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[小泉首相の身辺に“狂気が香る”背景]
本日付けの報道(読売)によると、小泉首相と森氏は豪華仕出し弁当で目出度くも“和解”し、ご両人とも、至極、上機嫌であったそうです。これは、『小泉リフォーム詐欺劇場』のクライマックス(衆議院解散)直前に行われた、例の“ヤラセ会談”が首尾よく成功したことの“祝勝会”の意味があるようです。主要なマスコミを大々的に巻き込んだ(動員した)、この“一連の不可思議な演出(出来事)”の途中(8/16)には次のようなワン・シーンがあったそうです。
・・・8/16夜、東京・虎ノ門・ホテルオークラ内の高級レストラン「バロンオークラ」で作家の林真理子女史、宮内義彦オリックス会長らが小泉首相を囲む「不機嫌の会」の会食が催された。小泉首相はワインのつまみとして、先ごろ話題になった“干からびたチーズ”ことフランス産チーズ「ミモレット」を注文した。『小泉=森、缶ビール&干乾チーズ・ヤラセ会談(8/6)』で森氏が“干乾びたチーズ”を噛まされたと嘆いてみせが、実はこれがフランス産の超高級チーズのミモレットで100グラム約750円の代物であった。会食の席では好評で、林氏は「おいしいじゃない!」。首相も「(森氏に出したときは)チーズの名前を知らなかったんだけどね」とニヤリ。・・・[http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050817-00000007-san-pol]
マスメディアを総動員してまで国民の多くを欺いた一連の『ヤラセ会談』と、この会食時の小泉首相の“ニヤリ”の奥には、端無くも「首相官邸の奥に潜む狂気」が垣間見えたようでゾットするような寒気を覚えます。しかも、朝日新聞の報道によると、この『ヤラセ会談』の相方を務めた森前首相が「選挙をやって圧倒的に勝ったら、あと1年、いや1年といわず次の参議院選挙(2007年)も小泉首相でいいじゃないかと思っている」と語っています。どこまで国民を騙し続けるつもりなのでしょうか? 善良で無垢な多くの日本国民は、よくよく小バカにされたものです。
ところで、よく冷静に観察すると、この『ヤラセ会談』の裏には、次のような「三つのトリック」が隠されていたことが推測されます。
(トリック1) 【当初から「衆議院解散」を決めていた】というトリック
官邸の奥の院では、すでに参議院での議決より大分前から“郵政法案の可・否決を問わず、どちらにしても衆議院を解散しマスコミを総動員した『小泉リフォーム詐欺劇場』を演出して一気に支持率アップを図る”というシナリオが極秘に練られていた。
・・・つまり、この時点で、すでに小泉政権の大幅な延長が視野に入っていたことになる。(マスコミは知っていて知らぬふりだった?)
(トリック2) 【「郵政民営化への反対」と「今回の同法案への反対」を作為的に同一視させる】トリック
造反派の筆頭とされる元参議院議員の小林興起氏が再三にわたり説明しているとおり、“郵政民営化への反対”と“今回の郵政法案への反対”は全く別次元の問題である。この誤解が、国民一般が無意識のうちに共有することになるよう、『小泉リフォーム詐欺劇場』の出演者たちは口裏を合わせて意図的な演出に加担している。
・・・ジャーナリストの日垣 隆氏や北海道大学の山口二郎教授(政治学)も、このように論点をすり替えて一般国民を錯誤の罠に嵌める小泉首相のやり方(情報操作を駆使した作為の演出)は「独裁者の手法」だとして大きな懸念を示している。(http://www.yamaguchijiro.com/)
<注1>小林興起氏の主張は、“国民の共有インフラであるべき「郵便事業」と「資金の迂回使途(財務省・資金運用部の責任)が論点である郵貯・簡保の問題」を意図的にゴチャ混ぜに論ずる、非常に出来が悪く危険な「今回の郵政法案」に反対しただけであり、郵政民営化そのものに反対しているのではない”ということである。このままでは、共有インフラであるべき「郵便事業」(肝心の米国では国営!)が縮小して、一方で「郵貯・簡保」は外資の餌食になると懸念している(関連URL、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050815/p1)。
