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IT時代の国際関係
(財)DRC 研究専門委員
藤 本 晶 士
http://www.drc-jpn.org/AR-8/fujimoto-04j.htm
1980年代初頭に、アルビン・トフラーは、「第3の波」と「戦争と平和」において、今後の戦争と政治・外交・経済産業は第3の波である情報により支配されると述べた。
その後、情報技術(IT)時代を迎えて、政治・外交・経済産業において情報が大きな影響力を発揮している。ITによる軍事革命(RMA)は、湾岸戦争、アフガニスタン戦争及びイラク戦争において、分かりやすい映像により具体的に証明された。
情報の収集、伝達、表示、報道等の日常活動において、ITが果たしている役割は視聴覚を通じて感覚的に認識できる。しかし国家や個人が行うところの情報の真偽の判断などを含む情報処理、採用した情報に基づく判断、判断に基づく行動制御、等の内面的な知的活動を支える役割においても、ITは極めて重要な役割を果たしている。これらの知的活動の過程を通じて、IT時代が国家意思と大衆世論の形成に与えている影響はきわめて大きい。
本稿においては、IT時代の特質を一瞥したのち、IT時代が国際関係に及ぼす影響の一端を、@IT時代のハイテク戦争が国際関係に及ぼす影響、AIT時代の情報伝播が国際関係に及ぼす影響、に区分して簡単に整理する。
1.IT時代の特質
情報収集の手段として、各種センサーが高性能化した。高性能センサーを搭載した衛星、航空機により精密な情報を迅速に収集できる。インターネットから必要な情報を収集できる。各種分野の専門的な情報データを網羅して提供する有償の大規模データベース事業が充実している。
情報を伝達、受信する通信手段として、遠距離と地形障害を克服し地球規模でリアルタイムの通信ができる。音声、音楽、動画を含むカラー映像、大量データを、インターネット、携帯電話、TVにより、大衆がリアルタイムで授受できる。大衆による情報伝播が世論を形成する時代になった。
情報の処理、蓄積の手段としては、TV並みの価格のパソコンにより、大衆が大量情報を処理、蓄積できる。映像処理、表数値計算処理、自動翻訳、自動文書読解、などが容易に可能であり、理解容易で説得力のある形で情報を作成し整理して提供できる。
情報処理の分野で重要であるのは、人間の判断つまり意思決定を自動的に支援する情報処理技術の発達である。人工知能(AI)、モデリングとシミュレーション、精密自動制御などの高度技術が実用可能で、これらとセンサー技術を統合した精密ロボットが出現してきた。
このようなIT時代の特質を土壌にして、ウイルス、ハッキング等の有毒菌と行為が繁殖してきた。情報宣伝戦、心理戦が意図的に行われる日常的情報戦争の時代になった。
最後に、IT時代の最大の特質は、総合的な帰結として戦争がITハイテク戦争に変化したことである。
IT時代のこのような、@情報伝播、Aハイテク戦争、は国際関係に大きな影響を及ぼす。
2.IT時代のハイテク戦争が国際関係に及ぼす影響
イラク戦争はITによる戦争の変化をみせつけた。IT応用のハイテク戦争は、戦争の目的と対象を限定する新しい制限戦争である。
米軍は、イラク政府要人の集合した部屋を特定し、短時間にうちに大統領の決断を得て、大威力精密誘導兵器により、遠距離から迅速・正確に攻撃した。攻撃目標を限定したミサイルや航空機による奇襲攻撃は、弱者が強大国を攻撃する非対称戦手段とされている。米軍が発動したIT応用のハイテク作戦は非対称戦手段の採用であった。逆に弱者であるイラクが従来どおりの国家総力戦、損耗戦を戦おうとしたのは皮肉であった。
(1)IT応用ハイテク戦争の特徴
○ITハイテク攻撃は、国家権力だけを選別して高精度弾頭で攻撃し、紛争相手国の体制を転覆させる。誤りがない限り、国民大衆に悲惨な大被害を及ぼさない。
