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清水 真人 編集委員
「ルールと制度の最大活用」に徹した勝負師・小泉首相。自民大勝は徹底した勝利の方程式の結果だ
自民党が大勝した衆院選。「小泉マジック」「催眠術」などの上滑りな分析を排し、醒めた目で振り返ろう。それは小選挙区制が内包するダイナミズムを最大級に発揮した選挙だった。首相・小泉純一郎はかつて導入に猛反対した制度を徹底研究して勝利の方程式を組み立てていた。日本とは対照的にいまだ新政権の輪郭すら浮かんでこないドイツ総選挙の混迷を見ても「理想の選挙制度」など存在しない。自民大勝を「大政翼賛会」などと情緒的に論評している限り、政党政治の進化はない。
信念を脇に置いて利用した「重複立候補」
「選挙制度の枠内で最善の結果をあげるのが党首の務めだ。良し悪しは別にして、制度をいかに有効に活用するか。その中でどうやって勝てるかを考えたんです」
小泉は現行の小選挙区比例代表並立制の導入に自民党内で最も強硬に反対した1人だ。その制度で大勝した「歴史の皮肉」について聞かれ、にこりともせずこう語っている。「郵政民営化に賛成か反対か、国民に聞いてみたい」と乾坤一擲の解散・総選挙に打って出たからには、与えられたルールと制度を最大限に活用し、何が何でも勝ち抜くと言う冷徹な勝負師に徹しきった。
驚いたのは小泉が比例代表・南関東ブロックでの小選挙区との重複立候補に一度は応じたことだ。「比例で自民票を上積みしたい」と地元の神奈川県連会長・河野太郎が要請した。実は重複すると、小泉の顔を使った自民党のポスターが同ブロックの神奈川、千葉、山梨3県で貼れなくなると言う思わぬ問題が発覚、立ち消えになったが、小泉が長年の信念を脇に置いてでも勝ちに行く執念をあらわにした瞬間だった。
小泉が並立制に猛反対した理由は2つあった。1つは選挙制度改革論議が本格化した1990年代初頭、権勢の絶頂にあった最大派閥・竹下派が党運営を牛耳っていたことだ。現行制度では候補者の公認や政党交付金の配分で党執行部に権限が集中する。竹下派にますます権力を集中させかねないと言う危機感が強かった。もう1つは「比例代表選挙は憲法違反だ」と言う小泉独自の見解からである。
憲法43条は衆参両院とも「選挙された議員でこれを組織する」と規定している。小泉はこれを根拠に政党名を投票用紙に書く比例代表選挙は「議員の選挙ではなく、違憲だ」と一貫して批判し続けた。「完全小選挙区制なら理解できる」とも漏らしていたほどだ。だから、自らは新制度導入後も小選挙区だけで立ち、比例との重複は拒否してきた。今回、その節を曲げてでも1票でも多く上積みを目指そうとしたのだ。
重複立候補は制度改革時の経過措置のはずだった。小選挙区で落選した候補者が比例で復活当選してくるという「ゾンビ議員」には批判が強い。ただ、小泉は各小選挙区に地盤のない「落下傘」新人候補を大量に擁立。その際、復活確実な比例名簿の上位と言う「保険」をフル活用した。「刺客」の面々にも「重複がなければ、小選挙区の出馬を決断できなかった」(静岡7区で当選した片山さつき)と言う声は少なくない。
小選挙区で敗れても比例で復活させる。議員活動をしながら小選挙区で勝てる力を養う。これは民主党が有望な新人を育てるため、先鞭をつけた戦略だ。小泉はそのお株をそっくり奪った。「郵政民営化是か非か」と争点を絞り込んで賛否を問う分かりやすい戦いの構図。反対派には「刺客」を送り、全選挙区に賛成派候補を立てる作戦。これらは定数1の小選挙区選挙だから威力を発揮した。並立制を嫌悪したからこそ、小泉は隅々まで研究し尽くしていた。それが10年後、未曽有の大勝を呼んだ。
英独の狭間「並立制」の意外なバランス感覚
並立制は小選挙区(300議席)を主体に、全国11ブロックの比例代表(180議席)で補完する。同じ議院内閣制でも完全小選挙区制の英国と、比例代表で議席配分を決めるドイツを折衷した仕組みだ。今回は得票差に比べ議席数の差が大きくなり、地滑り的結果が出やすい小選挙区制の特徴が如実に出た。ただ、小選挙区で不利な中小政党はともかく、民主党までが「怖い」「不安だ」と口にするのはどうかしている。
有権者は「小泉か岡田(克也・民主党代表)か」で首相候補を選ぶ。マニフェスト(政権公約)を読んで「自民か民主か」政策を選ぶ。両様相まって政権を選択する。小選挙区制導入の狙いは今回、ようやく結実し始めたと言える。民主党惨敗で2大政党への道が断たれたどころか、2大政党の体裁が整ってきたからこそ、この結果がありえた。ひとたび風向きが逆になれば、民主党が圧勝しうる。次は分からないのだ。
