★阿修羅♪ > 自然災害13 > 193.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
特報
2005.09.14
『カトリーナ』が米国に残したもの
ルイジアナ州立大・賀茂美則准教授に聞く
死者数千人と推測される超大型ハリケーン「カトリーナ」の襲来から約二週間。「世界の帝国」で起きた避難民の衰弱死、略奪、強盗といった映像は日本でも衝撃とともに受け止められた。今回の災害が米国社会に何を刻み、将来にどんな影響を残すのか。最大被災地のニューオーリンズ市に近いバトンルージュ市在住で、ルイジアナ州立大の賀茂美則准教授(社会学)に聞いた。 (田原拓治)
賀茂氏の住むバトンルージュ市は人口二十三万人。ルイジアナの州都で、ニューオーリンズ市から北西約百二十キロ。被害は「自宅は四日間停電し、子どもたちはオフィスで寝させた」が大打撃は免れた。でも、携帯電話はほぼ通じない。
「ニューオーリンズから十万人以上が避難して来た。彼らの唯一の通信手段は携帯電話。不通はそのためだ。渋滞はひどくなり、不動産物件は完売。避難民による犯罪は起きていないが、うわさが流れ、学校は一日休校した。うわさの根にあるのは住民たちの不安だ。避難が長期化する人たちもおり、彼らへの風当たりが強まる恐れがある」
災害発生から数日間、ニューオーリンズでの治安悪化は衝撃的に伝えられた。賀茂氏は「スーパーマーケットが襲われたのは食料も水もなかったため。生き延びるにはやむを得なかった部分も」と同情する。
ただ、「一部の犯罪者集団は『ビジネスチャンス到来』とばかりに意図的に避難せず、混乱に乗じようとしたようだ。私たちは『さもありなん』と受けとめていた」と話す。ちなみにニューオーリンズ市の人口十万人あたりの犯罪発生率は六百九十二件。ニューヨークの七百十七件並みだ。
民主党は「初動対応の遅れには(アフリカ系米国人への)人種差別があった」(同党全国委員長)と政府を追及する構えだが、人種差別が今回の惨事の根本にあったのだろうか。
■人種差別より貧富の格差
「人種差別ではなく、貧富の問題だ。貧困層にはアフリカ系が多く、彼らは車を持っていなかったため、移動できなかった。アフリカ系でも裕福な人はホテル住まいをしている。ヒスパニック(ラテンアメリカ系)の多いサンディエゴが同じ事態に遭遇すれば、同様な解釈が出てくるだろう」
とはいえ、政府のちぐはぐな対応が「最初の数日間は天災でも、後は人災」(賀茂氏)という事態を招いたことは確かだという。
「例えば、避難民を移すのに、別の州の応援バスが動きだすのが遅れた。というのも、ルイジアナ州知事には命じる権限がない。それは連邦政府の役目だ。連邦政府の『州政府の後押ししかできない』という言い分は詭弁(きべん)にすぎない」
「街がほぼ空になってから軍や州兵が大挙乗り込んできた。が、何をやればよいか、分かっていない。必要なのは遺体回収なのに乾いた場所に残った住民の追い出しにかかった。ルイジアナに身寄りのない住民は州内の避難所が満杯で、移動先が遠いのを知っているから当然、抵抗する」
米国のインターネット上では「五百隻のボートを準備し、救助に向かおうとしたのに、空港で連邦緊急事態管理局(FEMA)に『水位は下降中』と止められた。現実には水位は上がっていた」といった民間団体の政府非難が殺到した。
このFEMAは二〇〇一年九月の米中枢同時テロ以前、大統領直轄の独立機関で高い評価を得ていた。しかし、「9・11」後、テロ対策を主眼に設立された国土安全省の下部機関に格下げされ、予算、人員ともに削減。多くの災害対策専門家たちが離れていった。
賀茂氏は「(ブッシュ政権与党の)共和党は伝統的に産軍複合体を背景に、国内より国外で得点するという手法。テロで世論をあおり(国防総省の有力受注企業で、チェイニー副大統領が元最高経営責任者の)ハリバートンを稼がせるような政策を続けてきた」と前置きし、こう指摘する。
「今回の災害によりブッシュ政権が内政を犠牲にして、成り立っていたという認識が広まりつつある」
