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経済評論家 内橋克人 ”問われるのは日本の民主主義 支える努力を”<即興政治論>
衆院選の投開票日まで、あと5日。小泉純一郎首相は郵政民営化一本やりで攻め続け、守勢に立つ野党を押し切ろうとしている。投票を前に内橋克人さんに今回の選挙で有権者は何を問われているのかを聞いた。
高田(*記者):各種の世論調査では、自民党が好調のようです。小泉首相の郵政民営化の是非を問うという作戦があたっているようです。
内橋:小泉さんは郵政民営化の是非を問うと言って解散したが、国民に問われているのは、「日本の民主主義」だと思う。
この解散・総選挙で、ある政権を成立させてしまえば、郵政民営化だけでなく、年金、税制、もっと重要な憲法九条放棄、改憲が日程化されることは間違いない。ある法案が参院でストップをかけられたから、といって、衆院を解散する、というようなやり方が常套化すれば、議会制民主主義そのものが危機の立つ。
車でいえば衆院はアクセル、良識の府といわれるように参院はブレーキ。両方の機能で日本の議会制民主主義は成り立っている。小泉さんは憲法にのっとってやった、というが、憲政の条理に反している。日本のような国で二院制を否定することは、ブレーキをはずした車のように、国家の暴走を招く。戦前の軍部独裁と帝国主義との関係を知るものなら、小泉手法が議会制民主主義を形骸化する危険に満ちていることを察知できるでしょう。
今回、有権者は毅然として日本の民主主義を守るのか、崩れるままに任せるのか、それが問われているのではないでしょうか。
高田:しかし、小泉人気は止まりません。
内橋:小泉さんは自民党をぶっ壊すと言って、自民嫌いと官僚嫌いの国民感情をうまくからめ捕ったが、小泉政権こそもっとも自民党的。このことに人びとは気づいていない。自民党が、長い時間をかけてやろうとしたことを、時間を縮めて一気にやろうとしている。小泉さんほど「剥き出しの自民党」的政治家はいなかったのではないか。
高田:自民党的といいますと。
内橋:最大の力をもつ経団連からの政治献金に支えられ、特定財界人や特定学派の経済学者が諮問会議や審議会のポストを排他的に独占する。旧大蔵官僚の権力肥大化…。挙げていけばキリがない。国全体が政権翼賛会になろうとしている。
時の政権が、もてる権力を駆使して与野党を政府翼賛政党に染め上げてしまう。党内異論を認めない、というのは、明らかな党内民主主義の否定だ。これでは議会制民主主義が成り立ちません。与党が政権と一体になり議会が多数党となれば、待っているのは独裁です。与党にも野党にも異論があり、政権の暴走を防ぐ、それが、あるべき議会制民主主義ではないですか。
高田:しかし、小泉首相を支持する人が多いという現実があります。
内橋:私は「熱狂的等質化現象」(ハーディング)と呼んできたのですが、日本を戦争に駆り立てたかつての日本社会の病理でした。ファシズム前夜には必ず大衆は「強い指導者」を求める。
昭和恐慌の長いトンネルで痛めつけられた一般国民、たとえば小さな商店の店主、失業者、農民まで強い指導者を求め、「とにかく職をくれ」と叫んだ。国民の声に応えて台頭したのがファシズムでした。いま、同じ熱狂的等質化現象を巻き起こし、強い指導者像を描いて、それを勝手に小泉さんに重ね合わせている。
ヒトラー登場の歴史過程も酷似しています。第一次大戦後の過重な賠償要求にドイツ国民は苦しめられ、その不満と困窮に乗じてナチズムが台頭した。二度三度の小泉フィーバーはファシズム前夜を思わせる。
政権に異を唱えるものはすべて「造反者」として排除、抹殺するのでは、民主主義は成り立たない。
逆に小泉さんが真のステーツマンなら、そういう手法を自ら禁じ手とすることで、民主主義を守ろうとするでしょう。
高田:ファシズム前夜という指摘があったが、日本人が戦後60年かかって築いてきた民主主義はそんな簡単に吹き飛ばされるのでしょうか。
内橋:今回の小泉さんのやり方が通れば、日本には民主主義が根付かなかったということになるでしょう。60年かけて私たちは何をやってきたのか、と。
戦前戦中の悲惨のうえに、昭和一けた生まれ以前の人たちは、絶対にそれを繰り返してはならないと必死だった。空中に投げられた物体は放物線を描いていつか落下する。飛び続けるのは「慣性」(イナーシャ)が働くからだ。戦中の悲惨を知るものが、その慣性を懸命に下支えしてきた。少しでも長く飛び続けるように、と。それで初めて戦後民主主義は守られた。その力が働かなくなれば、日本の民主主義は、間違いなく放物線を描いて落ちていくでしょう。
高田:60年、慣性で保ってきた民主主義ですか。
内橋:議会制民主主義は絶えず危機に立つものです。その基盤を育てていく力が働かなくなればたちまち落下する。そういう必然を抱えているのです。ヨーロッパでも議会制民主主義が根付いていく過程は危機の連続でした。私たちの戦後も、飢餓の時代を生き抜いた人びとが、必死に支えてきたからこそ、今日の民主主義がある。
言論の自由ひとつ、それを既与のものと錯覚して、支え守ろうとする力が衰弱すれば、たちまち引力が働いて地に落ちてしまうこと、間違いない、と思います。
「東京新聞」9/6朝刊より
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