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No.142 ― WWDC 2005 基調講演詳報:Apple's Eye、林信行
大事なのは「インテル」ではない。
もう 1 つの移行だ !
http://www.microsoft.com/japan/mac/column/default.asp
アップルの世界開発者会議、Worldwide Developers Conference で重大な発表が行われた。アップル社は、これから 2 年間をかけて Mac の CPU をインテル社製に変えていく。
来年の今頃までには最初のインテル社製 CPU 搭載 Mac を出荷し、2 年後をメドにインテル社製 CPU への移行をほぼ完了させる。
アップルは、実はこれまで 4 年間、すべての Mac OS X に一般に販売されている PowerPC 版のほかに、隠れてインテル製 CPU 版も用意していた。来年のインテル社製 CPU 搭載 Mac の発売にあわせて、このインテル版 Mac OS X が登場すると見られる。
アップル社は今回の開発者会議で、ソフトをインテル社製 CPU に最適化できる Xcode の最新版を発表。また、インテル社製 CPU への最適化が間に合わない PowerPC 用ソフトを問題なく動作させる OS 内蔵のエミュレーション技術、「Rosetta」も発表した。
なお、アップルはこれ以外にも Podcasting という新しい音声コンテンツ配信手段に対応した新 iTunes と、Windows 版 QuickTime 7 のプレビュー版もあわせて発表している。
アップル社が、これまで宿敵としてきたインテル社と手を組んだ。
今やインターネット中の IT ニュースサイトは、この話題で持ちきりだ。
確かにセンセーショナルなニュースだし、大々的にとりあげるニュースバリューはある。
アップルは、最初のインテル CPU 搭載 Mac を来年の今頃までに発売するというが、その 1 年後を思い浮かべ、短期的視野だけで考えると「◯◯が動かないのではないか」、「開発者が苦労するのではないか」といった不安が頭をよぎる。
だが、もっと長期的な視点に立てば、これは大変にポジティブな発表と筆者は楽観視している。筆者がそう思えるのは、今回の発表に「インテル」ではないもう 1 つの主役がいると、確信しているからかもしれない。
■ 基調講演詳報は他社のサイトで
WWDC 2005 の基調講演については、すでに多くの Web ニュースサイトで詳報があがっている。筆者自身も ascii 24 という Web サイトで詳報をあげている。
日本のニュースサイトでは、他に MYCOM PC WEB や Nikkeibp.jp 、PC WATCH なども、このニュースを現地で取材して報じている (アルファベット順) 。
こうした出版社系サイトのほか、WWDC 関連のニュースを取りまとめた Apple Linkage、Mac お宝鑑定団ニュース といった Web サイトも必見だ。さらに海外本社の報道記事を翻訳掲載しているCNet Japanなどのサイトにも情報はあるのでチェックしてみよう。
Apple's Eye でも、速報に続いて WWDC の基調講演の詳報をお届けするつもりだったが、すでにこれだけ情報が溢れていることだし、発表内容は簡単に cafe nobi にまとめた。本文では、今回の発表が意味するところを筆者なりの解釈を交えて解説することにさせてもらう。
もっとも発表の見方は、いろいろあって当然だ。バランスを取るためにも上で紹介しているサイトもぜひ見てみてほしい。
■ 主役はもう 1 つある
さて、詳報を書くのをやめて、自分の考えを書こうと思ったのには、もう 1 つ理由がある。
これまでの他の報道や、メディアの取材ぶりを見ても、今回の発表を、やや悲観的に見ているところが多いからだ。
不安と困惑を顔に浮かべて、「〜〜は動かないんですか」、「〜〜はどうなんですか」、「〜〜な人が困るんじゃないですか」といった質問を並べたてる人も多い。
何しろ Mac の CPU が、これまでライバルと言われていたインテル社製に変わるのだから、不安になるのはわかる。
短期的に動かなくなるソフトもいくつかあるだろう。しかし、「ソフトウェアの問題のほとんどは、いずれソフトウェアの修正で解決できてしまう」。
「ユーザーが問題点をちゃんと報告してくれるか」と「解決するまで待ってくれるか」は問題になるが、まだインテル社製 CPU 搭載 Mac が実際に出ているわけでもないのに、問題になるかもしれないし、ならないかもしれない個所を列挙して、あわてても意味がない (問題があると思ったら、その解決方法を提示した方がよっぽど建設的だ) 。
