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信じていた人に裏切られたと思い込んでしまったとき、愛情を求める強さの分だけ、その恨みは深く静かに動き始める。ストーカー心理は、愛情回復をオモテにかかげた終わりなき報復。「ストーキング」を「愛」ではなく、「名誉の回復を願っての行為だと見れば、男対男の間でも、昔からごく普通に起こっていたことだ。異性間・同性間によらず、誰にでも・どこでも起こりうる報復劇。あなた自身もいつかストーキングに走るかもしれないのだ。
交際を断られたのに相手につきまとい、無言のいたずら電話をかけたり、中傷ビラをまいたりする。去年の10月、埼玉県のJR桶川駅前で女子大生が元交際相手の関係者に刺し殺された事件のように、殺人に及ぶことすらある。こうしたストーカー行為は、ねじれた愛、などと表現されたりする。5月に成立したストーカー規制法でも「恋愛感情その他の好意的感情、またはそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」で「つきまとい」などの行為をすること、とストーキングは定義されている。だが、ストーカー行為を「愛」の間題として捉えていると、その本質は見えてこない、と斎藤氏は言うのだ。
回復を望むのは、愛情関係じゃなく白分の名誉のほう
--大ざっぱに言って、ストーカー行為は、夫婦、恋人など親密な関係にあった男女問で起こるものと、そういう関わりがない関係で起こるものに分けられると思いますが、それぞれどういう心理なのでしょうか。
斎藤●親密な関係でのストーキングは、精神的に健康な人でもよく起こす。しかし、健康とは言いながら、相当白己愛的な、ナルシシスム(自己愛)の強い人でしょうね。そういう人はどこかで自分を完璧な存在だと思っていて、その完壁性を少しでも損なわれると、自分が傷つけられたという観念が生まれるんです。
--別れたい、と相手に言われることは、その最大のものであるわけですね。
斎藤●私に対してよくもそんなことが言えるな、この傷は一生かけて償ってもらうからな……という感情が生まれるわけですよ。土台にあるのはナルシシズムの問題です。ナルシシズムのなかに攻撃的な要素を大量に抱えている人がいるんですが、この手の人に「無礼」を働くとえらい目にあいますよ。こういう人はだいたいが寂しがり屋だから、誰かに甘えるようにすり寄っていく。それをいったん受け入れて、次に説教でもして自尊心を傷つけようものなら、途端に無言電話やブラックメールがきたりする。ストーカーの場合はこういうパーソナリティー上の特徴がある場合が多いんじゃないですか。
--そんなことをすれば、相手に嫌われ、恐怖心を抱かれるだけというのはわかりそうなものですが。
斎藤●ストーカー本人にとっては、これは愛の問題というよリ名誉、プライドの問題、愛という言葉を便うならば自已愛の問題です。別れたいと言われて損傷された白已愛の補償を求めるわけです。言葉では「もう一度つきあってくれ」と言いつつも、求めているのは愛ではなく名誉の回復である、と。
--その回復を求める行為がストーキングとして現れる…。
斎藤●そうですね。名誉の問題だから、謝罪を求め、報復する。相手が「この人はこんなことをするくらい私を愛している。ならばもう一度つきあおうか」と考え直してもムダです。今度は自分が傷つけられたのと同じくらい相手を傷つけようとしますから。それに名誉の回復も不可能です。ストーカーは、かりに謝罪されても、そんなんじゃダメだと必ず言いますから。しかし、ストーカーはそうやって相手につきまとい、嫌がらせをすることで、あるメッセージを発している。このままじゃオレはいつか相手を殺してしまうかもしれない、誰かオレを止めてくれ……というメッセージです。もちろん無意識にですけれどね。周りがそれを真に受けないから本当に事件になっちゃう。 「好きなんでしょ? 追われて幸せよね?」一方的な思い込み。