<注2>一方、賛成派(自称改革派)の自民党議員の中には“ひたすら保身と日和見だけで生きながらえている”ような、一人の人間として全くいい加減で、根本的な政治家意識にも欠ける不見識な人物が多い。例を挙げれば、以下の元議員の先生方の議決直前までの持論は次のとおりであった。・・・H.K元議員(俺は絶対に棄権する)、S.D.元議員(国民のだれも、郵政民営化が改革の本丸だなどと思っていないヨ)、G.S.元議員(総理の民営化論は個人的な感情であり、民営化なんて必要ない)、N.K元議員(民営化は地方の切捨てだ)、etc・・・
(トリック3) 【すべてのマスメディアを政府広報機関化する】トリック
・・・今回の『小泉リフォーム詐欺劇場』で最も目立ち重要な役割を担っているのが、この「マスメディア篭絡作戦」である。特に、これは官邸の奥でとぐろを巻く小泉人形の使い手とされるI.J主席秘書官の独断場となっていることは周知のとおりである。軍資金(機密費?)も相当額が投入されていると推測される。
[小泉首相の“狂気”への監視の必要性]
我われは、ここで歴史を少し振り返る必要があります。大正デモクラシー運動初期の理論的な指導者の一人であった浮田和民(1859-1946/安政6-昭和21/東京専門学校(現、早稲田大学)教授/吉野作造、大山郁夫らの民本主義者に強い影響を与えて民本主義の理論的先駆者となった人物)が、「日露戦争」(1904-05)の直前に“主戦論”が“非戦論”(平和主義)を凌駕する事態になった時に、次のような言葉を残しています。
・・・どんなに国民の多くが平和を希望するとしても、「平和論」はあまりにも当たり前な考えに思われるので、マスメディアが取り上げてもあまり儲け(売上の拡大)にはならない。一方、過激で強硬な意見は、それが過激であればあるほど、そして強硬であればあるほどマスメディアは取り上げる。なぜなら、それが過激であるほど一般国民の多くは、そのマスメディアの報道に大きな関心を持つようになり、それだけマスメディアの儲けが大きくなるからである。・・・
たしかに、この「日露戦争」だけでなく、「第一次世界大戦」(1914-18)、「満州事変」(1931-33)、「第二次世界大戦」(1936-45)の経緯を再点検して見ると、その区切り区切りの時に、マスメディアは挙って、しかも必ず従来の社説等での論説の流れを覆し「主戦論」を煽っていたことに気づくはずです。驚くべきことですが、日本のマスメディアは、このような「国家存亡の危機」が襲った時には、必ず「平和論」を卑下して「主戦論」に肩入れしてきた実績があるのです。そして、購読者数(現代で言えば、販売部数とテレビの視聴率のアップ)を図ってきたのです。このように見ると、日本のマスメディアは国家存亡を賭けるようなエポック期には、殆ど役に立たず、それどころか、必ず大政翼賛に加担し、多くの国民を欺いて「亡国への道」を先導する役割を担ってきたのです。このような歴史的事実を知ると、直近の朝日新聞や毎日新聞の論説の大勢が急に“翼賛的な傾向”を示し始めたことも納得できるように思われます。
このような訳で、我われは希望を捨てるべきではないと思いますが、日本のマスメディアに対し過剰に甘い期待を持つことが危険であることも自覚すべきです。ともかくも、第二次世界大戦(太平洋戦争)後の日本は、このような深い反省から戦後60年の苦難・苦闘の道程を生きてきたはずですが、愚かなことに、今や再び「政治権力の甘美な魔力」に魅せられて多くの国民の犠牲を屁とも思わぬ「狂気の宰相」(権力の魔力に取り憑かれ暴政化した政治権力者)が登場したことで、再び、日本のマスメディアは「過去に繰り返してきたと同じ誘惑」に魅かれて同じ過ちを犯しつつあるようです。民主党を初めとする現在の野党勢力には、国家ガバナンスに関する理念面での貧困さ故に自己崩壊のジレンマが取り憑いており、今回の衆議院選挙でも、日本の民主主義の質的な向上という観点でみる限りあまり大きな成果は期待できないようです。
