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http://www.21ppi.org/japanese/message/200410/041012a.html
郵政民営化とバーゼル合意 II
定額貯金の大量中途解約にどう対処すべきか
21世紀政策研究所
理事長 田中 直毅
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郵政3事業を一体のまま、特殊会社として民営化の第一歩を踏み出すという案が葬られたのは、銀行業務の国際的な位置づけからして当然のことであった。
もし3事業が一体のまま、と仮定してみよう。金融庁ではなく総務省が金融業務を監督することになる。郵便業務を合体させた世界に例のない巨大な資産・負債を保持する特殊会社には、一般的な金融監督の仕組みが及ばないことになる。
国民の金融資産のおよそ4分の1に相当する部分が銀行監督当局以外の管理下に置かれることになれば、世界は間違いなく身構えたであろう。「結局のところ日本政府は金融システムの今日も明日も理解せず、金融システムの安定性維持という世界の共通の目標に対して無責任極まりない」と断じたであろう。
邦銀が資金の取り入れ時に余分の金利(プレミアム)の支払いを迫られたのは、決済の安定性への懸念から事業会社が流動性の積み増しに走るシステミックリスクが起きた1997年以降である。
この時期を振り返れば、個別の邦銀ごとにプレミアムが付いたのではなく、ジャパン・プレミアムと呼ばれたように、邦銀のすべてが不利益な取引を迫られた。決済の不安定性が日本にいったん生ずれば、個別行の識別の意味はない、とされたのだ。
郵貯・簡保を実質上継承する資産・負債に、世界的に基準化されつつある銀行監督の手法が及ばないとなれば、邦銀が差別的に取り扱われたとしても文句が言えない状況さえありえたのだ。
リスクに見合った自己資本を銀行に備えさえるというバーゼル合意は、88年に実現した。今日では銀行が自己資本の充実ぶりについて自ら評価を行い、これを銀行監督当局が検証する。日本の国内事情を理由に、こうした潮流の外側に立つならば、21世紀もまた日本特殊論でしのぐことになりかねない。これを回避し、日本経済の本格的回復に期待をつなげたのはまだしも幸いであった。しかし郵政民営化をめぐっては、日本の官庁間の権限争いという枠組みに固執した見解が少なくなかった。
リスク対応の自己資本規制
銀行の備えるべき自己資本は、88年のバーゼル合意以降大きく変化した。国際業務を行う銀行は、リスク加重資産に対して8%を超える自己資本という原則であった。個別の銀行破綻から国際的な金融不安への路を遮断するために、各国の金融監督当局による共通基準に基づく監視の実施という合意を見た。
邦銀の貸し出し拡大の抑制のためという受け止め方が日本の内部で広がった理由は、どこにあったのだろう。
実際は、88年当時の米国銀行の不良債権問題の深刻さがこうした最低限の自己資本比率の設定につながった。ラテンアメリカ向け融資、LBO(企業買収に当たり実行される銀行融資)、そしてLAND(不動産)向け融資という3Lの問題業種があった。レバレッジ(資産/資本の比率)を利かせることが効率的な経営だとの考え方が事業会社にも、銀行にもあった。
自己資本を毀損させていた主要米銀の自己資本比率は、平均で6%台、そして当時の邦銀は11%台が普通だった。92年までの4年間に自己資本の充実において、また貸し出しなどの資産側の調整において、大転換を迫られたのは米銀だった。そしてこのときの数々の経営改革の中で、規制の対象としての自己資本比率という考え方から、的確な経営を実現するために必要な自己資本額の割り出しという発想への変化が生まれた。これは経済資本(エコノミック・キャピタル)と呼ばれ、リスク対応を当然視したうえで、リスクに見合った自己資本を備えるという経営側からの接近である。
バーゼル合意から時が経つにつれ、新しい接近方法を自己資本比率規制に導入すべきとなった。慎重な検討を経て、2004年6月に「バーゼルU」という自己資本の充実枠組みが発表された。ECB(欧州中銀)トリシェ総裁は「バーゼルUはリスク管理と銀行監督とを包括した手法だ。バーゼルUは銀行の安全性と健全性を高め、金融セクターの機能を向上させる」と述べた。リスク測定、リスク管理システム、ビジネスモデルに見合った自己資本の確立戦略を銀行に促すことを狙ったものだ。
88年のバーゼル合意では、同種の債務者ごとに区分を設定し、区分に従ってエクスポージャー(貸出額)の足し上げを求めた。しかし実際に法人債務者をとってみれば、信用度についての潜在的な差異は明らかで、同一水準の自己資本が必要という前提には問題が多すぎた。優良企業なのか、不良債権なのかが反映していない。そして引き当て不足の銀行は、正当に引き当てればその分自己資本が毀損するにもかかわらず、それをせずに過大に自己資本を表示したことになる。
