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米軍再編とわが国の安全保障
http://www.drc-jpn.org/AR-8/yasumura-04j.htm
（財）DRC研究委員
安 村 勇 德
はじめに
ブッシュ米大統領は８月16日、オハイオ州で開かれた退役軍人の集会で世界的な規模の在外米軍再編計画を発表し、アジアと欧州から、今後10年間で在外米軍を60,000人から70,000人削減すると述べた。これに先立ち、米国は、世界規模で進めている在外米軍の変革・再編に関連した在日米軍の再編構想の輪郭を、先の日米審議官級協議で提示しているが、この様な米軍の再配置は、日本の安全保障戦略や今後の日米同盟関係のあり方にも大きな影響を与えるのは間違いない。
この様なことから、本稿では、米軍再編の背景となる米国の軍事戦略について考察すると共に、わが国の安全保障に及ぼす影響について述べる。
1． 米軍の再編構想
CNNの報道によると、主要な削減は欧州に駐留する米軍であり、残りはアジアが対象となっている。イラクに駐留する120,000人、アフガニスタンに駐留する20,000人は、移動の対象ではない。この再編計画では、現在ドイツに展開する「第１機甲師団」と「第１歩兵師団」の計約30,000人を2006年以降に撤退させるなど、欧州から約50,000人の駐留兵力を削減する方針である。欧州に配備されている10,000～15,000人規模の重装備師団は、3,000～5,000人規模の、より小型で機動力のある軽装備のストライカー旅団に置き換えられる予定であり、これにより2010年末までに、欧州内の米軍基地の半数を閉鎖する見通しという。
一方、アジアでは、朝鮮半島に所在する37,000人の米軍の三分の一に当たる在韓米軍12,500人が2005年末までに削減される予定であり、また、約40,000人の在日米軍が削減若しくは再配置される可能性がある。現在までに明らかになった米軍の提案は、横田基地の第5空軍司令部とグアム島の第13空軍司令部を統合してグアム島に配置すると共に、米ワシントン州にある第1軍団司令部をキャンプ座間に移転するというものである。将来、第１軍団司令部は在日米軍司令部の機能と任務を引き継ぐと同時に、わが国における戦闘部隊の司令部になる予定である。
日本国内の新聞報道によると、米側は普天間飛行場の嘉手納空軍施設への統合、在沖縄海兵隊の一部のキャンプ座間などへの移転、厚木基地の機能の岩国基地への移転などを日本側に打診しているとあるが、これらの報道はその一部に正確性を欠くものが含まれている。沖縄に所在する米軍基地の整理統合は、基本的にはSACO(Special Action Committee on Okinawa; 沖縄に関する特別行動委員会)の決定が進展しなかった場合の代替案とも言うべきものであり、今回の世界規模の米軍再編と切り離して考えるのが適当と思われる。また、沖縄海兵隊の日本国内での移転は、砲兵部隊の一部がキャンプ富士に移転する計画であり、厚木の飛行訓練を岩国へ移すという根拠は、不確かのようである。
この様な混乱は、米軍再配置があたかも唐突な提案としてわが国で受け止められたことが大きく影響しているとも思われる。目まぐるしく変化するグローバルな戦略環境に適応し、不透明で予測困難な様々な脅威や危機事態に的確に対処するためには、安全保障政策の継続的な見直しは不可欠であり、米国の軍事戦略もまた日々変化していることに注目する必要があろう。
2． 米国の軍事戦略
現在のアジア、欧州各100,000人の米軍の態勢は、基本的には冷戦時代の戦略的枠組みを前提としたものであり、新たな戦略環境に対応する為には見直しが必要である。米国ではブッシュ政権の下、当面する様々な事態や将来予想される課題に取り組むため、継続的な国家安全保障政策の見直しや地球規模の体制改革を推進しているところである。最近の米国の軍事戦略に関する論文には、今回の米軍再編の根拠となっていると思われる記述が少なくない。
米陸軍協会が発刊している雑誌ARMYの記事に次のような一節がある。「米大統領が安全保障戦略で求めているのは、簡潔に述べれば、世界を単に安全にするだけでなく、より良いものにすることである。国家の政治・経済・社会心理や軍事などを総合し、特に、同盟国・友好国との協同連携を強化しつつ、地球規模の“アクティブな戦略(Active Strategy)”を中心として、テロとの戦いに勝利すると同時に、本土に対する攻撃から守るための能力を高めようとしているのである」。
この様な大統領の基本戦略を受け、米統合参謀本部は、2004年の国防軍事戦略として“1-4-2-1兵力整備計画(A Modified 1-4-2-1 Force Planning Construct)”を定めた。この“1-4-2-1戦略”は、米本土の防衛、4つの地域での前方抑止(deter forward)、2つの地域でのほぼ同時の迅速な作戦遂行、そして、これらの一つで決定的な勝利を収めることを狙いとしたものである。この戦略構想を成り立たせるには十分な防衛体制が必要であり、これを如何に確保するかが、特に米陸軍において大きな課題となっている。海外における軍事行動の拡大は、頻繁に行われる部隊交代や、砲兵などの部隊の再訓練による歩兵・憲兵任務の遂行、人的損耗の防止、度重なる予備兵力の動員、更に最近では、個人予備役(Individual Ready Reserve)の招集が開始されるなど、米陸軍が任務負担に応えるのが如何に難しくなっているかを端的に示す事例が挙げられる。
