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英『国民IDカード』 テロ事件で導入加速?
英国のブレア政権が掲げる全住民対象の「国民IDカード」(身分証明書)導入が、ロンドン同時テロをきっかけに加速する可能性が出てきた。IDカードには指紋、瞳の外側の虹彩など生体識別(バイオメトリクス)の個人情報が記録される。与党・労働党内にも「人権侵害や監視が強まる」との声が根強いが、テロ事件は、批判派の発言を弱めることになるのか。 (ロンドン・松井学)
「これがIDカードなのよ。クレジットカードの大きさで、私の指紋も記録されている。プライバシーを侵す心配が議論されているのは知っているけれど、私自身は見られて困るものは何もないわ」
ロンドンの主婦スー・ロビンさん(49)は、IDカード導入に賛成で、現在、実施されている試行モニターを務めている。
母親のメスさん(84)が隣から「きょう、私はエリザベス女王に招かれてお祝いの会に出る機会があり、会場入り口で身分証明のパスポートを出しながら思ったの。IDカードができれば、もっと小さくて便利になる」と口を挟んだ。
鉄道警察隊員のサマンサ・ハウさん(26)もIDカード導入に前向きだ。
「私の仕事には断然役立つ。例えば、駅構内でだれが怪しいかなんて、顔だけ見てもわからない。IDカードがあればだれだかを特定できる」
■2008年開始目指し首相が再び法案
ブレア首相は昨年十一月、テロや犯罪対策のため、生体識別情報を使ったIDカード導入を二〇〇八年から始める方針を示した。対象には、国民のほか、一定期間滞在する外国人も含むとされる。
カードには氏名、住所、性別、生年月日、顔写真のほか、ICチップに、指紋、虹彩、顔識別情報を記録させる。カードを常に携帯する義務はないが、社会保険の手続きや証明書発行など公共サービスを利用する際に必要になるという。
IDカード導入への根強い反対意見に対し、首相は「不法就労や不法移民、テロ、社会保障の不正利用などを防ぐうえで不可欠」と繰り返してきた。今年五月の総選挙で勝利後、導入のための法案を再提案した。
ロンドンに住むグラフィックデザイナー、アレックス・ホールさん(23)は、今回のテロをきっかけに法案が議会を通過する可能性が高まるのではと言う。
「英作家ジョージ・オーウェルが小説『1984』で描いた監視社会につながると反対が根強いけど、治安対策にもなるのだから、頭ごなしに否定するのはおかしい。法案は先月、下院の第二読会を僅差(きんさ)で通過した。テロを完全に防ぐことができるとは思わないけど、テロ事件によって治安強化の声が高まり、上院では賛成が増える」
■発行の費用は一人に2万円も
事務員タムド・オレイラさん(30)はテロ事件で揺れる気持ちを説明しながら、IDカードを取得する際の負担の重さも指摘した。
「『7・7』までは絶対に反対だったけど、テロを知って賛成する気持ちが出てきた。問題は多いよ。発行に一人九十三ポンド(約二万円)かかると政府は言っているし、紛失して、また同額かかったりしたら困る」
法案の行方は、市民の間でも関心が高く、導入を警戒する声はまだまだある。
刑務所出所者の更生施設で働くウエンディ・ロミーさん(35)は「導入に反対すると、『あなたは、やましい個人情報があるのでは』と逆手にとって言われること自体、この法案には問題がある」と説明して、反対意見をこう話す。
「偽造が心配よね。だれかが私になりすまして、何か犯罪を起こしたらと思うとぞっとする。精緻(せいち)な技術だから偽造は難しいという政府説明だけど、偽札と同じで四、五年たてば偽造が起こらないとはいえない。将来的には、究極の個人情報といわれるDNA情報を入れようということになるかもしれない。いったん導入を認めたら乱用される。独り歩きが心配だわ」
英政府は、IDカード情報について、警察の使用は制限されるとしてきた。だが、昨年十月末、治安対策の要だったブランケット内相(当時)が「情報機関は除く」と発言して問題になった。「不正に情報を操作すれば懲役十年、不正開示は懲役二年」(ブレア首相)との歯止めがかかるかどうかは不明だ。
英国は一九三九年にIDカードを導入したが、戦後の五二年にチャーチル政権がIDカードの制度を廃止した。BBC放送は現在、ホームページの時事用語解説で経緯をこう指摘する。
「第二次大戦中、IDカードはナチスのスパイから国を守る方法だとみなされた。平和な時になって、単に要らなくなったのだ」
■実施コストは大“副作用”の懸念
英国が導入を計画しているIDカードについて「今後、世界的なIDの潮流となり得る」と指摘するのは軍事ジャーナリストの神浦元彰氏だ。「バイオメトリクスを使えば、監視カメラの画像とコンピューターとをつなぎ、歩いている個人を瞬時に識別できる」
米国で技術革新を米軍装備に生かす提言を行う国防科学委員会は、こんな報告を行っている。
「特定個人の本人確認にさまざまなバイオメトリクスの技術が利用できるようになっている。指紋、手相、虹彩、DNA、顔識別、声紋などだ。チェックポイントなどでの即時認証では、これらのうち二つの組み合わせで望ましいパフォーマンスが得られる」
だが、IDカードはテロ対策として有効なのか。
神浦氏は、犯罪抑止などの観点から、「やる意味はある」とした上で、「建物の出入りでは、個人認証はできる。だが、地下鉄やバスなど人が多い場所でできるのか。あらかじめ特定した人物の追跡は可能になるが、テロリストの一味であることが事前に分かっていないと意味がない」とも。
桜美林大学の加藤朗教授(国際政治)は「犯罪抑止や病院利用など社会サービスにつながるメリットはあるが、国がシステムを管理するデメリットもある。まず費用の問題。それをクリアできたとしても、全員にIDを持たすことができるのか。人権問題も残る。さらに、外国から入ってくる人たち、すでに違法に入国している移民は、認証できない。人の往来が激しい欧州連合(EU)では、一カ国だけでやって、どれだけ意味があるのか」と話す。
さらに、「テロのこれまでの流れからすると、何らかの対策をとっても敵は裏をつく手段を考えてくる」とし「だが、国として、何かやっているといわなければいけない側面もあるのではないか」と続けた。
反監視団体「プライバシー・インターナショナル」(本部・ロンドン)は、一九八六年以降、テロ被害を最も受けている二十五カ国のうち、80%の国は何らかのIDカードを導入しているとし、テロ対策上、IDカードの有効性は証明されていないと主張している。
神浦氏は「国家政策に異を唱える人々の監視にも使われ得る。安直に考えると監視社会の副作用はすさまじいものになる可能性がある」と警鐘を鳴らす。加藤氏も指摘する。「やる価値があるかどうかは政治判断だ。それと、結局、その社会がどう判断するかだ」
(星野恵一)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050713/mng_____tokuho__000.shtml