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“Why were these men dressed as Mehdi Army?” Sheikh Hassan said. “Why were they carrying explosives and where were they planning to detonate their bomb?”
サドル派民兵組織のスポークスマンが、今回の騒動の顛末についてSocialist Worker Online誌に語っている。以下に小生コメントもまじえながらざっと内容を紹介しよう。
Why Basra is in revolt against occupation
http://www.socialistworker.co.uk/article.php?article_id=7426
曰く、引き金は日曜にサドル派のSheikh Ahmad Fartusiが拘束されたことに始まると。
拘束されたFartusiの解放を求めるデモが月曜に行われていたが、そこに登場したのが二人のマフディー軍の格好をした男だった。
彼らは警察に発砲し警察は死んだがカーチェイスの末、彼らは逮捕された。そこで警察が彼らの車から発見したのが、武器、爆薬、起爆装置だった。
そして二人は警察に連行され、その日の午後にイギリス軍がやってきたというわけである。
しかしどうして彼らはマフディー軍を装っていたのだろう。
ここで興味深いことがある。かのザルカウィが、ここに来て、反米指導者サドル師への攻撃は行わないと発表していることである。
ザルカウィの意向とイギリス軍の意向はまさしく一致しているのではあるまいか。
話を戻そう。当然のごとく警察はイギリス軍の要求を断り、そこで、イギリス軍の主権無視の強硬手段が行われた。
テロ容疑者であり自国民に対する殺人、傷害の現行犯容疑者である彼らの尋問が終わっていない警察がどうしてむざむざイギリス軍に引き渡すことができるというのだろう。
彼は、イギリス軍が戦車でやってきて、もし解放しないと殺すと警察を脅したと言っている。
逆に言えばイギリスはそれだけ必死だったわけだ。しかしなぜだろう。
イギリスは、反乱分子に二人が引き渡されそうになっていたから救出したと言いだし、イランやシリアの名前を出し、せっせとロンドン7・7の追加情報を喧伝し始めた。
しかし、イギリスの突入の根拠である情報はどこから得られて、どうしてそれが真実だと判断し、すかさずかくなる強硬手段にかくもすばやく移したのだろう。少しおつむのある人間には、イギリスの説明には無理があって疑わしいものであることがわかるだろう。
イギリス軍の破壊行為を目撃したバスラ市民が、イギリス軍を取り囲み、そこでイギリス軍と衝突した。
当初イギリスは、二人は交渉により解放に至ったと述べていた。このことも思い出されたい。
彼は、いくつかの問いかけを投げかける。
Why were they carrying explosives and where were they planning to detonate their bomb? Were they planing an outrage so that they could create tensions with other communities? Were they going to kill innocent people to put the blame on Al Qaida, who do not have any support in our city.Why were these men dressed as Mehdi Army?
彼はこう言う。
イギリス軍からの答えはなく、かわりにその夜再び軍がやって来たと。
記事ではイラク占領に反対した多くのイギリスの人々に謝辞と、問題をさらに深刻にしかねないさらなる軍の増員に反対するよう呼びかけまとめられている。
サマワに自衛隊を派遣している日本ではあるが、メディアはこの事件については、ほとんど報じていない。あっても実に浅い報じ方である。朝日は本日、ほとんど一面を費やして『少林カンフー、中国で人気』という記事を報じる一方、この事件については国際面の隅、ロンドン7・7の予行演習云々の記事の下に押し込められていた。