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http://www.post-fan.jp/topics02/topics_top_050802/column/t_column_050802_01.htm
寄稿
東京国際大学 田尻 嗣夫
国民生活と地域社会を崩壊させる郵政民営化法案
「民間にできることは民間に」を政治スローガンにゴリ押しされた政府の郵政民営化法案の審議が、いよいよ参議院に移った。一〇九時間に及んだ衆議院の郵政民営化特別委員会での質疑でも、民間企業化すれば何が可能で、何ができなくなるのか、やらせるべきか、やらせてはならないのか、公社形態ならばこそ何ができるのか、この肝腎のところが政府答弁ではほとんど明らかにされなかった。明治から一三〇年余り国民共有の生活インフラとして健全に機能してきた郵便局ネットワークと郵便・郵便貯金・簡易保険事業が、いま庶民の暮らしから遊離した“永田町のパワーゲーム”によって崩壊の危機にひんしている。
論議されなかった「民間にはできないが、公社ならできること」
国民の利便性、公社の雇用、郵便局ネットワークの活用などに配慮するとかの「竹中5原則」で粉飾された郵政民営化法案と政府説明は、すべての人が得をして誰にもしわ寄せしないという現実にはありえない誤った市場経済原理の幻想を国民に振りまいている。実際に郵便局サービスの維持、発展させうるのかに関する質問には、「期待される」「想定される」「自主的な経営判断に委ねる」などと冷厳な市場原理に丸投げせんばかりの答弁に終始してきた。はがき、封書はユニバーサル・サービスを曲がりなりにも義務付けるが、なぜ小包を対象外にするのか。小口・個人向け金融サービスもユニバーサル・サービスの範疇に加えつつある国際社会の潮流に逆行して、わが国がいま、なぜ郵便貯金、簡易保険をあえてその対象から外すのか。衆議院の審議では、結局なんにも説明されなかった――――。
もともと、預貯金・貸出・決済取引をめぐる金融システムの市場経済化は、ホールセール・バンキング(大口の企業金融)では是とされても、リテール・バンキング(小口・個人向け金融)への適用には注意に注意を重ね深く広い角度からの事前の吟味が重要なのだ。「効率化」「活性化」などという抽象論では律しきれない庶民生活の複雑な構造的現実が厳として存在しており、そこにこそ力強い政治の光が照射されなければならないはずである。
金融システムとは、その設計思想や具体的な仕組み次第で国民生活の頼りになる味方にもなれば、恐ろしい搾取や犠牲のしわ寄せをもたらす敵にもなりうるものなのだ。客観的で中立的な世界標準のような金融システムが存在しているわけでもなければ、何が望ましいのか倫理性や社会的公平性をほおっておいても提示、実現してくれる自動販売機でもないのだ。市場原理に基づく効率性を追求すればするほどに、公平性は低下する二律背反を克服するためにこそ、政府や公的機関の存在理由があるのである。すなわち、法制度の整備や公的機関の参画などによる公的介入・関与を通じて、金融システムの欠陥を補正・補完しなければとんでもない社会的悲劇や被害をもたらしかねない。民間企業もやっているから民間に丸投げすればよい、わけではないのだ。
お金のない人、お金に代わる信用・担保もない人、ハイテク金融機器を利用する能力を欠いている人などは収益性と忠誠度の低い不採算顧客層として、伝統的な金融サービスからは締め出していく動きが欧米では深刻な社会問題になっている。わが国でも、銀行が歓迎しない低所得層や貸しまくって多重債務者化した“金融難民”を、もっと収奪的な金融業者の手に追い込んでいくメカニズムが表面化している。イギリスの国際金融学者A.ウオルターは、金融の市場経済化とそれによる金融革新が特定のグループ・階層にのみ利益を与える形で進行し、@小口預金者よりも洗練された金融資本に、A米国ではリテールバンキングを本業とする商業銀行よりも証券会社・投資銀行に、B国内定着型の企業・地場産業よりも国際的に移動可能な大企業・産業に、C製造業では、移動しない労働者よりも知的に熟練したホワイトカラーに――より大きな利益をもたらしていると分析している。
郵政民営化で日本でも懸念される“金融難民”の大量発生
