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5月15日―メディアを創る
広島平和研究所所長に就任した浅井基文さん
15日の毎日新聞「ひと」欄に浅井基文さんの記事が出ていた。この4月から、広島市立大の広島平和研究所所長に就任した、その紹介記事である。心から祝福したい。と同時に今後の活躍を期待してやまない。
浅井さんは私が尊敬し、評価するただ一人の外務官僚である。私よりも7年先に外交官試験に合格し入省した文字通り大先輩にあたる。もう今から18年も前のことだ。外務省の国際協定課長、中国課長という要職を経験した浅井さんが、日米安保条約を最優先する外交政策に異を唱えて外務省を辞した事を知って、本当に驚いたことを覚えている。
実は私は彼が辞めた直後に一回だけ会ったことがある。外務省の米国重視一辺倒の外交に疑問を持っていた私は、大先輩の浅井さんに、外務省を辞める決意をした勇気に感動した私の気持ちを伝えたかったからだ。電話で面会を求めた私に、彼は極めて丁寧に対応してくれた。自分は外務省から敵視されている、その自分と会っていることが分かれば君の為にならないと言って、面会場所をわざわざ指定してくれた。今でも覚えている新宿界隈の薄暗い喫茶店だった。
彼はその時、外務省を辞めた後の厳しさをさり気なく語り、まだ若い私に早まったことをするなと諭してくれた。その時の彼の言葉の中で鮮明に覚えている事が二つある。その一つが小和田外務次官(あるいは当時は官房長だったかもしれないが)が浅井さんに対して、「辞めたあと外務省に弓を引くような事をしたら、外務省は省をあげて君を潰しにかかるから」と言ったという言葉である。もう一つは、自分は外務省の若い連中から、「浅井が外務省に近づいてきたら石をぶつけて追い返せ」と言われているらしいと苦笑しながら語った言葉である。その時私は、外務省という組織の度量のなさと、外務官僚の卑しさを感じたものだ。2年前に外務省を去った私は、改めてその時の浅井さんの言葉の正しさを身をもって感じている。と同時に浅井さんの当時の勇気に感心し、圧力に負けずに信念を貫き通し、平和外交の重要性を訴え続けてきた浅井さんの苦労に頭が下がる思いだ。今度の広島平和研究所所長就任はそんな浅井さんへの勲章である。広島平和研究所もこれ以上ない人を獲得したといえる。
今の外務省をみるがいい。米国追従の外交が完全に行き詰まり、米軍再編への協力を迫られる小泉政権は平和憲法を放棄させられようとしている。歴史的な過ちの淵に立たされている。浅井基文さんの主張の正しさが見事に証明されつつある。
私は浅井さんに不義理をしてしまった。あの時以来、お礼の連絡もしないまま今日に至っている。外務省を辞めた後も、気に懸けてはいたがまだ挨拶できずにいる。毎日新聞に出ていた写真の笑顔は浅井さんの穏やかな人柄をよく表していた。元気そうで何よりだ。是非とも新しい任務にその能力を発揮してもらいたい。できるだけ早い機会に私は広島を訪れて、あの時以来の非礼をお詫びしたいと思っている。そして浅井先輩のあとをついて日本の平和外交実現の手助けをさせてもらいたいと思っているのである。
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おまけ:今日の言葉
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