「バーゼルU」では、信用リスクに対する自己資本の枠組みの感応度を高めることに主眼を置いた。そして銀行と監督当局に対して、信用リスクにかかわる「標準的手法」または「内部格付け手法」のどちらかの手法の選択を求めている。
小口分散でリスク軽減
比較的単純な形態の貸し出しや信用引き受けを業務とし、これに見合った内部管理の構造をとっている銀行は「標準的手法」となろう。これに対してより高度なリスク・テイキングを行い、先進的なリスク測定システムを開発した銀行は、監督当局の承認を前提として、信用リスクにかかわる「内部格付け手法」の採用となる。
この場合、債務者の信用リスク(倒産確率)の測定に関しては、自行内部の測定方法に一部依存した所要自己資本を計算する。もちろんデータ、検証手続き、業務運営に関する厳格な要件を満たすことが前提だ。
すでに国際業務を行う銀行の内部ではリスク管理の徹底を期すべく、行内における自己査定の厳格化に取り組んできた。「内部格付け手法」は、銀行の内部統制と経営管理、そして監督当局の検証プロセスとを合致させるところに特徴がある。当局のチェックは補完的で、ディスクロージャーを通じて市場規律にゆだねられる仕組みである。
「バーゼルU」の適用は06年末以降とされるため、07年4月の郵政民営化に当たっては当然のことながら郵便貯金会社に対しても所要自己資本との考え方が適用されるべきだ。国際業務に携わらなくても、金融システムの一環を担う以上、貸し出しリスクに見合った自己資本の充実という考え方がとられるべきだ。
「標準的手法」では資産にかかわるリスクウエートはどのようなものか。自国国債のリスクウエートは各国の裁量で0%の適用が可能であり、地方公共団体も国債に準拠できる。公共債については所要自己資本へのはね返りはない。
「バーゼルU」の一つの特徴は、融資の小口分散によるリスク軽減効果を「標準的手法」に織り込んだことだ。日本と並び、ドイツとイタリアがバーゼルで主張した結果とされる。中小企業と個人向けは、いずれも与信額1億円程度未満のものを指す。そして住宅ローンは別の分類に属する。日本の中小企業融資の比率は、地銀大手の事業性資金貸し出しの貸出先数で8割、残高で1〜2割だ。
07年4月からの郵便貯金会社の発足に当たり、以上のような「バーゼルU」を適用すれば、所要自己資本について過大なものが求められるわけではない。
郵政民営化の基本方針(9月10日閣議決定)には、郵貯・簡保の既契約を引き継いで、既契約を履行する公社承継法人の「公社勘定から生じた損益は新会社に帰属」とある。公社勘定からのはね返りについての点検は欠かせない。
公社勘定の損益の帰属
「バーゼルU」の審議過程においても、統計分析の妥当性の検討に当たっては、具体的な仮想事例を通じた分析(ストレス・テスト)の重要性が強調された。公社勘定の持つリスクについては、今後十分に煮詰められるべき事柄である。
政府保証の存否は特定の日付を境に分けられる。いわゆる旧勘定の処理問題が発生せざるをえず、そこから公社勘定の利益を新勘定につけ「譲歩」がなされたと考えられるが、はたして実際はどうか。政府保証を外すという変更は、家計の行動に思わざる影響を与える可能性がある。単に確率分布の推計を行うのでは不十分なのはこのためだ。
公社勘定で注目すべきは負債側の「定額貯金」である。上限1000万円で最長10年、6カ月以降自由満期、半年ごとの複利、預入時の利息を10年間適用というものである。民営化時の経営者は郵便貯金会社に「定額貯金」という商品を置き続けるかどうかの決断を迫られよう。
銀行のALM(資産負債管理)の視点からは、かつての資金運用部への預託のような長期固定の資産運用形態はありえず、長期固定の融資(たとえば住宅ローン)に踏み出しても、金利情勢次第では期前返済が相次ぐ状況を想定しないわけにはいかない。ということは、「定額貯金」をそのまま維持することはできないという結論に至るであろう。
「従来よりも約定金利をあらかじめ低くすれば、金融商品のブランドとして定額貯金は維持可能」との意見もあるが、非現実的である。それは日本国家が「定額貯金」よりも魅力が多いと一般家計に受け止められる「個人向け国債」の大量発行に追い込まれているからだ。
10年満期の個人向け国債は、1年経過後は中途解約が可能であり、額面が保証されている。年4回の募集に合わせなければならないという不便さはあるが、半年ごとに変動金利の適用という条件を考えれば、すでに「定額貯金」を商品企画において上回っているといえよう。