イラク戦争におけるハイテク攻撃は、日本国民が経験したような悲惨な無差別の都市絨毯爆撃と異なり、一般市民は比較的安全であった。TVに映し出されたバクダット市街は、高精度な攻撃による爆発と巨大な煙柱を背景にしながら、灯火管制はなく道路には一連の街灯が輝き、市民は語り合いながら平然と歩行し、車はゆったりと行き交っていた。国民大衆にとっては平時のような感覚を維持できる新しい平和的「半戦争状態」である。
○ITハイテク攻撃は、国際紛争の武力解決と平和的解決の中間に位置づけられる新しい紛争解決手段を提供した。戦争か平和かという命題のもとで忌避されてきた従来型の悲惨な国家総力戦ではない。大損耗戦争でもない。
○ITハイテク戦争は、以上のような特徴から、容易に発動され得る戦争である。
(2)IT応用ハイテク戦争が国際関係に及ぼす影響
前述のような特徴を持つ新しい戦争の出現は国際関係に重大な影響を及ぼす。
悲惨な無差別攻撃を伴う国家総力戦は、「戦争は悲惨である。良い戦争も悪い戦争もない。戦争絶対反対」という反戦世論や平和運動によって抑制されてきた。しかしITハイテク戦争は国民大衆にとって従来の戦争のように悲惨ではない。
IT応用ハイテク戦争の出現によって、独善的な国の国家権力が、戦争絶対反対の反戦世論や平和運動を梃子にして、独善的なごりおし外交を継続できなくなってきた。
リビアは自ら核放棄を宣言して、米国をはじめとする米欧州諸国との対立関係をおわらせようとしている。
イランも核拡散防止の国際的な働きかけに歩み寄る姿勢を強めている。
北朝鮮の外交姿勢には明らかに変化が見られる。北朝鮮は、03年5月末、米、中、北朝鮮の3者会談に日、韓の加入を認め、その後ロシアを含めた6カ国協議に出席している。6カ国協議等の場で、北朝鮮は核を放棄する要件として、北朝鮮の「体制の保証」を強調して要求している。これは、北朝鮮の体制を転覆するだけの目的で、ITハイテク戦争が発動される可能性があるという北朝鮮側の判断によるものと思われる。
3.IT時代の情報伝播が国際関係に及ぼす影響
(1)バーチャルリアリティ情報が國際関係を形成
IT時代には情報は国境を越えて国際間に迅速に伝搬する。映像情報がTVを通じて茶の間にリアルタイムで映し出される。個人の主張がインターネットを通じて世界中に届けられる。
しかし、社会に生起する事象の実態は奥深く複雑であるのに対して、一片のTV映像やメール文章に表現される内容はごく一部に限定された、または意図的に作られたバーチャルリアリティ(架空現実)である。事象の真実の色は灰色であるが、バーチャルリアリティは白か黒の単色に単純化される。理解容易であり、迅速に伝搬し、世論に及ぼす影響が大きい。
IT時代においては、バーチャルリアリティ情報が氾濫する。バーチャルリアリティ情報に基づく主張と、これに対するリアクションが世論を形成し、国際関係を左右するようになる。
バーチャルリアリティ情報が国際関係に及ぼす影響は、情報自由国家と情報統制国家の間では一層大きい。例えば、北朝鮮は情報統制国家であり、日本に関する情報は、「米国と組んで北朝鮮を攻撃しようとする悪い国であり、靖国参拝、教科書問題、有事法制整備、日米共同演習、等にみるように、歴史を反省せず北朝鮮攻撃準備を進めている」という趣旨のバーチャルリアリティ情報の一色に統制され、このような情報だけが国民に伝播する。
一方で日本は情報自由、思想自由の国家であり、有力な政党やメディアが、TV番組等でほぼ同様の趣旨で日本政府の政策を批判し、その批判がそのまま北朝鮮に直ちに伝播する。北朝鮮を訪問して、同様のバーチャルリアリティ情報を堂々と発信する者もいる。一時期、日本のTV番組で集中豪雨的に氾濫した「喜び組」等の金正日総書記の日常にかかわる情報には、事実を知る北朝鮮の当事者や一般大衆からみれば、一面的な軽蔑すべきバーチャルリアリティ情報が多く含まれていたであろうと思われる。
IT時代の現在において、このようなバーチャルリアリティ情報の国境を越えた迅速、広範な伝播が日本と北朝鮮の関係を形成する主要要因になっている。
(2)情報セキュリティが国際協調を制約
國際強調を強化するためには、情報の共有すなわち情報インターオペラビリティが必要である。一方で、漏えいすれば国益を損ねるような重要な情報についてはセキュリティが保持されなければならない。
