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(回答先: 守るべきは皇統。現皇室ではない。 宮家から養子をとり男系男子の皇統護持の祖法を死守せよ。女性天皇は皇室廃止のユダヤの謀略 投稿者 救国の草莽の志士 日時 2005 年 7 月 27 日 15:13:38)
私は、明治天皇のこのご発言に、内容それ自体はその通りの事でありましょうが、もう一つ含めるものが在ったのではないかと考えてきているのです。
実態を掴むまでには至ってはおりませんが。
南北朝の末期に、南北朝は合一されて、その後、孝明天皇まで北朝系が天皇の位を継承してきたのですが、しかし、南朝系の皇族の御子孫達や忠臣の子孫達のなかでは、「納得できない怨念の様なもの」が残ったのでしょうね。
終戦直後に「熊沢天皇」が名乗りを挙げた事にもその事は表れていると思います。
そう考えると、幕末の混乱期に、南朝の子孫の関係者達は「本来は我等が正統なのだ」との想いが在ったかもしれないし、関が原以来の徳川幕府への怨念と権力欲に固まった長州、薩摩の勤皇の志士達は「正統な者が地位に着くのは当然であり、われ等の倒幕の意志は正当性を持ちえるのだ。正統な血筋の天皇を立てて、正統でないものを立てている徳川は倒しても何らかまう事は無い。」といった事を考えたかもしれませんね。
そして、彼らは「その行いの言い分・正しさ?」の説明を世間一般にしようとはしなかったのではないでしょうか。
その理由は、
天皇を元々の正しい姿に復帰しただけである、との考えと、
大政奉還を葬り去り、権力を奪取した事への後ろめたさ(世間の批判を浴びる可能性があって、それを避けたかった)、
によるものではなかったでしょうか。
一方、徳川慶喜が恭順を貫いたのは、自らも皇族の血を受け継いでおり(母君が京都貴族)、薩長のクーデターに抵抗して北朝系の御子孫を天皇に担ぎ出して自分が抵抗を続ければ、天皇の血筋が内紛を続ける事になる。それでは南北朝の再来になり、自分達は足利家の様な扱いを後世に受けるかもしれない。
その様に考えてのことかもしれないと思っています。何処まで真実に迫っているかは判りませんが。
南朝系の怨念が幕末に残っていて、その事が天皇家の継承に影響があったとしてもそれは致し方ないことであり、「怨念」はその解消が追求されることは自然な事であると思います。「形式的な継承論」は余り意味が無いと思うのですが如何でしょう。天皇の地位は特殊な職能であり、その継承は、どのお子様が最も相応しいかをご存知の天皇御自らがお決めになるのが本来の姿である筈で、回りの者たちは自分達の「首相」の事ではないのだから口をさしはさむ事は間違いだと考えています。本来は皇室典範は無用でしょう。
南北朝対立の解消は、幕末のクーデター的政変により公に解消されたとは言いがたく、
また、この政変は、
世俗における徳川正統政権を抹殺したことにより、国家の政治意志過程を破壊して権力の虚弱な政権を造り出してしまって、国民から政治能力を奪ってしまいました。
したがって、この二重の意味で、「明治維新の見直し・清算」を我が国は課題として抱えている事が本当の姿であると考えております。
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