金融ビッグバンの先輩・英国では、FSA(金融サービス庁)の調べ(2000年)によれば、@全世帯の7%に相当する150万世帯、200万人の成人(全体の9%)はじめ住宅金融組合(Building Society)など庶民金融機関の口座を全く持っていない、A全世帯の20%に相当する440万世帯が小口・個人向け金融サービスヘのアクセス機会が極めて限られている、 B預金や投資金融商品も全く持っていない世帯が全世帯の3分の1に上っている、C被雇用者の27%が企業年金など職業上の年金制度や私的年金に加入していない、 D家財の火災保険に入っていない世帯が全世帯の4分の1に上っている、E生命保険に入っていない世帯が全世帯の45%に上る――などの事実が明らかになっている。
米国でも、1998年時点で銀行口座をもたない世帯の割合は9.5%(家計金融動向調査)に上っていたが、最近では低・中所得世帯の25%〈1100万世帯〉に達している。決済性預金を持たない世帯の比率は全世帯では10%なのに年収2万5000ドル以下で急増し、同10000ドル未満の世帯では38%にも達しているという(FRB=2000年1月)。
普通預金や貯金口座は、単なる決済手段ではなく現代の経済社会が提供するさまざまの機会を享受するためのパスポートである。このため、欧米社会で深刻化するこうした金融排除(Financial Exclusion)は、貯蓄・決済口座をもてない不便さの問題を超えて社会的疎外(Social Exclusion)を招く引き金と受け止められている。冷厳な顧客選別がもたらす金融排除は、民間金融機関側からすれば私企業として当然の経済合理性に基づく経営行動でありえても、それが結果的に特定の階層・地域の社会的疎外を引き起こすとなれば社会的にそのような経営行動を無条件で是認するわけには行かないのである。
まして、金融排除は国際競争に生き残る銀行戦略として増収増益であるか減収減益であるかを問わず一貫して強行される結果であるところに、問題の深刻さがある。その意味で、郵貯ネットや郵便局との競争上露骨な利益優先主義をある程度控えざるを得なかったわが国民間金融機関も、日本郵政公社という抑止力がなくなった後は冷厳な顧客選別に乗り出してくる可能性は大きいし、民営化後の郵便貯金会社や郵便保険会社とてユニバーサル・サービス路線を実質的に放棄して同じ経営行動にでてくる懸念も否定できない。
「郵便貯金会社や郵便保険会社、郵便局会社がもうかれば、そんなことまではするまい」という楽観論は、市場経済の論理と現実に照らせばなんともせつない、淡い期待に過ぎないのである。
郵政三事業は国民すべてに保障されるべき「経済的市民権」
このため、欧米諸国は小口・個人向けの金融サービス機会を「金融的市民権」「経済的市民権」として保障する法制度措置を次々導入している。フランスでは郵便・郵便貯金・郵便局サービス事業を政府保有率100%の公社であるラ・ポストを通じて国民に提供するだけでなく、国民が民間金融機関に小切手の現金化や決済など基礎的金融サービスを受けるための口座を開設することを「銀行口座権」として法律で保障している。具体的には、2つの民間金融機関から口座開設を断られると、中央銀行であるフランス銀行に駆け込めば直ちに職権をもってどちらかの民間金融機関に口座開設を命じてくれる仕組みになっている。また、米国の一部の州法では、基礎的金融サービスを受けるための銀行口座をライフラインのひとつと定義し、口座開設を拒めないことを定めている。
郵政民営化で先行した英国でも、2001年5月に政府と郵便局会社が金融機関11社(現在は17社)と基礎的金融サービスをユニバーサル・サービスとして全国提供する了解証書に署名し、 @郵便局カード口座(Post Office Card account)=カード口座に振り込まれた給付金の引き出しや残高照会ができる、A基礎的銀行口座(Basic Bank account)=給付金の引き出しのほか提携銀行によっては残高照会や現金預け入れも可能。当座貸越機能は無い――のいずれかの口座を全ての国民が利用することが可能になった。その経費として民間金融界は年間1億8000万ポンド(約360億円)を負担することも約束している。
