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米谷氏は「上官殺し」があったか? と問われていますが、私は日本軍においてはそれはめったに無かったか、または全く無かったであろうと考えています。
しかし、先輩の兵士、一等兵とか上等兵に対しては集団による「仕返し」が行なわれていたようです。兵長に対しても行なわれたかかも知れませんが、そこまでははっきりとは知らないのです。下士官は兵士とは離れた位置にいるので対象にはならなかったであろうと推測していますが実態は判りません。
以下は、主に先輩である福助氏から聞いた話でありますが、私が直接に関係者から聴いた話も加えて、概略と問題点を伝えておきます。
そもそも、旧日本軍においては、戦後になって学校生活で拡大したところの「いじめ」、この陰湿な日本的なものがかなりあったそうなのですが、それは当時の兵士達の話から直接に聞くところによると、平和時に内地で多く起きたものであるようなのです。
訓練を受ける際に「殴られる事」は、戦前の民間社会では当たり前の事で、職人なんかは殴られて仕事を覚えるようなもので、戦前には親にもよく殴られたものだそうです。従って、私は多くの元兵士や元将校から話を聞くと、彼らは殆どが上官や先輩兵士に殴られた事を「屁とも思っていません」でした。しかし、学徒兵はそうはゆかず、彼らは恵まれた育ち方をした人達が多かったので軍隊の様な乱暴な集団の生活は耐えがたかったことと思います。それに、彼らには軍閥が政治を牛耳っている事への反発も多かった事でしょう。
彼ら学徒兵は「いじめへの仕返し」を戦地で行う事は無かったであろうと思います。出来なかったのでしょう。
しかし、庶民上がりの兵士達は、「庶民の論理」を実行したのです。
以下の事は、旧日本軍内部では、憲兵も将校も実態は知っていても外部には話さなかったのだと思います。
初年兵の頃から、訓練において辛く当たって意地悪をした一等兵や上等兵に対しては、
戦地に行ってから、敵との戦闘が始まり敵弾が飛び始めてから、皆で後ろから銃撃して殺害してしまうのだそうです。
恐らく、日華事変が始まった頃からその種の事件が頻発したのでしょう。
その証拠に、当時の兵士間の言葉として、
「気をつけろ、弾は後ろからも飛んでくる。」というものがあったそうなのです。
それは、先輩兵士達への牽制の役割を果たしたようです。
その後、外地へ出征する時には、意地悪をした先輩兵士達は後輩兵士達に謝ったそうなのです。戦地で撃ち殺されてはたまりませんからね。
その様なわけで、戦争が始まってからは、先輩兵士達の「陰湿ないじめ」はむしろ減ったとの話でした。乱暴な訓練は続きましたが。
憲兵や将校達がこの実態を知らない筈は無く、公にしなかったのは、「秩序維持として自然な事」として考え、「嫌われる奴が悪いのだ」と考えていたからでありましょう。
この様に仕返しリンチをされて殺された兵士達も靖国神社へ祀られた事は言うまでもない事です。皮肉では在りますけれども。彼の遺族もその事は知らないでしょう。
しかし、やはり気の小さい人はいるもので、戦地に行っても仕返しなんかはできず、戦後もいじめられた苦しさを夢に見る人もいたようです。私の親戚にこの様な人もいました。
いじめの問題は人格の問題でもあり、兵隊生活の中で一回も殴られた事の無い人の話も聞きます。先輩が人格が高いとこの様な目には遭わないわけです。
福助氏も私も体験している事ですが、「息子が、余りに腹が立ったので、先輩兵士を皆で殺害して時計を奪ってきてやった」と言っていたと老母達が話すのを親達から聞いたということがあります。老母達は私たちには話しません。女性同士の世間話の中で打ち明けるのです。
私の叔父は大戦の末期に召集されて戦地に赴きましたが、初年兵は普通は二年ほど訓練してから戦地に送られるのですが、兵士が不足しているので、入隊したら直ぐに「現地訓練」をするということで送られました。これはどういう事かと言うと、実戦をしながら鍛えると言う事なのです。当時は徴兵される前に青年団等である程度の軍事訓練をやっていたのでそれを下敷きにしてその様な扱いをした訳です。この叔父の場合は直ぐに戦地へ送られたので勿論いじめを受ける機会は無かったとのことです。地雷を踏んで戦死いたしましたけれども。
この様な事を公に話すと旧軍隊の恥と考ている人が多いのでしょうが、そんな事は無い筈で、「秩序が自然に保たれた例」として捉えてもよいのではないでしょうか。隠す事がむしろいけないのです。米国西部の犯罪者へのリンチと同じものでしょう。
中国戦線での日本軍兵士の残虐行為もイデオロギーと国家利害の為に宣伝されているほどではなくても「仕返し行為」として在り得たと語る元兵士達は何人もいました。それは、ただ慰みとして行われたものでない事は、旧軍人達が語らないからいけないのです。
インドシナ、タイ、ビルマ方面では華僑相手に問題が生じたようですが、現地住民に対する残虐行為については聞いておりません。
これらについては機会を改めて語るつもりでおります。どこまで判ってくれる人がいるか判りませんけれども。
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