さて、上はこの 1 年間ばかりに焦点をあてた短期的な見方だが、これから先 5 年、10 年という長期的視野に立つと、今回の発表は、恐ろしいほど希望に溢れている。
筆者がそう感じるのは、今回の発表の主役が実は「インテル製 CPU」ではないと確信しているからかもしれない。
実際に一般にも公表されている Worldwide Developers Conference のセッションスケジュールをみても、インテル CPU に関するセッションはほとんどみあたらない。
では、本当の主役が何かというと、「Xcode」と呼ばれる Mac OS X 付属の開発環境ではないか、と筆者は睨んでいる。
スティーブ・ジョブズ氏がインテル版 Mac への移行で重要な 3 つの要素をスライドにして紹介した。
3 つとは順番に、「インテル CPU 上で動く Mac OS X」、インテル用 CPU に対応した「Xcode 2.1」、そしてインテル製 CPU 搭載 Mac で、今日の PowerPC 用ソフトをそのまま実行する「Rosetta」という技術だ。
このうち、インテル版「Mac OS X」と「Rosetta」は、これからアップル社が 2 年間をかけて完成させていく。
となると、今回の Worldwide Developers Conference に集まってきた開発者にとって、本当に大事なのは、真ん中にある「Xcode 2.1」だけ、ということになる。
■ Xcode 移行で、CPU 非依存の時代が始まる
Mac の上で、利用しているソフトにはいくつかの種類がある。Dashboard のウィジェットやAppleScript、これらは何もしないでも、そのままインテル版 Mac で動く。
Xcode で開発したアプリケーションなら、ちょっとした修正は必要だが、修正後、コンパイル (プログラム生成) のオプションでインテル用 CPU というボックスをチェックしておけば、PowerPC 版の Mac でも、インテル版の Mac でも動くプログラム ―― いわゆる Universal Binary ができあがる(*1)。
いちばん大変なのは、Xcode 以外の古い開発環境をそのまま使い続けているケースだ。
その場合には、まず Xcode への移行をしなければならない。
そう、アップルが今回の講演で一番言いたかったのは、すべての開発者に Xcode に移行してもらい、新しい Mac OS X v10.4 "Tiger" 時代に相応しいプログラミングをしてほしい、ということだと思う。
うれしいことに、すでに Mac の Top 100 開発者の 56% は Xcode への移行を済ませており、25% も取りかかっている。問題になるのは、残り 19% の開発者達だ。
さて、開発者がアップルの要求に応えてくれると、すごいことが起きる。
今、世界中のメディアが躍起になって検証している「インテル版 Mac」も、アップルの戦略のただの登場人物の 1 人でしかなくなってしまう。
これは筆者の憶測であり、アップルがそういったわけではないが、たとえば今後、インテル以外のもっと別の CPU が台頭してきたとしても、Xcode のコンパイルオプションに、その CPU の名前が加わるだけ。開発者はちょっと手直しをして、コンパイルしなおせば、その CPU にも対応できる。
もちろん、対応 CPU の種類が増えれば、増えるだけ品質管理も大変になるので、そうそう CPU の種類は増やさないだろうが、たとえば同じインテル社の、より高度なプロセッサーへの移行も簡単に行えるはずだ。
今回、アップル社は、PowerPC G5 開発が思ったようにいかないから、CPU を乗り換えたとしている。3GHz の PowerPC G5 も PowerBook 用の PowerPC G5 も、なかなか出てこなかった。
そんな時、2006 年中頃時点での消費電力あたりのパフォーマンスを検証したところ、インテル社の CPU が優秀だった。だから、インテル社製 CPU を選んだ、というのが今回の発表の裏にある表向きの筋書きだ。しかし、だからといってインテル社もうかうかしていられない。
もし今回の発表ですべての開発者が Xcode (そしてできればCocoa) の開発環境に移行すると、Mac OS X はこれから先、どんな CPU へでも簡単に民族大移動できるプラットフォームとなってしまう。
基調講演のスティーブ・ジョブズ氏の講演中の言葉使いを注意深く聞いていても「プロセッサーインディペンデント (プロセッサー非依存)」、「Cross-platform by Design (最初からクロスプラットフォーム)」といった言葉が使われており、「PowerPC とインテル製 CPU の両対応」という表現にはなっていない。