選挙制度は一長一短。それぞれ狙いと特質がある。小選挙区制は民意を直接の政権選択という形でダイナミックに集約する。安定政権ができやすい代わりに死票は増える。比例代表は民意を鏡のように議席数に反映しやすいが、有権者が政権を選ぶ想定ではない。多党化を促し、不安定な連立政権になりがちだ。日本と好対照な結果になったのが18日に投開票したドイツ総選挙だ。比例主体の選挙で多党化に拍車がかかり、過半数を制する連立の組み合わせが決められずに五里霧中が続く。
「もしドイツの投票結果が日本と同様の民意を示していたら、ヨーロッパ人は今ごろ改革の推進を歓呼で迎えていただろうに…」。完全小選挙区制の英国の有力誌「Economist」は与野党の勝敗も、構造改革に是か非かもはっきりしない独有権者の審判の結果をこう嘆いて見せた。小泉大勝と同様、ドイツも比例主体の選挙制度の特徴が一段とはっきり出た結果、中道右派、左派とも過半数が取れない。繰り返すが、ベストと呼べる制度はない。それぞれの特質を理解したうえでの選択の問題だ。
日本が英国型の完全小選挙区制だったら、今回、自民だけで全議席の7割を超えるさらなる圧勝だった。逆に比例で議席配分を決めるドイツ型だったら、自民は第1党ながら単独過半数に届かない。公明が政権づくりのキャスチングボートを握っていた。並立制は小選挙区で自民を大勝させ、有権者に政権を選択させたうえで、比例で民主や中小政党をある程度救った。意外に巧みなバランスを取ったとも言える。
「二枚腰」シュレーダーとダブる権力者の資質
「大敗の予想」から「互角の勝負」に持ち込んだシュレーダー首相の執念はすさまじい
ではドイツに学ぶ点はないのか。土俵際に追いつめられても権力の座をあきらめない独首相シュレーダーの執念はすさまじい。率いる社会民主党は野党のキリスト教民主・社会同盟に世論調査で一時20ポイント超の差をつけられ、大敗も予想された。同盟の首相候補は旧東独出身の女性党首メルケル。それを終盤に猛追、同盟に第1党は譲ったものの、暫定集計でわずか3議席差とほぼ互角にまで持ち込んだ。
同盟も社民党も政策が近い中小政党との連立では過半数に届かない。第1党と第2党による異例の大連立政権の公算が出てきた。首相の任期を両党で分割する構想まで浮上。シュレーダーが当面続投する可能性もある。驚異の粘り腰は2度目だ。2002年の前回総選挙でも不人気で敗北必至と言われた。ところが、直前に旧東独地域を襲った大洪水の被災現場に駆けつけ、ワイシャツ腕まくり姿で連日奮闘。世論の風向きを敏感に察知してイラク戦争反対も前面に打ち出し、大逆転勝利を収めた。
生後すぐ父が戦没、6人兄弟の母子家庭で育った。夜学で大学入学資格を得るなど逆境からはい上がった苦労人。田中角栄ばりの泥臭くも巧みな演説で有権者に訴えかける。手厚い雇用保険制度に切り込むなどの構造改革は不評でも、首相候補として人気はメルケルを凌駕する。4日の1対1のテレビ討論でこの独版「鉄の女」を圧倒、一挙に差を詰めた。改革を社会政策切り捨てと反発する党内左派をパージし、党分裂の危機で奇策の総選挙前倒しに打って出たあたり、小泉と二重写しにもなる。
シュレーダーは2002年、日韓ワールドカップ・サッカーの決勝ブラジル対ドイツ戦を観戦するため、カナダのカナナスキス・サミット(主要国首脳会議)から小泉の専用機に押しかけて同乗し、来日した。翌年、オペラ通でワグネリアンの小泉を半ば強引に夏の独バイロイト音楽祭に招待。楽劇「タンホイザー」を一緒に堪能した。義理人情に厚い党人政治家らしい恩返しかと思いきや、自分がワーグナー家とよしみを通じるため、小泉をしっかり利用した側面もあったと言う。やはり一筋縄ではいかない。
異なる選挙制度の日本とドイツ。対照的な結果で、2人の首相の命運も分かれるかに見えた。それでも権力の座を手放さないしぶといシュレーダーの生命力。小泉の非情や冷徹に優るとも劣らぬ迫力だ。最高権力者の資質は洋の東西を問わない。欧州全体の進路を大きく左右するドイツ政局からも当分、目が離せない。(文中敬称略)
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/index.html
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