--桶川の事件でも、交際を断つた被害者の女性がつきまとわれ、いたずら電話をかけられ、中傷ビラを自宅の周辺に貼られたので、警察に相談して容疑者不詳で告訴した。しかし、当時はストーカー規制法がなかったので、警察は十分な動きができなかった。そして、殺人にまで至ったわけですね。
斎藤●そうですね。じつは僕ら精神科医はストーキングに慣れているんですよ、患者さんからの。たいがいそれは愛情の取り違えでね。父親を憎んでいるけれど、父親に愛されたかった人が、肥大化し、理想化した父親像に勝手に私を当てはめちゃう。で、先生は私に流し目を送った、私が好きなんでしょなんて言って。送ってないんだけど(笑)。そのうち私が冷たくしたと思い込み、ストーカーになるんです。もっとよくあるのはドメスティック・バイオレンス(親密な関係にある男性から女性への暴力)におけるバタラー(殴る男性)からのものですよ。私はバタード・ウーマン(殴られる女性)を何人も逃がしてきたから、私を殺したいバタラーはたくさんいる。実際に襲われたこともありますし。
--バタラーもバタード・ウーマンが逃げると、ストー力ーになりますね。
斎藤●そうです。ただ問題は複雑でね。相手に頼ることで相手をコントロールしようとする人と、相手に頼られていないと不安になる人との間に成立する依存、被依存の関係を共依存と言い、バタラーとバタード・ウーマン、アル中の夫とその世話をする妻の関係などによく見られます。で、バタード・ウーマンのなかには夫から逃げて、夫が死んで恐怖から解放されて喜んだのに、その後うつ病になっちゃう人もいる。共依存関係にあった2人は、それほど深いところで結ばれ合っているんです。共依存関係になかったストーカーでも、相手は事情があって白分から逃げているけれど、本当は2人は深いところで結ばれていると思い込んでいる。自分の名誉の回復にすぎないのに、本人にとっては正義の回復になっていて、求められること、追われることを相手も望んでいるに違いないと勝手に思い込んでいる。だからこの関係は怖いんです。
被愛妄想がストーカーへ……、引き金は日常に
--親密な関わりがない関係で起こるストーキングはどうですか。
斎藤● さっきの「先生は私に流し目を送った」じゃないけれど、被愛妄想(エロトマニア)、つまり白分は相手に愛されているという妄想を抱く人は容易にストーカーになりやすいですね。この被愛妄想がなぜ発生するかについてはいろいろ議論があるんですが、やはり基本的には乳児期、幼児期の母子関係に何らかの問題があって、大人になってからも絶対的に母親から愛され、受け入れられる赤ちゃんに戻りたいという欲求があるんですね。で、ちょっと関わった相手にそういう母親像を見て、優しくされたと思うと……。
--相手は白分のことを好きに違いない、と思い込むわけですね。
斎藤● そうすると、相手に電話をかけまくり、手紙を出しまくり、驚かれ、怖がられて接触を拒否されると今度はつけ回す。そういう一連のプロセスがエロトマニアにとっては生き甲斐になるんです。しかし、健康な人のなかにもエロトマニア的な心理はあるんじゃないですか。あの女、本当はオレに気があるんだよと思い込んで、白分をアクティベート(活性化)している男もいるしね。あの上司、オレのことをボロクソに言っているけれど、オレを便い続けているところを見ると、本当はオレのことを評価しているんだなと思っている部下だっているでしょ。ところが、左遷されたりして、本当に自分がズタズタにされたと思ったときの怒りはすごいですよ。あの野郎、一生許さない、絶対に復讐してやると、ストーカー的な心理になる。ストーキングを愛ではなく名誉の回復を願っての行為だと見れば、そういうことは昔から男対男の間でしょっちゅう起こっていた。去年、校長から差別的な待遇を受けたと恨んで、学校に爆弾を仕掛けた都立高校の教師がいたでしょ。実際に仕掛けちゃったから、建造物侵入とか爆発物取締罰則違反という話になったけど、心理としてはストーキングでしょう。
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