スティーブ・ジョブズ氏は、基調講演で、アップルが「技術移行」のエキスパートで、過去に 2 度、大きな移行を成功させていると、680x0 系 CPU から PowerPC への移行と、旧 Mac OS から Mac OS X への移行を例にあげていた。
ここで、忘れてはならないのが、スティーブ・ジョブズ氏自身は、さらに多くの「技術移行」を経験している、ということ。
現在の Mac OS X の基盤は、1996 年にアップルが買収した米ネクスト社の技術だ。
実はこのネクスト社の OS は、元々は 680x0 で動作していたが、その後、インテル系 CPU への移行を果たしているのだ。
しかも、その OS は、その後、Mac OS X の基盤として、PowerPC へも移行しているのだから、CPU 移行に関しては、アップル社そのものよりも経験が多い。
注目すべきなのは、これらの CPU 移行が、驚異的なペースで行われてきたことだ。
この驚異的なスピードを支えているのは、ネクスト社が培ってきた徹底したオブジェクト指向の技術である。
■ Xcode が、オブジェクト指向への扉
オブジェクト指向が何であるか、ここで詳細には触れない。しかし、かいつまんでいえば、特定のハードウェアあるいは特定の OS にすら依存しない、より抽象的なソフトを作る技術だ。
たとえばテレビのチャンネルを切り替える操作について考えてみよう。
「音量 (ボリューム) を 23 にして」と頼めば、おそらくどこ製のテレビを使っていても、誰に頼んでも、ちゃんとその通りになるだろう。
しかし、ここでもし「今、ボリュームが 18 なので、そこにあるリモコンの下から 3 列目の一番右側のボタンを、5 回押して」などと頼むと、テレビやリモコンが変わるたびに、まったく同じ目的を達するにしても指示内容が変わってしまう。
20 世紀のプログラミングは、後者のように、特定のハード、特定の OS などに依存した具体的な指示書が多かった。
しかし、ネクスト社が常に求めてきたのは、前者のような、より抽象的な指示で書くプログラムだ。
この抽象的な指示を解釈して、実際のハードウェア──つまり、上の例でいえばテレビ、アップルの例でいえばインテル社製 CPU 搭載の Mac といったハードウェアにあわせて実行してくれるのは、その下にある OS の役目だ。
オブジェクト指向になれば、なるほど、開発者は OS やハードを気にしないで、自分が得意とする部分の開発に注力できる。しかも、その下にある OS が、例えばビデオカードや特定 CPU に最適化されていくことで、ソフト側は何もしないでも、高速化やリッチな表現の恩恵を受けることができるのだ。
Xcode への移行は、この抽象的な指示書を書く上での貴重な一歩になる。
そう、筆者は今回の WWDC で本当に大事なのは、「Mac のハードがインテル製CPU」に移行することではなく、「Mac の開発者が Xcode に移行する」ことにこそある、と思っている。
「インテル製CPUへの移行」の発表は、これまでついなんとかできてしまっていたために、古い開発環境のまま、非効率的なアップデートを続けていた開発者にハッパをかけるためだ。
■ 非互換問題への提案
もっとも、Xcode に移行したからといって、すべてのアプリケーションが、一朝一夕にインテル版 CPU に対応できるわけではない。
特に周辺機器との連携などをするドライバーなどの移行には、それなりの苦労も伴うかもしれない。しかし、逆にアップルが頑張れば、これまで Windows 用に用意されていたドライバーを、Mac に移行させるための開発環境を用意するなど、工夫のしようはあるはずだ。
短期的な視点で見れば、いくつか不安な点、問題点もあるが、これはアップルが時間をかけて段階的に解決すべき「アップル側の課題」。ユーザーには、アップルがこの課題を解決するまで静観するか、とりあえず、おもしろそうなので、新しいインテル CPU 搭載 Mac を買ってみるか選択する自由がある。
いや、今までのソフト、周辺機器が動かない、という非互換問題に対しては、もう 1 つの解決策がある。
今、自分が使っている周辺機器が使えなくなることを不安に思うユーザーは、来年になっても PowerPC 搭載 Mac を買えばいいのだ。
アップルはインテル社製 CPU への移行を発表したが、だからといって PowerPC 版 Mac の開発をすぐにやめるわけではない。実際にジョブズ氏も基調講演中で、まだこれからもより高速な PowerPC 搭載の Power Mac G5 や PowerPC 搭載の PowerBook G4 を出してくると明言している。
アップルは、パフォーマンスを重視して、インテルに移行すると発表したが、これは今のPowerPCのパフォーマンスが低い、ということではない。
