、発展段階から見て重工業化が現在の中国の比較優位に沿っているかどうか、また移行期の中国において市場原理が十分働くようになったかどうか、という現状認識の違いによるものである。
しかし、中国ではこれからも経済が発展し、それに伴って資源利用の効率も改善すると予想される。そうなれば市場メカニズムがいっそう働くようになり、環境基準が強化されたとしても、重工業は十分国際競争力を持つようになるだろう。このように、中国にとって重工業化は、確かに慎重派が言うように時期尚早かもしれないが、賛成派が主張しているようにもはや時間の問題であると言えよう。
(注)ホフマンの法則とは、経済発展が進むと産業の構成が次第に重工業の比重が大きくなっていくというドイツの経済学者ホフマン(W. G. Hoffmann)が示した経験法則のことである。ここでいう重工業には化学、鉄鋼、非鉄金属、金属製品、一般機械、電気機械、輸送用機械、精密機械が含まれている。
2005年10月14日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/051014sangyokigyo.htm