ネットワーク等の情報システムが国際間に複雑に構成されるIT時代においては、情報インターオペラビリティの確保と情報セキュリティの保持はまったく相反する要求である。一方を追求すれば一方が損なわれる。
国益の維持や安全保障の観点からは、情報セキュリティの保持が情報インターオペラビリティの確保より優先される。つまり自国の安全保障のためには、必要な情報セキュリティ保持のために他国との情報インターオペラビリティが遮断される。
価値観を共有する度合い、相互信頼の度合いに応じて、必要とされる情報セキュリティの範囲内に限定して、情報インターオペラビリティが設定され、その限度内で国際協調が図られる。
価値観を完全に共有する国の間でも、情報セキュリティ態勢に格差がある場合には、重要な情報の授受が差し控えられ、ひいては國際強調が損なわれることになる。
(3)情報力の優劣が国家間の優劣を左右
偵察衛星、航空偵察、COMMINT、ELINT等のIT応用の情報収集力、世界規模のネットワーク等の情報伝達力、課題に対応できる情報処理力、等が国家間の優劣を左右する。これらの機能に対する攻撃力、さらに対攻撃対策力が重要になる。
さらに、これらの情報力の優劣に直接関わる最先端ITの移転・拡散の防止施策が大量破壊兵器の拡散防止施策と同様に、国際間で重視されるようになるであろう。
(4)情報公開の国の外交は不利
外交は外国が相手である。自国が置かれている現実の複合的な環境のもとで、手段を尽くして相手と交渉しながら、可能な最大限の国益を追求するものである。相手国と相互の共通利益を作り出し、交渉し、結果を出すものである。したがって、交渉過程においては、公然と現出する結果以外に語れない交渉のやり取りが多い。
外務省は秘密主義だ、国民に真実をすべて公開し、説明すべきだ、という情報公開の国の外交は明らかに不利になる。情報統制国家は交渉が有利なように国内外に対して情報を統制できるから、特に情報統制国家に対する外交はきわめて不利になる。
(5)情報リテラシーの成熟度が国の発展を左右
IT時代には情報が氾濫する。氾濫する情報にはバーチャルリアリティ情報、意図的に成形された情報、等が真実の情報にまぎれている。これらの真実でない情報ほど分かりやすく、興味をそそり、速く広く伝播する。国の指導者にとっても、世論の担い手である国民にとっても、正しい判断を行うためには、真実の情報を見分ける情報リテラシー(批判力)が求められる。
情報が一色に統制されて一方的に供与される情報統制国家では情報リテラシーは成熟しない。結果として国は判断を誤り、発展は遅れ、進路を誤ることになる。
(6)情報統制国家は長期的には停滞・衰微し、体制変革に至る
ロシアは、文化、経済産業の分野で欧州の先進国であったが、共産主義時代の旧ソ連の数十年間を経て体制変革が起こり、鉄のカーテンを開けてみると、経済産業は発展途上国並のレベルに成り下がっていた。強力な偏った中央統制と情報統制のもとで、ソ連の末期には稼動中のコンピュータ応用システムはなかったといわれる。
日本の総合研究所で活躍している中国出身の研究者が、SARS騒動の後、「中国では、生命軽視の伝統文化とGDP至上主義の見直し、とりわけ情報自由化と情報公開への改革が必要である。しかしこれらは中国の伝統的な文化と政治体制に根ざすものであり、その改革は短期的には不可能である。政治体制の変革を長期的に待つしかない」と語っていた。世界の主要メディアにも「中国は資本主義「的」な経済産業政策を技術的に打ち出すだけでは高度産業国家の仲間入りをする基準資格を満たしていない。国家による情報統制を撤廃することが基本的要件である」という本音がみられた。
多様な情報が地球規模で自由に交換されるIT時代においては、権力が自分にとって都合の良いように情報を改ざんし統一する国は、他国から見て滑稽な信頼できない哀れむべき国であり、良好な国際関係のもとで発展を続けることは困難であろう。
http://www.drc-jpn.org/AR-8/fujimoto-04j.htm