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週刊新潮8月11・18日号が報ずる 『ヒトラーの日本亡命計画』。彼の自殺は演劇か又は真実か?
http://www.asyura2.com/0505/war72/msg/953.html
投稿者 新世紀人 日時 2005 年 8 月 04 日 15:07:50: uj2zhYZWUUp16
 

若干に衝撃的な記事ではある。

これは、昭和20年に英国情報部が当時のベルン公使であった加瀬俊一氏が東京の東郷外相に対して打った「暗号電報」を解読して英訳した「報告書」をもとにして書かれている。

その大切な部分だけを転記しておく。詳しく知りたい人は購入して読まれればよい。全部では3ページ分ある。

1945年4月24日 電文
「最近、当地において、ドイツ降伏の場合、その指導者が日本に脱出するとの噂が流れている。ドイツ・日本間を飛んだ長距離飛行機コンドルの準備に関わった複数のドイツ人によると、彼らは、最終局面でヒトラーと幹部がコンドルを使って脱出、受け入れの如何を問わず日本へ逃げ込む、と確信している。(中略)しかし、ナチスが敵国から人種政策を激しく非難され、また崩壊寸前であることから、日本のためにこの噂を心配する者もいる。彼らは、日本が最後までナチスと共同歩調を取るという印象を与えるのは避けるべき、としている」

そして週刊新潮の記事は、戦後に東京で発刊された米軍の準機関紙が、元日本海軍幹部の話を基にしてこの種の記事を載せていたことを紹介している。
それによると、
日本は、1945年3月5日にヒトラーの求めに応じて、潜水艦を出航させたがインド洋で燃料補給を終えた後にこの艦は消息を絶ってしまったとの事である。
ヒトラーはこの時に、太平洋での戦いを勝利に導く新兵器の設計案を提供すると約束したとの事である。

この週刊新潮の記事に関連して、
私の「ベルリンでのヒトラーの最後?」について疑問と考えるところを書いておこう。

「ソ連軍に占領されたベルリンの中でのヒトラーの『自殺』」は、ヒトラーと彼を救出しようとした協力者達が計画して実行した見世物としての「政治演劇」だったのではないかと疑っている。
ソ連軍がベルリンに雪崩れ込むまで、ヒトラーは降伏も自殺?もしなかった。
ソ連軍は、演劇の登場人物達としてヒトラー達によって引き込まれたものと考えるのである。
防衛するドイツ軍も登場人物達として扱われたと考えるのである。
そして、ソ連軍に「偽のヒトラーとエバの遺体」を発見させる。
そして、「ヒトラーとエバは死に、ドイツの戦いは終わった」と思わせる。

ドイツの戦争終結について納得しがたいことが幾つかある。
それらを列挙しよう。
1.ドイツ国民と国の事を考えるならば、ヒトラーは連合軍がドイツ国内に入り始めた時点で降伏するのが普通ではないのか。何故、往生際の悪い自殺?の道を選んだか。無用な国土の破壊と人命の消耗を続けた事は疑問である。日本の降伏に較べると大変な違いである。
2.彼が、「反共」であったとすれば、ソ連軍がドイツ国境に近づいた時点で「降伏する」事が合理的判断であった筈だ。その時点で降伏の為の使者を東と西に送れば、連合軍の進撃もその位置辺りで止まる筈で、それによりソ連軍の西進を抑えることが出来た筈だ。反共の彼がソ連軍にベルリンまで進撃させたことは疑問視されてよいはずだ。
3.ヒトラー暗殺計画もドイツの早期の降伏つまり、無駄な国土の破壊と人命の損傷を避ける事を目的に行なわれている。この意味からもヒトラーの往生際の悪さは疑問視できるだろう。
4.自分が降伏したくないならば、連合軍がドイツに近づいた時点で「自殺」すればよかったのではないか。そうすれば国土とドイツ人の人命を救い出せる。しかし、この時には本当に自殺しなければならない。自殺をでっち上げる事は難しい。周りを多くのドイツ人たちに囲まれているから嘘がばれ易いのだ。

この様に考えてみると、ソ連軍に踏みにじられた混乱の極にあったベルリンでの「自殺」は不自然な選択なのである。むしろ、ソ連軍に降伏するか抵抗して射殺された方が自然である。

この様に考えて、私は「ヒトラーとエバの自殺」は「台本がある演劇」だったのではないかと考えるのである。
「狂ったような人物が自滅した」との「大衆演劇」が演じられたのではないのか。

ヒトラーの軍事行動にも多くの疑問を持たざるをえない。
1.英国を追い詰めながら、何故英国上陸作戦を行なわず、兵力不足と準備不足にも拘らずソ連へ攻め入ったか? 英国空爆をモタモタと続けてドイツ空軍の消耗を早めた。
2.スターリン・グラード戦にのめり込み、無用な兵力消耗を招いた。
3.ロンメルのような優秀な軍人を嫌ったのは何故か? 自分の想いから外れて動く事になるから嫌ったのではないか?

これらを考える時に、ソ連侵攻は英・米の謀略工作が成功して矛先を転向させられたのではないかと考えるのである。ドイツ軍の西ヨーロッパ制圧が余りに早くてドイツ軍が強力であったためにそれへの対策を講じたのではないだろうか。
その目的は、ドイツ軍の東方での自滅とスターリン体制のソ連を痛めつけるという二つの目的を持ったものではなかっただろうか。
これには「ユダヤ人問題の東方での解決」と言う命題が絡んでいたかもしれないのだ。

ヒトラーは独裁的権限を持っていたので、ドイツの指導者達は彼を押さえつける事は出来なかった。引き摺り下ろされた東條首相とは大変な違いである。
ヒトラーはオカルトであったので、この様な人物を容易に誘導できる方法はあるものなのだ。唆してやればよいのである。この様な方法で彼は操られたのではないだろうか。
ポーランド侵攻もソ連侵攻もこの様なものであったかもしれないのだ。

とすれば、ヒトラー自身は一人で多くの秘密を知っていた可能性が高い。
勝敗が明らかになった時、この様な秘密を多く知る人物を敵方はどの様に扱うのであろうか。
一つは、殺害する事である。
もう一つは、殺害する事は惜しいと考えて、丁重に囲って外部から遮断して生き延びさせると言う方法もある。この時は常に監視しておくのである。
余裕があるならこの方法はなかなか有効であろう。ヒトラーやドイツの多くの科学的成果や兵器開発の成果、人脈を必要な時に引き出して利用できるからである。

戦争を戦った連中は、皆が思想的には兄弟のように似ているのである。着ている服装が違うだけだと言えるのである。従って、互いに心は通じやすい。

この様に考えると、ヒトラーや側近の日本への亡命計画は「ダミー」として出されたものかもしれないと疑うのである。
実際には、別のところへの逃亡が計画されていたかもしれない。
当時の日本側はこれをどの様に捉えたか判らない。潜水艦を出航させたとの情報は果たして事実であったのだろうか? 実は出航してはいないのかもしれない。
ヒトラーが本心では日本をどの様に捉えていたかについて知らないが、彼が日本への亡命を本心で希望したとは私には考えにくい。しかし、彼が日本の戦局の好転について見通しを持っていたならば、あり得ない事ではない。
しかし、現実には彼は日本へ亡命はしなかった。

この様な週刊新潮の載せた「報告書」が明らかに出された事には、意味が込められているのかもしれない。

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