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(回答先: 東條英機の孫・由布子・マッド天野らロフト・トークで議論 投稿者 木村愛二 日時 2005 年 7 月 27 日 20:09:14)
> 東條由布子は、祖父が「責任は我にあり」と記した「宣誓供述書」のGHQ発禁本を、神田の古書店で発掘して広めている。しかし、「すべて東條一人が悪い」とする風潮には納得できない。
>《日本敗北の翌々年、一九四七(昭和二二)年三月には、トルーマン・ドクトリンによる反共世界戦略が、はっきりと打ち出されるが、その底流はすでにその一年前から、露わになり始めていた。その下で開かれる極東軍事裁判(東京裁判)はやはり、裁判一般と同じく、大衆的糾弾の波を柔らげるというお芝居の本質を持っていたのである。
> たとえば、シカゴ・サン紙特派員のマーク・ゲインは、東条一人を悪者にし、すべてを「軍閥」のせいにして逃げきろうとする旧支配層の動きについて、するどい眼を配っていた。
> 『ニッポン日記』の一九四六年六月二三日の項に、彼はこう書いている。
> 《(前略)東条は、神も知ろしめす、もちろん十分罪がある。しかしこの連中が、天皇から吉田以下にいたるこの連中が、正義の怒りに踊り狂って「あいつが一人で、何もかもやったんだ」と叫び回る光景は、まさに醜悪である(後略)》。
東条は在任中は独裁権を振るったが、辞任したのは終戦の前年であり、日本が無条件降伏するのはそれから1年以上も後のことですね。その間、天皇らは特攻隊員が死ぬ状況を放置しながら一体、何をしていたのかが問われるべきでしょう。