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おやじのせなか
他に書きたい記事もあった。しかし今日はこの記事だけにしておく。皆さんの中にも読まれた方も多いと思う。朝日新聞に連載されている「おやじのせなか」というコラムの、25日のそれは私の心に響いた。内科医の鎌田實氏が書いていた。少し引用してみたい。
「・・・30代半ば、偶然に自分の戸籍を見たら親の欄に知らない名前がありました。両親が生みの親でないことを初めて知りました。
結婚する時、父は僕の妻にそれを告げ『實には知らせないで』と言ったそうです。希望を尊重し、僕も知らないふりをすることにしました・・・
(父は)青森の貧しいリンゴ農家の末っ子で、小学校を出てから働き、18歳で上京。進駐軍のスクールバスやタクシーの運転手をして働きづめでした・・・心臓に持病のあった母の治療費を工面するのに精一杯だったのでしょう。
僕の通っていた都立西高校は進学校。母の闘病を見ていたので、僕は医学部に行こうと決めました。でも父は『行かなくていい』。6年も通わせる余裕はなかった。僕は歯ぎしりしながら泣いて頼みました。そして、自分はなぜ医者になりたいのか、改めて真剣に考えました。
結局、許してくれました。同時に『弱い人、貧しい人がどんな気持ちで医者にかかるか。それを忘れるな』と・・・僕の背景には常にこの言葉があります・・・
87年、病院の近くにログハウスを建て、東京で暮らしていた父を呼びました。血はつながっていなくても、3世代の家族として共に過ごしたい。大事に使えば200年はもつ家です。『岩次郎小屋』と父の名をつけ、父を頂点とした家族を作りたかった。父は僕らと暮らし、7年前に88歳で亡くなりました。僕は最後まで、気づかないふりを通しました。
実の父親の墓を訪ねたことがあります。成功者だったそうで、驚くほど立派な墓でした。でも僕は、貧しくても運命から逃げず、誠実に生きた父に育てられて良かった。それに気づくまで、ずいぶん時間がかかってしまったけれど・・・」
いい話だと思って読んだ。そして生きていくということの意味を考えた。人の数だけドラマがあり感動がある。星の数ほどある地球上の個人が、それぞれの個人的な人生においてドラマを作りだしている、それが生きる事の証に違いない。そしてそのドラマは全て等しく感動的であるのだ。
しかしそのドラマをつくりだすことが出来るのも、平和があってこそだ。イラクやパレスチナの現状に思いを馳せる時、理不尽に一瞬にして人生を奪い取られる彼ら悲しみと怒りはいかばかりかと思う。自分の人生を生きることができないのだ。
何故我々は戦争を防ぐ事が出来ないのか、防ごうとしないのか。テレビで田原総一郎が政治家や評論家を相手に安全保障論議の司会をしていた。日本の安全保障政策を得意顔で論じる政治家や評論家を前にして、田原が相槌を打っていた。そんなことにメディアを使うよりも、イラク情勢の悪化やイスラエルのガザ攻撃を報じるべきだ。世界各地で開かれている反戦集会の高まりを報じるべきなのだ。これこそが本来の人間の姿なのだ。
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