このため、更に「狂気の宰相」がマスメディアに支えられながら暴走傾向を強め、「官から民へ」という空虚な呪文を繰り返すばかりでなく、実質的な平和主義の放棄を伴う改憲論の促進、実戦力を伴う軍装備の推進、日米の集団的自衛権体制の完成、人権保護法・共謀罪等による国民への統制・監視体制の強化、一層の競争社会の促進、大増税と弱者切捨て策の推進、医療・福祉・年金サービスの質的低下策の促進など、きわめて意図的で冷血な「弱者量産の政策方向」と「平和主義を放棄する方向」へ向かって急速に暴走化する恐れがあります。
このような近年における「日本の民主主義の劣化傾向」について、イギリスの日本研究家・ロナルド・ドーア氏(Ronald P. Dore/1925− )は、新しい著書『働くということ、グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書)の中で、次のように述べています(当パラグラフの末尾の後・・・ ・・・の部分/意訳的なまとめ)。我われ日本人は、このロナルド・ドーア氏こそが、今回の「郵政民営化法案」の否決が日本の政局化を呼んだ一連の状況に関して、『世界の金融産業は、約350兆円の日本人の貯蓄を手に入れるまで、もう少しだけ我慢しなければならない』と思っているのだ、という警告記事を(8/8)付の「Financial Times 紙」に書いた人物であること、そして、これが意味する日本の危機的な状況についてよく理解すべきです。
・・・「勝ち組と負け組み」に二極化されつつある現代の日本社会から、日本の社会基盤を支えてきた次のような価値観が失われつつある。それは「義憤」、「憐れみ」、「慈善」、「本来の意味での自己利益」らの価値観である。そして、「義憤」とは“不正義に対する怒り”であり、「憐れみ」とは“他者の苦しみに対する純粋に愛他的な同情心”であり、「慈善」とは“貧困を癒したいという人間本来の欲求”であり、「本来の自己利益」とは“あなたの不安は私の平和を脅かしますという、人間本来の意思(本気で人を愛すること)についての理解である”。・・・
つまり、今、再び日本の社会で起こりつつあるような「労働環境の甚だしい劣化」は、必ず「日本の平和」と「世界の平和」を損なうことに繋がるということです。実は、既にこのことは世界の全人類が「第一次世界大戦の悲惨な経験」から、一度、学び取っており、1919年の「ヴェルサイユ条約の労働条項」(これが後に「ILO憲章」となる)に集約されています(下記*)。しかし、それにもかかわらず、ナチス・ドイツにヒトラーという「狂気の宰相」(独裁的政治権力の甘美な喜びに自己陶酔する暴君)が出現して、世界が再び「戦争の惨禍」に見舞われることになったことは周知のとおりです。
*『多くの人々に不正義、貧困、困苦をもたらす労働の条件が存在し、それによって引き起こされる紛争がしばしば世界の平和と調和を危うくする』
いまや、独裁的政治権力者としてのナルシスティックで甘美な狂気の喜びに陶酔するばかりの「日本の宰相」(小泉首相)も、力強くその後を押し続ける「ブッシュ大統領」も、このように「まったく儲けにならない言葉」は眼中に入らないようです。しかし、その肝心のブッシュ大統領の支持率が急速に低下しています(ニューズウイーク電子版の世論調査で「支持する」が、一ヶ月前41%→今回34%レベルまで急低下/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050808-00000311-yom-int)。
マスメディアを総動員した『小泉リフォーム詐欺劇場』で「ハードコア・ポルノ化した衆議院選挙」(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050826)の刺激的場面の数々に魅せられ空高く舞い上がっている日本国民よりも、多くのアメリカ国民の方が早く正気に戻る可能性が出てきたようです。
(参考URL)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/
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