ジョブズ氏が、インテル製 CPU パフォーマンスの優位性を紹介したスライドをよく見てみると、そこには「2006 年中盤の頃の予想パフォーマンス」と書かれている。
実はインテル社は、このタイミングに合わせて、低消費電力ハイパフォーマンスの CPU の提供を一斉に始める予定だ。
つまり、今の時点では、3GHz 版 CPU がないとはいえ、まだ PowerPC が Mac にとって最強の CPU であるという状況には変わりがない。
■ 21 世紀的ソフトウェアの世界へ
さて、今回の発表で、なんといっても心強いのは、Microsoft Office を提供するマイクロソフト社の MacBU や Adobe Creative Suite を提供するアドビ社が、この Xcode 移行計画を明確に指示してくれたことだ。
これにより Mac プラットフォームは、同 OS を支える強力なアプリケーション、業務向けのアプリケーションを要したまま、21 世紀的な CPU 非依存のパラダイムへの一歩を踏み出せるからだ。
なんだか、大変な話のように聞こえる今回の発表だが、根本にあるいくつかの重要な事実に目を向けると、実に単純なことだ。
開発者は Xcode に移行する。それによって Mac はどんな CPU を搭載していようと関係なくなる。来年の今頃の時点では、インテル社の CPU がもっとも優れたパフォーマンスを発揮しそうだ。だから、アップルは来年以降インテル社の CPU を採用する。
技術的には確かにすごいことなのだが、これをユーザーの視点から見ると、来年、ちょっと今までとは名前の違う新しい Mac が発売される。
新しい Mac だと、Office など、ほとんどのソフト、デジタルカメラや iPod など、ほとんどの機器はそのまま使えるが、中には、うまく動かないものがある (しかし、ちょっと待っていれば、やがて、その問題も解決するはず) 。
CPU が変わったことで、ちょっとパフォーマンスが速くなったり、マシンが静かになったりすることはあるが、Mac OS X v10.4 "Tiger" は、やはり Mac OS X v10.4 "Tiger" で、それまでと変わりはない。
もしかしたら、ユーザーにとってはインテル社製 CPU 搭載で、新しいマシンがどんなデザインになるかという楽しみはあっても、OS 的、ソフト的にはそれほど変化がなく、おもしろくない話かもしれない。
だが、これは開発者にとってはおもしろい話だ。まだ Xcode を使っていない開発者には、それなりの痛みも伴うが、一度乗り越えると、この連載でも何度か紹介してきた Core Image や Quartz Composer といった先進 OS、Mac OS X の 21 世紀になって初めて実現した数々の素晴らしい技術を、自分のソフトに組み込めるようになるのだから。
「Journey is the Reward (冒険こそが報償だ) 」──これは昔、スティーブ・ジョブズが言った有名な言葉だ。
これまでアップル社は 4 年間で 5 つの OS を (隠れてインテル版も) 用意し、Rosetta というインテル製 CPU で Mac を動かす技術も開発してきた。ちゃんと、やるべき仕事はやってきた。
次は開発者の番。開発者が一斉に Xcode へ移行することで、Mac OS X という生態系が、未来への大きな一歩を踏み出すことになるのだ。
(*1)
実際にはどんなソフトでもXcodeで再コンパイルすれば、すぐにインテルに対応するというほど単純ではない。ソフトによっては、Xcodeに移行した上で、さらに多くの書き直しをしなければならないことも多い。特に歴史のあるソフトであればあるほど、手直し、書き直しが必要な部分も増えてくる。開発者によってはこれからの1年は、かなり忙しい1年になる。しかし、ここでこの大変な移行作業をやっておけば、今後のOSやハードの進化にもより柔軟に対応できるのだ。
★先のアップルの世界開発者会議(Worldwide Developers Conference)でのスティーブ・ジョブズの基調講演は、Macユーザーも、Windowsユーザーも驚愕させた。MacのCPUをIBM製のPowerPCからインテル製のCPUへ、2年以内に移行するというのだ。大丈夫だろうかとの声に、ジョブズは実は何年も前から秘密にしていたがインテル版のOSも同時に開発していたことを告げ、現にプレゼンテーション用に使っているMacも実はインテルインサイドだったことを明かした。
IBMからインテルへの移行はいろいろな憶測を読んだが、CPUの移行に待ち受ける困難を指摘する声が多い中、ジョブズ真のねらいはCPU比依存のOS環境を構築しようというものだという林信行氏の考察はなかなか示唆に富むものだ。