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特集WORLD:ちょっと待った/上
<高まるボルテージ 小泉首相はおっしゃるが、こんな反論も>
総選挙は公示まで1週間。話題の候補が続々登場したり、新党ができたりと日々、めまぐるしい動きが続く。その間、小泉純一郎首相は印象に残るせりふを残し、そのボルテージは上がる一方だが、果たして本当にそうだろうかと思われることもある。振り返って、立ち止まって、最近の“小泉語録”に識者が反論する。【三角真理、山田道子】
◇弾圧した側にソックリ−−作家・米原万里氏
◆「約400年前、ガリレオ・ガリレイは、天動説の中で地動説を発表して有罪判決を受けました。そのとき『それでも地球は動く』と言ったそうです」=8日の衆院解散後の記者会見で郵政民営化実現の意思を強調して
権力に心の中では徹底的に逆らって自説を曲げなかった科学者ガリレオ・ガリレイに、権力をかさに自説をごり押しし異論を排除する自分を例えてしまう小泉首相って自画像がゆがんでいるのね。よくもまあ、ガリレオに対する名誉棄損でイタリア政府や科学史協会から訴えられなかったこと。彼はワンフレーズ発言が多いけど、少し長く話すと無知と非論理がバレバレになる。ああ恥ずかしい。
「他人の意見に耳を貸さずに自説を曲げなかった頑固者」という点に共通項を見いだしたのかもしれないけれど、ガリレオは自分と異なる意見の人々と議論を重ねながらコペルニクスが唱えた地動説を発展させていったのね。地動説にくみしたG・ブルーノが火あぶりの刑に処せられてるから、ガリレオは異端審問にかけられたとき形の上では地動説を退けざるを得なかった。「それでも地球は回っている」と審問所で彼がつぶやいたという記録はなくて、18世紀のフランスの作家トレルが広めた虚構なんだけど、どんな強権によっても人の頭や心の中まで支配できないということの例えとして事実以上のリアリティーがある。
今の自民党内では自由に物が言えなくなってる。議員は首相に従っているフリをしないと生き残れないし、造反者には刺客まで送り込まれる。これ、中世のカトリック教会が自由な発想を異端扱いして封じる手口よね。つまり小泉首相はガリレオよりもガリレオを弾圧した側にソックリなのよ。その自覚がないのも、いかにも世界が常に自分を中心に回っている、天動説を地で行く小泉首相らしい。
◇天下り先一つ増やすだけ−−慶応大教授・金子勝氏
◆「郵政事業を民営化できないでどんな大改革ができるんですか」「本当に行政改革、財政改革をやるんだったらば、この民営化に賛成するべきだ」=8日の記者会見などで
小泉政権は「民営化イコール改革」という幻想を国民に植え付けようとしているだけで、改革に値するものは何もない。自ら掲げた新規国債発行額30兆円枠という公約を破り、その責任もとらないまま、今度は郵政の「株式会社化」だという。その間、債務残高は01年の政権発足時の540兆円から今年3月時点で780兆円にまで膨れ上がった。そして、郵貯・簡保に巨額の国債と財投債を引き受けさせて、泥沼にはめてしまった。実際、郵貯・簡保は国債残高の約4分の1に当たる150兆円余りを持つ。財投債については、08年度から郵貯・簡保資金が引き受けないでよいとされるが、現実に郵貯・簡保が突然「引き受けない」と言えば債券は暴落し郵貯・簡保は自ら大損する。何も変わらない。結局、売るにも売れず引き受けざるを得ないだろう。これで、どうして特殊法人改革ができるのか。
膨大に膨れ上がった財政赤字対策のためには、国債と財投債の発行額を減らすことこそ抜本的対策である。そのために大口の引受先である郵貯・簡保の預け入れ限度額を今の1000万円から例えば500万円にし、肥大化した受け皿に歯止めをかけることだ。同時に、小手先でない長期的ビジョンを持った年金制度改革や税制改革を行うことだ。小泉首相の言う「民営化」では、単に議会のチェックが利かない役人の天下り先をまた一つ増やすだけに終わる。
◇まず耳を傾けなくては−−帝塚山学院大教授・小田晋氏
◆「おれは殺されてもいいんだ。それぐらいの気構えでやっている」「おれは非情なんだ」=6日、解散しないよう公邸に説得に訪れた森喜朗前首相に
小泉首相はもともと異端だったのが、今は異端を排除している。古今東西、権力者は権力が増し独裁的になるとともに、客観的に事態を見る目が曇り、行動に抑えが利かなくなり「暴君化」する傾向があるものだ。小泉首相の場合は、今のポストに就いて元来の性格が表面に出てきたのだと思う。
人間を体形と性格で分けると、「たぬき型」と「きつね型」がある。自民党の党人派政治家は圧倒的に「たぬき型」。ふとり気味で気配り型なのに対し、小泉首相は義理人情にこだわらない「きつね型」。すなわち分裂気質だ。周囲を気にしないがそれを自分の利点だと信じて突き進む。粘り強く執拗(しつよう)な一方、爆発するときりがない粘着気質も加わっている。
行動科学的にも興味深い。解散直前、小泉首相は「チキンゲーム」に挑んだ。絶壁に向かって自動車を走らせ、先にブレーキを踏んだ方が負けというゲームだがその際、狂人を装って相手を恐怖に陥れる手法がある。森氏を追い返した小泉首相はその手法を成功させたといえる(これはできレースかもしれないが)。そのような成功体験が続くと自分を神格化しがちである。その点で、小泉首相は織田信長と似ている。「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」だ。しかし、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)という僧侶は「信長はいずれ高ころびに転ぶ(内部崩壊する)」と予想し、実際その通りになった。
そうならないためにはまず、権力者は人の言うことに耳を傾けなくては。小泉首相はかつて「口は一つだが耳は二つある」と言ったが、本当にあるのか。もう一つは他者に対する同情心と思いやりを持つことだ。これを持たない指導者はどんなに偉大でも、支配される国民にとってはたまらない。
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ファクス 03・3212・0279
t.yukan@mbx.mainichi.co.jp
毎日新聞 2005年8月23日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/
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