さらに、郵便事業を民営化したスウェーデンも、2002年1月からキャッシャー・サービス法にもとづいて郵便局以外に現金の受け払い手段を持たない住民のためにスウェーデン・ポストにキャッシュ・サービスの全国提供を義務づけた。このキャッシュ・サービスとは、@公共料金の支払い、A小切手及び郵便振替などの現金化、 B通貨の両替、C銀行口座への預入・引出し、D企業の受け取り金預金―――を対象とする多様なサービスで、費用の一部として政府は2002年度も4億スウェーデン・クローネ(約55億円)の補助金を交付している。ドイツでも、民間会社になったドイツ・ポストを通じて実質的にユニバーサルバンク・サービスを提供する措置を導入した。1995年に国営事業から特殊会社に移行後、直営郵便局数が1990年当時の2万9285局から98年には7946局に激減した結果、業務委託郵便局が6536局にも増えて著しくサービスが低下した。そこで、政府は郵便局数の削減に歯止めをかけようと 2005年末までは郵便局数を合わせて12000局維持することを義務づけたユニバーサル・サービス令を98年に施行し、郵便局の多くで預金の引出しやポストバンク間の送金など基礎的金融サービスの提供を可能にした。
アメリカ:FRB(連邦準備理事会)2000年1月より
イギリス:FSA(金融サービス庁)2000年より
※イラストをクリックすると大きな画像で見れます。
日本郵政公社だから期待できるソーシャル・ファイナンス
なにがなんでも「初めに民営化ありき」では、郵便局が地域社会や国民生活の「安心・安全・交流」の拠点として郵便・郵貯・簡保事業のサービス機能を維持、発展させうる余地はないであろう。個々の国民はただ、統廃合や駅前に移転してしまった郵便局跡を眼前に、利便性の低下どころか生活そのものが脅かされている現実を受け入れるしかないであろう。今からでも遅くはない。三四〇兆円もの郵貯・簡保資金がこれからも日本郵政公社の手元にあれば、ビジネス手法を駆使しつつ地域社会や環境、国民生活に直結する事業やプロジェクト、零細な自営業者、庶民に安定的に長期資金を供給する社会性の高い新しい金融分野であるソーシャル・ファイナンスをどんどん開拓して行けるからである。地域社会や生活圏の環境整備や施設面における高齢者・弱者対応、あるいはボランティア団体などNPO向けの小額無担保融資、内職資金などのマイクロ金融、担保不足に直面している中小零細企業の売掛債権などを流動化させるための証券化市場の育成、流動性の供給など郵貯・簡保資金に期待される市民レベルの資金需要はいくらでもある。日本郵政公社と郵便局が直接リスクを負担せずとも、民間金融機関の審査機能や目利き能力を活用すれば、再金融や証券化市場への協調的な資金投入が可能になる。
マイホームを持っていても現金収入は年金と退職金だけでは、老後の生活費、医療費を賄えるか不安だという平均的家庭にとって、もしマイホームに住み続ける居住権を死ぬまで保障されながら土地・住宅の一部を有価証券化して現金に替えることができれば、老後の不安はかなり解消されるだろう。リーバース・モーゲージは、“不動産の切り売り”ながら資産台帳の上で資産価値を小分けし換金するだけなので、マイホームとしてちゃんと住み続けられ余裕のある暮らしができる。この市場の育成には、その資産管理機構や投資資金、保険などのサポートが不可欠だけに、国民的信頼を獲得している日本郵政公社と郵便局ネットワークにこそ最も期待されるソーシャル・ファイナンスの有力分野の1つである。
「公共性」という言葉を庶民生活の目線に合わせた「社会性」こそ、郵政改革のキーワードであってほしい。オランダのトリオドス銀行(創業1980)、バングラデシュのグラミン銀行(同1983)、イタリアの倫理銀行(同1999年)など、ソーシャル・ファイナンスは社会的貢献を創業の理念とする商業銀行、協同組織金融機関、ベンチャーキャピタル・ファンド、財団など様々の経営形態をとりつつすでに一九か国に広がりをみせている。郵便局はわが町の、わが家の暮らしを支える“安心のオフィス”なのであって、コンビニではないのだ。英国やオーストラリアなどで失敗したPOST SHOP路線の二の舞を演じることなく、POST OFFICE路線を伸ばそうではないか。
【略歴】
田尻嗣夫(Tajiri Tsugio)
東京国際大学経済学部・大学院教授、経済学部長。1965年大阪市立大学卒業、日本経済新聞社に入り、ロンドン特派員(1977−82)、米州編集総局編集部長(在ニューヨーク、1987−90)、大阪本社編集局次長兼経済部長を経て、 1994年4月から東京国際大学経済学部教授、97年4月同大学院経済研究科教授兼務。2005年4月から経済学部長。著書に「ザ・シチー」「世界の金融市場」「世界の中央銀行」「中央銀行危機の時代」(日経新聞社刊)等多数。郵政行政審議会会長代理・郵便信書便サービス部会長・日本郵政公社経営評価分科会委員、デジタルラジオ東京番組審議会委員長等を務めている。
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