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(回答先: 米とタリバンが暗殺協議 98年にビンラディン容疑者(共同通信) 投稿者 熊野孤道 日時 2005 年 8 月 21 日 00:58:31)
2005.08.20
Web posted at: 16:17 JST
- CNN
ワシントン(CNN) 米国務省は20日までに、アフガニスタンを1998年時点で支配していたイスラム強硬派勢力タリバーンの幹部と米外交官が、同国内に拠点があった国際テロ組織アルカイダの最高指導者オサマ・ビンラディン容疑者の「暗殺」「追放」を図るため、秘密裏に接触していたことを示す外交電文を公開した。機密指定の解除に伴うもの。
タリバーン政権は、ビンラディン容疑者が仕掛けた2001年9月の米同時テロ後の米軍事作戦で同年末に崩壊。米国は今なお、アフガン、パキスタン国境の山岳地帯での潜伏が濃厚な容疑者の行方を追っている。
電文によると、接触はパキスタン駐在米大使館の大使代理と、タリバーンの最高指導者オマール師の側近が、1998年11月と12月に持った。数カ月前にアフリカ東部、ケニアとタンザニアで、アルカイダが実行した米大使館連続爆破テロを受けたものだった。このテロでは200人以上が死亡している。
オマール師の所在も依然、不明となっている。
オマール師側近は、98年12月19日の接触で、「この小さな人物(ビンラディン容疑者)が事件を起こしたとは信じられない」との見方を米側に示した。側近はこの後、オマール師とビンラディン容疑者の問題について協議。しかし、タリバーン指導部は、同容疑者はテロに関与していないとの結論を出した。
米国はケニア、タンザニアの大使館爆破テロの数週間後、アルカイダがアフガン内に築いていた軍事訓練キャンプを巡航ミサイルで攻撃した。アルカイダ構成員も死亡したが、アフガン人22人の犠牲者も出た。
オマール師側近が、米側との接触に応じたのは、この攻撃の被害に対する怒りが作用したともみられる。また、ビンラディン容疑者の暗殺にまで触れたのは、同容疑者を追放した場合、タリバーン政権に対する影響力から、政権そのものがが解することを懸念したとも考えられる。
電文によると、側近は米側に対し、「米国が殺害するか、暗殺出来る環境を作るのも可能性の一つだ」と述べた。この関連で、タリバーンに巡航ミサイルを供与する選択肢にも触れた。しかし、殺害などに絡め、アフガンを再び空爆しないよう強く促したという。
サウジアラビアやパキスタンを巻き込んだビンラディン容疑者の追放、捕そくでのやり取りもあったが、タリバーン指導部内での同容疑者支持が根強いこともあって、側近がその後、態度を硬化させ、接触は途絶えた。
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200508200015.html