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JANJANからhttp://www.janjan.jp/editor/0512/0512150412/1.phpより引用
ブログの可能性(編集委員時評) 2005/12/19
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総務省が今年5月に発表した「ブログ・SNSの現状分析及び将来予測」によると、3月末時点でのブログ利用者は335万人で、これが2年後には782万人に達すると予想している。そして実際に半年後の今年9月末時点で、総務省の発表によるブログ利用者は473万人と、予想を上回る勢いで伸びており、個人サイトでのブログ利用が急速に進んでいることがわかる。
このブログ普及の理由の1つに、デイリー更新が手軽で、RSSによる情報共有が可能で、かつトラックバックによって他の同様のエントリーにリンク出来るため、個人で発信する優良な、あるいは話題性のある情報を、不特定多数の人に伝えるのが比較的容易な点がある。
今から10年近く前を振り返ってみると、個々の市民が自分でサイトを立ち上げて情報発信しても、それが不特定多数の人の目にとまることはほとんどなかった。唯一の例外は、河上イチローに代表されるような個人による告発系サイトだった。
河上は、1996年に「STOP!STOP!破壊活動防止法」と「MassComMix」という個人サイトでネットの世界に登場したが、1998年に「紀宮清子内親王殿下の御座所」と「Nシステム全国マップ」というサイトを立ち上げて、一躍有名になった。「紀宮清子内親王殿下の御座所」は、日本初の皇室関連サイトで、それを宮内庁ではなく、正体不明の個人が勝手に立ち上げたため、スポーツ紙や週刊誌が注目して取り上げた。
また「Nシステム全国マップ」は、自動車ナンバー自動読み取り装置(Nシステム)の詳細な設置場所を表示した全国マップで、こちらは共同通信や朝日新聞が記事で伝えたため、多くの人がサイトの存在を知るようになった。
また同時期、今日の「2ちゃんねる」の元祖とも言うべき匿名掲示板の「あやしいわーるど」が誕生し、1997年にこの掲示板で、神戸市須磨区での小学生連続殺害事件で逮捕された少年Aの実名が書き込まれる事件が起きた。そしてこれもマスコミが取り上げて大きな話題となり、さらにその後の匿名掲示板での告発を誘発するきっかけをつくった。
このように一部の告発系サイト、あるいは匿名掲示板への告発が、既存のマスコミにフィーチャーされることで、多くの人に知られるようになる形でしか、個人のネットでの情報発信が影響力を持たなかったのが、つい数年前までのネットをめぐる状況だった。
この状況に変化が見られるようになったのは1999年以降で、この年に誕生した個人ニュースサイトの「ムーノーローカル」、さらに2001年に誕生した日記サイトの「侍魂」のように、ネットの口コミだけで大ヒットした個人サイトもみられるようになった。
一方、1997年に誕生した匿名掲示板の「あめぞう」が、マルチスレッド・フローティング方式の導入や、「あやしいわーるど」閉鎖による住人の移動も手伝って急速にアクセス数を増やし、1999年にはYahoo!の掲示板を上回る規模になった。
この「あめぞう」が1999年末に運営を停止した後、多くの後継掲示板が登場したものの、その中で突出したアクセスを集めたのが、同時期に起きた「東芝クレーマー事件」で、多数の書き込みのあった「2ちゃんねる」である。「東芝クレーマー事件」は、ネット上での告発が、多大な影響力を持つ可能性があることを多くの人に伝え、その後、個人の告発サイトが「2ちゃんねる」上で紹介されるだけでなく、その掲示板に直接、告発が書き込まれるようにもなった。
ポータル化した「2ちゃんねる」での告発は、もしその内容が正当なら、市民を担い手とする当事者ジャーナリズムの有効な手段ともなるわけで、一時期、「2ちゃんねる」が担うジャーナリズムの場としての役割が、真剣に議論されたこともあった。ただしその後、「2ちゃんねる」の匿名性を利用した悪意ある人間による、何の根拠もない誹謗中傷が数多く書き込まれたことで、最近ではこうした「2ちゃんねる」に対する評価は、あまり聞かれなくなった。
そして最近では「2ちゃんねる」も一時の勢いを失い、ネットのコミュニケーションの中心はブログへと移った。ネットレイティングスが行った2004年11月の「月間インターネット利用動向調査」によると、家庭のPCから「2ちゃんねる」を利用した人の数は701万4000人で、一方、同時期に「ライブドアブログ」を利用した人の数は738万5000人である。「ライブドアブログ」は、サービス開始が2003年11月で、誕生1年で「2ちゃんねる」を上回る利用者を集めるまでになった。
この背景には、ネット人格同士の交流が(固定ハンドルネームを使って書き込みを行う一部の「コテハン」を除くと)存在せず、人間関係をベースにしたコミュニケーションが成立しない「2ちゃんねる」に飽きた人達が、同じ匿名ではあるもののネット人格同士のコミュニケーションが活発なブログに流れたことが指摘されよう。
そして2003年3月に「はてなダイアリー」がサービスを開始して以来、様々な事業者によるブログホスティングサービスが登場し、個人サイトによる情報発信ツールの中心となった。私は、韓国で2000年2月にスタートした「「OhmyNews」が、今日、4万人の市民記者を抱え、1日2000万ページビューを誇る巨大なニュースサイトとなったのに対し、日本で3年遅れてスタートした「JanJan」が、未だその規模に遙かに及ばない理由の1つに、2000年当時の韓国では、市民が発信した情報を不特定多数の人達に伝える有効な手段として、インターネット新聞しかなかったのに、2003年以降の日本ではブログとの競合があったのではないかと考えている。
決して日本の市民に、情報発信ニーズ自体がないわけではないことは、今日のブログの隆盛が証明している。
ただ日本の場合、トップブロガーとして実名でブログを書いている人を見ると、その多くは実社会での著名人やメディア業界関係者で、特定の領域でプロのジャーナリストを上回る専門性を持った市民が、ブログを通して様々な情報を発信し、それが世論に大きな影響を与えるまでになったアメリカの状況とは異なっている。この背景には、日本の社会において、ブログによる情報発信が勤務先からの懲戒処分等につながる可能性が少なからずあることも、関係しているかもしれない。
ただ日本でもNPO/NGO関係者を中心に、ブログを通して様々な社会問題についての情報発信に取り組む傾向は強まっており、今後、「JanJan」にとってもこうした一般の市民による優良な情報を発信するブログと、どのような関係をつくっていくのかは大きな課題である。
(松本恭幸)