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2005年08月25日
05年8月:総選挙で問われること
先週一週間の政治の動きはあまりにも急で、日ごろ政治の観察を専門にしている者も驚きの連続であった。最大の驚きは、自民党が政策問題で分裂することはあり得ないという日本政治の常識を小泉首相が壊したことである。自民党は権力の座にあるからこそ党の結束を保つことができるのであり、政権の座から転がり落ちれば、接着剤を失って瓦解する。しかし、郵政民営化法案について、小泉首相は票読みをして負けることは承知の上で、あえて参議院での採決に突入したように思える。つまり、郵政民営化を踏み絵にして、小泉流改革に対する賛成派と反対派を識別し、衆議院を解散した上で総裁としての公認決定権を使い、自民党から反対派を追放するという賭けに出たと理解すべきであろう。自民党の粛清に対する小泉首相の強いこだわりが、今のところ国民の支持を集めている。
造反派を公認せず、それらの候補者に対して賛成派の候補をぶつけるという小泉首相の手法は、政党政治の論理にかなっている。従来の自民党政治の意思決定過程は、よく言えば合意重視で協調的、悪く言えば責任の所在が不明確で不透明であった。また、自民党の中に異なる政策を追求する政治家が雑居していたために、選挙で自民党の候補を選ぶことが、明確な政策の選択につながっていなかった。小泉は、国民に自らの重点政策を約束し、その約束の実現に向けて与党を統制するという民主政治におけるきわめてオーソドックスなリーダーシップを発揮したに過ぎない。この点を捉えて、従来の自民党政治家は独裁的とか、非民主主義的というが、それはいささか的はずれな批判ではないかと思える。郵政民営化が今の日本にとって最重要課題とは思えない。しかし、リーダーシップの発揮の仕方は今後の教訓となる。これから地方分権、財政再建など不可避の重要課題に取り組むに当たって、国民との約束を武器に反対を乗り越えるという手法を取る必要が生じることは、しばしばあるに違いない。
小泉首相が起こしている変化は、民主主義のモデルチェンジである。今までの民主政治は、多様な意見、利害を政策形成過程に反映させ、政治家や官僚の妥協によって調整するという妥協型民主主義であった。これに対して、国民に重要政策を具体的に示し、その実現に向けて自党を統制、統率するという契約型民主主義が始まろうとしている。
政党が人間集団である以上、異論や派閥対立があるのは当然である。しかし、最高指導者が政治生命をかけてやりたいといっている重要政策について、これを否定することが容認されていては、政党政治は成り立たない。自民党の大半は、人気者小泉を延命のための道具くらいにしか思っていなかったに違いない。小泉を総裁に選んだ時、自民党は大きな危機に陥っていたのだが、無党派市民向けの構造改革路線、伝統的支持者向けの利権配分という二重人格を取ることによって、命脈を保ってきた。造反派は、二重人格で国民を欺いてきたつけを今払わされているのである。
しかし、小泉首相は民主的なリーダーシップを確立したわけではない。むしろ、国民の拍手喝采のうちに独裁に陥る危険性をはらんでいる。自民党執行部は今回の総選挙を郵政民営化に対する国民投票と位置づけている。しかし、郵政についてだけ具体的な政策があり、その他の課題についてはすべて白紙委任というのでは、国民はたまったものではない。単一争点で総選挙を戦うならば、政権党の指導者としてこれほど無責任な行動はない。また、あえて他の政策課題について白紙委任を取り付けようとするのは、独裁者のやり口である。過去4年間の小泉構造改革に対する総括的評価こそが、この選挙の最大の争点となるべきである。実際、各種の世論調査は、国民が望む政策課題が社会保障や景気・雇用問題であることを示している。
ここで問われるのは、造反派を含む野党の戦い方である。小選挙区の選挙において、野党が政権党と同じことを言っては、勝てるはずがない。小泉の構造改革路線を明確に否定することが戦いの大前提である。「官から民へ」という根拠のない呪文を打破し、安心できる年金や雇用を回復するというのが野党の政策の柱であるべきだ。しかし、民主党は序盤の小泉人気に浮き足立って、「小さな政府」に向けた競争に参入しているように思える。これはとんでもない見当違いである。
自民党から追放された造反派も、覚悟が決まっていない。小泉首相にここまでの仕打ちをされたならば、すっきり新党を作って小泉と対決すべきである。小泉政治によって切り捨てられている地方や弱者の利益を代表することを前面に出せば、非大都市圏の選挙区ではかなり支持を得ることができるはずである。いまさら自民党に未練を持っても、道は開けない。むしろ、地方に対する利益配分をして何が悪いという開き直りこそが、造反派の生きる道である。
今回の選挙は政権選択を問う選挙である。外における対米軍事協力、内における小さな政府という小泉自民党の政策
パッケージははっきりしている。これに対抗する政権構想は、論理的には、外におけるアジアとの協調、内における福祉国家の再構築となるはずである。このパッケージを担う政治主体が見当たらないままでは、選挙は不毛なものになる。国民がリーダーと政策を選んだという実感を持てるような選挙にするために、政党の責任はきわめて大きい。
最後にメディアの責任にもふれておきたい。このところ、メディアも小泉にあおられて「大きな政府か小さな政府か」という的外れの問題設定で議論をしている。しかし、租税社会保険料の対GDP比にしても、人口に対する公務員の比率にしても、すでに日本は世界最小の政府である。問題は、国民のニーズに合った的確な税金の使い方をいかにして実現するかという点にある。事実に即して、有意義な政策論争を実現する上で、メディアの役割はきわめて大きい。政治家のスローガンを鵜呑みにして、単純なレッテル貼りをしないように望みたい。(週刊東洋経済8月27日号)
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