実際、ブッシュ大統領の支持率は急落し、国民の間からは「(民主党の)ケリーが大統領だったら、もっと早く動いていた」という声も上がっている。だが、賀茂氏は「ある意味でブッシュは幸運かもしれない。来年は(議会選挙の)中間選挙。次の大統領選までにはまだ、時間があり(共和党への)打撃は緩和されるかもしれない」とみる。
ブッシュ政権下で、米国では貧富の格差が広まったといわれるが、貧困層を直撃した今回の災害が政策の転換点になりうるのか。
賀茂氏は否定的だ。「貧富の格差の拡大は七〇年代から。たしかにブッシュ政権下の累進課税緩和などで格差は拡大しているが、ITを扱えるか否かなど、その原因は多様だ。少なくとも経済原理を問うような議論は出てきていない」
逆にニューオーリンズ周辺では今後、貧富の格差がより拡大する可能性があるという。「同市西隣で比較的豊かな住民の多いケナーなどは電気が通れば、すぐに戻れる。貧困層が多い市の中心部は戻れるのに半年から一年。この時間差が経済格差を広げかねない」
■失業者対策が緊急の課題に
議会予算局は八日、「四十万人の失業と成長率1%減」と経済被害を試算したが、「とにかく食べなきゃいけない。避難先での失業対策は待ったなしだ」と賀茂氏は懸念を深める。
一方、政府が対応にもたつく間、草の根のボランティアや教会が救援活動で大きな役割を果たした。この成果が米国社会の「弱肉強食」性を和らげるのか。
「日本の阪神大震災の際はそうした一面があったかもしれない。しかし、米国ではボランティア活動が定着しており、今回の活躍が目新しいわけではない」
今回、教会は水や食料の供給源となったが、昨今、顕著になっている宗教原理主義を強める結果にはならないだろうと予想する。
ただ、政権最大の懸案の一つ、イラク問題への影響はありそうだ。八月、テキサス州のブッシュ大統領私邸近くで続いた戦死兵の母シンディー・シーハンさんの抗議の座り込みは、米国内で注目を集めた。イラク反戦の追い風が吹くのか。
「本来、国内治安が役割の州兵がイラクに派遣されている。ルイジアナでも三分の一がイラクにいる間に災害が起きた。決壊堤防の補修費は予算で削られていたが、額はイラク駐留のたった二週間分。こんな事実が広まるにつれ、反戦機運は高まるのではないか」
■『カトリーナ』の被害と対応
8月25・26日 カトリーナがフロリダ半島上陸
28日 ルイジアナ州に再上陸迫る。ニューオーリンズ市長が全市民に避難命令。NY原油が初の1バレル70ドルを突破
29日 同州に再上陸。周辺の避難民は100万人超える。同市で水、ガス、電気止まる。夕方、ハリケーンの勢力弱まる。市民に安堵(あんど)の表情も
30日 同市を囲む堤防2カ所が決壊し、市内の8割が冠水。ルイジアナ州を含む4州で170万世帯が停電。同市内で略奪や強盗が続発
31日 大統領、夏休みを切り上げ、ワシントンへ。水位上昇でニューオーリンズ市の避難民が周辺へ再避難。市長は「死者は数千人になりそう」
9月1日 混乱広がる。同市内の避難所に水や食料が届かず、衰弱死も。同州知事が州兵部隊に暴徒鎮圧のために射殺を許可
2日 大統領、被災地視察に出発するもニューオーリンズ市は上空から。災害対応の不十分さを認める。民間調査で、大統領の支持率が40%に急落
3日 同市の2大避難所からの再避難がほぼ終了。同市への軍、州兵の動員は5万人に増えたがほとんどが待機状態
4日 隣のテキサス州知事が「引き受けは限界。他州の助けが必要」と言明
5日 大統領が再び、視察。ニューオーリンズ市長が「(死者)1万人もあり得ない数字ではない」
6日 同市長が残る住民に対し、強制退去命令
8日 初動遅れの調査のため、議会が委員会設置へ
かも・よしのり 社会学者。総合商社勤務後、1983年に渡米し、米ワシントン大で博士号取得。ルイジアナ州立大学社会学部助教授を経て現在、同准教授。92年に同州で起きた服部剛丈君射殺事件で、同君の両親の通訳兼アドバイザーを務める。著書に「家族革命前夜(イブ)」など。47歳。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050914/mng_____tokuho__000.shtml