04年3月まで152兆円の残高を誇っていた「定額貯金」の足元はすでに脅かされていたというべきであろう。そして新勘定について「政府保証」が外れたことが広く報道される07年4月以降となれば、既契約の「定額貯金」の中途解約は一挙に進む可能性がある。何しろ6カ月を経過したものについては、ということは07年9月以降については、公社勘定の負債のすべてが、ペナルティなしに中途解約が可能になることを意味するからだ。エグソダス(大量脱出)現象は、確率分布の推計に当たってはたして考慮されているのかどうか。制度変更に伴って、特定の契約の見直しの可能性に突如焦点が集中する状況は、確率分布の想定外の事項のはずである。
ALMの視点から定額貯金の満期構造に見合わせるべく保有する国債の残存期間を対応させているであろうことは容易に想像がつく。国債の満期保有を前提とし、また満期保有が可能なように国債の償還期限を調整してきた日本郵政公社(またその前身の郵政事業庁)は、国債の保有に伴う価格リスクという想定から自らを隔離してきたはずである。
過去からの返り血
しかし今回の制度変更は、従来の前提を根底から覆すものである。しかも「個人向け国債」の新規投入はリスク回避の家計向けの商品だし、ほかにも少しだけリスクにさらされるだけで、多少ともましな収益率を狙うことができる商品群の存在に家計は気づき始めた。これまで政府保証があったことは心強かったが、逆にいえば、政府保証の受け止めが過大に過ぎた、という反省も出る。政府保証の存在はとかくバブルにつながるのだ。
米国では「暗黙の政府保証」に属する債務証書(たとえばファニー・メイの発行する債券)でさえ発行量が異常肥大した。ということは、明確に政府保証を外す新契約はもちろんのこと、既契約の認識にも変化が生ずると考えられる。
予想される最大損失額(バリュー・アット・リスク)を計算してリスク管理に当たることは、旧契約を引き継ぐ公社承継法人も、旧契約の管理・運用をゆだねられる郵便貯金会社も当然のこととしている。しかしストレスとして想定すべき仮想事例は、相当な幅をとって考えるべきだ。
定額貯金の満期構造に見合って国債の残存償還期間を対応させるという図式を、大きく揺るがす中途解約の渦が起きたとしよう。その折に景気が好転していれば、中長期債の売却に伴い資本損失の可能性が高まる。公社勘定のバランスシートの急収縮に伴い発生する損失も、「新会社に帰属」という方針である。
本当にこの方針に沿って処理されるのか。それとも資本損失を現実化させないため、公社勘定に対する政府保証付きの日銀貸し出しで満期の到来まで先送りを決め込むのか。後者の場合、国債の市場売却を遅らせるために、日銀のバランスシートの肥大に目をつぶることと同義である。
日本のマクロ政策に危機の先送りという要素を見据えた投資家群は、インフレや円安への懸念を、そうでないときに比べてより深く抱く可能性が強い。このことは日本の株価形成に間違いなく悪影響を及ぼすことになろう。
もし政府保証付きの郵貯・簡保を温存したとすれば、日本におけるあるべきリスク負担という、避けては通れない問題をあいまいにしたまま、日本経済の長期停滞に結びつけることとなろう。
リスクへの挑戦を通じてしか、日本における職場の確保は難しいという因果連鎖の理解については、国民に相当浸透してきた。家計が担いうるリスクとは何か、についての個々人の考察が深まる中で、郵貯・簡保の民営化案についての支持が増え始めた。
しかし私は政府保証の廃止という意思決定に伴って、既契約の整理過程で「損失」が発生する蓋然性は無視できないほど大きいと判断している。民営化により、国民にとって望ましいことだけが生起するとの想定はとるべきではない。リスクへの挑戦を制度的に回避してきたことのとがめは、制度変革の中で一時的には生ずると覚悟すべきである。
先送りをしない、という決意は長い目で見れば利益が多く、日本の構成員のすべてにとって正解だが、過去からの返り血とでもいうべき損失は顕在化する。一回限りの損失を、そういう因果のものとして受け止める基盤があるかどうかが試される。「バーゼルU」は市場規律、金融機関によるリスク管理、そして当局の監督の三つともを貫くものとなったが、この趣旨は郵政民営化にも欠かせない視点なのだ。
■ BIS規制はこう変わる! 現行規制 新規制(標準的手法)
大企業 100% 100%
中堅企業 100% 100%
中小企業 100% 75%
個人向け 100% 75%
住宅ローン 50% 35%
以 上
(東洋経済新報社「週刊東洋経済」 2004年10月09日号、 「田中直毅の日本経済の明日 第52回」 に掲載されました)
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