世界120カ国で任務についている米軍将兵の負担を軽減し、かつ、不透明で予測困難な情勢に的確に対処する態勢を維持するためには、旧来の体制を抜本的に見直すことが求められているのである。要約すれば、米軍再編の目標とするところは、世界各地に展開する米軍の編成を見直し適切な兵力・編組を確立することによって、世界のいかなる場所であっても迅速に対応できるようにすることにある。そして、この再編構想を具現するためには、同盟国・友好国の理解と協力は不可欠であり、東アジアにおける最も重要なパートナーとしてわが国がいかに対応するかが、米国にとって大きな関心事であることに疑問の余地はない。
3． わが国の安全保障に及ぼす影響
東アジアには、朝鮮半島や台湾海峡など、紛争の火種となりうる地域が少なくない。米国は、北東アジアから中東までをユーラシア大陸の「不安定の弧」として重視している。中国やインドのような興隆が著しい地域大国がある一方、政治・社会体制が不安定な国も多い。中国は既に軍事大国化しつつあると言える。この地域で日本の安全保障上当面する最大の脅威は、核兵器の開発を進め、日本を射程に入れるミサイルを配備する北朝鮮である。この地域での米軍再編とこれに対するわが国の対応が、北朝鮮に誤ったシグナルを与えるものであってはならない。
第１軍団司令部を座間に配置し、陸軍の戦闘部隊の司令官に在日米軍司令官の役割を持たせるなど、司令部機能を日本に移転・統合させる一連の米国の動きは、この地域の有事に機敏に対処するため、同盟国である日本の拠点機能を強化することに狙いがある。テロや大量破壊兵器という新たな脅威への対処は、政府が策定作業を進めている新防衛大綱でも、日本の安全保障戦略の重要な柱になると見られるが、将来この様な脅威や予測困難な各種の危機事態に対し、わが国が同盟国として、米国と共同で対処することが当然考えられる。この様な場合、実働部隊の中核である第１軍団司令官が、当該地域の作戦部隊指揮官として米統合軍を指揮することになるが、日米の緊密な連携のもとに作戦を遂行するためには、平素からの共同作戦に関する研究や兵棋演習・実動訓練などより一層の強化が必要である。更に、情報、作戦、兵站など、様々な分野におけるインターオペラビリティーの確保・向上は不可欠である。特に、情報交換のためのネットワーク構築や弾薬・ミサイルなどを相互に提供できるようにするためには、今後の防衛力整備や装備開発に格段の工夫が必要となろう。
わが国が米国と対等のパートナーとして主体性を持って行動し、国際社会の一員として名誉ある地位を占めるためには、国際水準に見合った新たな安全保障の枠組みを確立しなければならない。このためには、武器輸出三原則の見直しや集団的自衛権の政府解釈の変更は、焦眉の急とも言うべき課題である。国土の防衛はもとより、日本の安全と繁栄の基盤ともいうべき国際平和協力活動において、米軍のみならず外国の軍隊と共同行動をとることは、必須の要件である。しかしながら、集団的自衛権を保有してはいるが行使できないという、内閣法制局の憲法解釈の下では、円滑な共同対処ができないことは明らかである。パウエル米国務長官らの発言を待つまでもなく、日本の主体的な判断で、憲法解釈を変更するべき時に来ていると思われる。
あとがき
米国は、世界規模の再編について、今後、日本など同盟国との協議を本格化させる。イラク戦争を契機として、仏、独など欧州諸国と米国との対立が見られるようになったが、EUの拡大と共にグローバルな政治的、経済的な思惑の相違が軋轢を増幅し、やがては第二の冷戦時代へと移行することも懸念される情勢にある。この様な中で、米国が最も信頼の置ける同盟国のひとつとしてわが国の対応に期待を寄せていることは想像に難くない。このことに関し、小泉首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長＝荒木浩・東京電力顧問)は、米軍再編問題を在日米軍基地の再配置だけでなく、アジア地域での米軍のあり方と自衛隊の役割分担を見直すための、｢日米の戦略的な対話のきっかけになる」と位置づけ、｢受け身でなく、前提となる考え方について、わが国が先んじて政策協議を行うことが必要だ」と強調している。
今回の在日米軍の再編構想には、SACO合意が進展しなかった場合の米軍基地の再配置についての提言も含まれている。この問題は、日米同盟の機能強化と、沖縄県など関係自治体や住民の負担軽減の両立を図ることが重要であり、政治のリーダーシップが期待される。今後、日米間の緊密な協議を通じて、日米同盟の信頼関係が一層深まるよう、日米双方が納得できる結論を出すとともに、日本や地域の安全と、新たな脅威に対する対処へ、より一層の協力体制を構築する必要がある。
参考文献
１． ARMY(The Magazine of the Association of the United States Army, August 2004)
２． AUSA News(June, August 2004)
３． CNN News(August 16, 2004)
４． 読売新聞・The Daily Yomiuri(2004年7月～９月)
５． 産経新聞(2004年8月18日)
６． 神奈川新聞(2004年8月18日)
http://www.drc-jpn.org/AR-8/yasumura-04j.htm
題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。