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激変イラクの政治力学
イラク情勢は現在、大きな転機を迎えている。「米国離れ」が水面下で進行し、政治の主導権は米国から国内各派に移りつつある。各派は一九八〇年代の「イラン・イラク戦争の再燃」とも映るイスラム教シーア派のイラン亡命組と同スンニ派の対立を頂点とし、内戦含みの様相をみせる。この力関係の激変は、米軍の傘の下にある駐留自衛隊にも深刻な影響を及ぼしそうだ。 (田原拓治)
六月下旬、イラク抵抗勢力の一部と米国担当者の秘密会合が英国紙にすっぱ抜かれた。報道では、抵抗勢力は米軍に撤退期限の設定を求めたが、米国側が拒んで話し合いは決裂した。
名指しされた抵抗勢力は「報道は事実無根」と否定したが、ラムズフェルド米国防長官は認めた。さらに「米軍は抵抗勢力を打ち負かせないかもしれない。だが、イラク人自身が十年かそれ以上かけ、反乱を制圧する道筋はつけられるかもしれない」と、意外なほどの“弱音”を口にした。
弱音の裏には、今春の移行政府発足後、再燃した抵抗勢力の攻撃に加え、米国と連携してきた移行政府内部に「米国離れ」が明白になってきた経緯がある。
それは昨年六月の主権移譲後、米国が指名した「暫定政府」と、今年一月の選挙後の「移行政府」の構成を比べれば、明らかだ=表参照。
暫定政府のアラウィ前首相は、旧政権を率いた元バース党員のうち、反フセイン政権に転じた「イラク国民合意(INA)」の首領。亡命した後は米中央情報局(CIA)とも通じた世俗主義の親米派だ。さらに暫定政府には、スンニ派の穏健な宗教勢力「イスラム党」も加わっていた。
だが、移行政府の発足に伴い、INAやイスラム党の姿は消えた。スンニ派からは部族代表として、サアドゥン・ドレイミー国防相が加わったが、国防相の地元は反米機運が強い中部で親米ポーズはとりにくい。
■『抵抗勢力に勝てぬかも』
シーア派でも変動が起きた。イラン亡命組で、イラン・イラク戦争ではイラン側に立ったイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)や、移行政府のジャファリ首相率いるアッダワ党は続けて権力を握る。
しかし、暫定政府では枠外だった非亡命組で、米国と「貸し借り」がないファディーラ党や反米を掲げるサドル派が移行政府に加わり、サドル派からはサラーム・マーリキー運輸相(同派政治局員)が入閣。シーア派全体としては明らかに米国との距離が開いた。
移行政府のタラバニ大統領ら、北部のクルド勢力こそ大きな変化はないが、移行政府全体としては相対的に米国離れが進んだ形だ。
戦闘を激化させているスンニ派主流の抵抗勢力は、(1)イスラム急進主義勢力(2)旧政権残党グループ(3)反旧政権派で世俗的なアラブ民族主義勢力(4)犯罪者集団−などに大別される。数回にわたる米国の「制圧間近」という宣伝にもかかわらず、現在まで戦闘能力の低下はみられない。
抵抗勢力による戦闘激化と既存政権の米国離れ、さらに、「ブッシュ政権のイラク政策反対」が56%に上る米国世論が国防長官の弱音の背景にあるようだ。
懸念されるのは、米国離れが明らかになったイラクの国内情勢が、安定より内戦へ向かっている点だ。八〇年から八八年の停戦まで続いたイラン・イラク戦争の「国内版」ともいえる緊張がスンニ、シーア両派の間に生まれている。
米ナイト・リッダー通信は移行政府の発足後、バグダッドの中央死体置き場に無差別逮捕されたスンニ派住民の遺体が急増中と報じた。スンニ派聖職者の誘拐と殺害も相次いでいる。
五月下旬、スンニ派の知識人ら約千人が政府に独自調査団設立とSCIRIに属するバヤーン・ジャブル内相の責任追及を求めた。というのも「スンニ派狩り」を米軍と展開している内務省特殊部隊(オオカミ部隊)の実体が、SCIRIの軍事部門「バドル軍団」とみられているためだ。
バドル軍団はイラン・イラク戦争中、イラク人捕虜をイランで拷問したことで知られる。その暗い記憶とSCIRIがシーア派急進主義である点から、世俗的な抵抗勢力は六月下旬、首都のSCIRI事務所を爆破、七月一日にはアッダワ党事務所を自爆攻撃するなど抗争は激化の一路だ。
さらに「シーア派は異教徒より悪質」と信じるスンニ派の急進主義者もこの混乱に乗じている。同志社大の中田考教授(現代イスラム運動)は「シーア派のバドル軍団にせよ、スンニ派のザルカウィ・グループにせよ、異教徒より相手宗派を潰(つぶ)すことが神学上、重要とみる」と指摘する。
一方、北部クルド地区ではクルド勢力がアラブ系住民らの民族浄化を始めている。米ワシントン・ポスト紙は「クルド勢力が私設刑務所にアラブ系住民らを拘束している」という米国務省の秘密メモを暴露した。
■イ・イ戦争『国内版』の様相
スンニ派主流の抵抗勢力は、バドル軍団ら一部のシーア派勢力やクルド勢力と対立を深める。クルド勢力とシーア派は、「勝ち組」として権力を分かち合いつつも、クルド勢力が主張する連邦制や親イスラエル政策では水と油の関係だ。
シーア派のジャファリ首相は六月下旬、米国で「米軍の撤退期限設定に反対する」と明言。クルド勢力のタラバニ大統領は同月末、米国と抵抗勢力の対話に不快感を示した。一見、「親米優等生」に映る発言の真意について、アジア経済研究所の酒井啓子参事は「米国に従うというより、抵抗勢力をたたくのに米国の力を現在は利用しようということが狙い」と解説する。
抵抗勢力の対米対話にしても、仮に米国が撤退期限を示せば、大きな「戦果」となり求心力は増す。そんな狙いが垣間見える。
米国が仕切った時代は過ぎ、米軍は懸命に出口戦略を探す。それに対し、各派はその米軍を自派の利益のためにコマとして利用しようと狙う。米軍という「保護者」の弱体化は、イラク南部サマワに駐留する自衛隊に不安材料となることは間違いない。
酒井氏は内戦含みのイラク情勢をこう概観する。
「明確なのは情勢の主導権が米国からイラク人に移った点。だが、内戦化の収拾は兆しすら見えない」
◆開戦後のイラクの歩み◆
2003・3 イラク戦争ぼっ発
03・5 米大統領、戦闘終結・勝利宣言
03・7 占領下で統治評議会発足
03・12 フセイン元大統領を拘束
04・1 陸上自衛隊先遣隊がサマワ到着
04・6 米国から主権移譲、暫定政府発足
04・10 旧政権による「大量破壊兵器の開発なし」と米最終報告
05・1 移行国民議会選挙
05・4 移行政府が発足。抵抗勢力の攻撃激化
05・6 米高官、抵抗勢力と交渉認める
05・8(予定)新憲法草案を策定
05・10(同) 新憲法策定の国民投票
05・12(同) 総選挙、正統政府発足
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050718/mng_____tokuho__001.shtml