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バーチャル・エージェントでマインドコントロール
2005年 6月 8日 (水) 17:15
人は、話している最中に相手の身振りを忠実に真似ると、誠実な印象や好感を相手に与えられる――心理学者や営業マンは、これを「カメレオン効果」(chameleon effect)と呼ぶ。最近の研究で、コンピューターでも人間を相手にこの現象を活用できることが示された。人間どうしの場合より効果が大きく、普遍性もあるという。
スタンフォード大学バーチャル・ヒューマン・インタラクション研究所の研究者たちは、被験者の学生69人に、イマーシブな(没入感を引き起こす)3Dバーチャル・リアリティー(VR)装置をつないだ。被験者は、自分がテーブル越しに「デジタル・エージェント」――コンピューターで合成された男性もしくは女性――と向き合って座っているように感じる。このデジタル・エージェントは、学生に対し大学構内でつねに身分証を携帯することを求める架空の大学安全対策を、3分かけて説得するようプログラムされていた。
エージェントは説得の際、唇を動かし、瞬きもして、リアルに頷いたり頭を揺らしたりする。しかし、被験者には知らされないが、この頭や顔の動きはランダムではなかった。半数のセッションでは、コンピューターは、きっかり4秒遅れで、被験者の動きを正確に真似るようにプログラムされていたのだ。たとえば、被験者が考え込むように首をかしげたり、15度の角度で顔を上げたりすると、コンピューターのエージェントも4秒後にこれと同じ動きをした。
一方、残りの半数の被験者では、それ以前の被験者の頭の動きを記録したものをプログラムに使い、リアルに見えるが、現在の被験者とは関係のない動きをするようにした。
その結果(PDFファイル)――『サイコロジカル・サイエンス』誌の8月号に掲載される予定――は驚くべきものだった。まず、69人の被験者のうち、真似されていることに気づいたのはわずか8人だった(そのうち1人は、実際には真似されていなかった被験者だった)。それ以外の被験者では、身振りを真似するエージェントの方が、他人の動きを記録したエージェントよりも好ましく、友好的で、面白く、誠実で、説得力があると評価された。また、真似をする話し手のほうが、被験者の注意を強く引き付け、被験者が視線をそらす頻度も少なかった。そして最も意義深いことに、被験者たちは、身分証の携行義務の問題について、真似をするエージェントの考え方に同調する傾向が強かった。
総じて、このエージェントに対する、あるいは監視好きのジョン・アシュクロフト司法長官が言いそうなメッセージに対する被験者のさまざまな受け止め方のうち、20%はこの動作の真似が寄与したと考えられる。「われわれが発見したなかで、これは最大の効果だ」と、スタンフォード大学コミュニケーション学部に所属し、この研究所の所長でもあるジェレミー・ベイレンソン助教授は話す。「これは不安定なものではなく、性別にも依存しない。全般的に誰もが、真似をする相手のほうが説得力があると感じた」
スタンフォード大学の大学院生で、この論文の共著者でもあるニック・イー氏は「この研究は、デジタル・エージェントに門戸を開くものだ。エージェントはこの戦略を利用し、人に対する身振りを通じて、共感や反感をもたらすことになる」と語る。
ベイレンソン助教授によると、この研究では、コンピューターがわれわれの心理学的な癖を活用できるということだけではなく、コンピューターが人間よりも効果的にそれをなし得ることも示したという。コンピューターは、科学的に最適化されたタイミングで正確に動作を真似ることができるからだ。応用が最も有望視されるのはバーチャル世界で、ここでは住人ごとに違う姿を提示することが可能になり、カメレオン効果が1対1の対話に限定されることもない。単独の話し手が――人工知能(AI)であれ人のアバター(分身)であれ――、相手に気づかれることなく1000人の人を同時に真似して、営業マンの安直な接客術だったこの技法を効果絶大なツールに変えてしまう可能性がある。
このバーチャル・エージェントは、今日のサイバースペース――ほとんどの利用者がVRヘッドセットではなく、指先を使ってコミュニケートしている――でも応用できると、ベイレンソン助教授は語る。「タイプする速さ、文章の組み立て方、大文字の使い方――これらすべては容易に模倣可能だ」
意識下での意見の形成にコンピューターはどう使えるのかという問題を探ったのは、ベイレンソン助教授にとってこの実験が最初ではない。昨年11月の大統領選の1週間前に、投票者に影響を及ぼす実験を行ない、目覚しい成果が示された。
研究所では、被験者として全米から有権者を抽出し、ジョージ・W・ブッシュ大統領とジョン・ケリー上院議員の2人の候補者に対する態度を記す調査票に回答してもらった。この調査票には両候補者の写真が並んでおり、被験者はそれを見ながら回答した。被験者には知らされなかったが、全被験者の3分の1は、ブッシュ候補の顔に各被験者の顔がデジタル処理で40%から60%の割合で混ぜられた――「モーフィング」された――写真を見せられていた。別の3分の1は、ケリー候補の顔に自分の顔が混ぜられている写真を眺め、残りの3分の1は加工されていない写真を提示された。
加工されていない写真を見た対照群では、約3ポイント差でブッシュ候補が選ばれたが、これはその後の選挙結果と同じだった。しかし、自分の顔が合成されたブッシュ候補の写真を見た被験者たちの間では、「ブッシュ候補が15ポイント差で圧倒的勝利を収めた」とベイレンソン助教授は語る。では、ケリー候補の写真に混ぜられた被験者たちはどうだったか? 「6%の差でケリー候補が勝利した」とベイレンソン助教授。「ケリー候補の顔を観察者の顔とモーフィングして、われわれは実際にケリー候補を勝たせることができた。モーフィングに気づいた被験者はいなかった」
ベイレンソン助教授でさえ、この実験は恐ろしいと話す。しかし、研究所はコンピューターを使って人間の意思を支配しようとしているのではないという。「人のデジタル肖像は、本来は柔軟なものだ」とベイレンソン助教授。「好きな見かけに作れるし、好きな動作をさせられる。私が研究しているのは、1と0とで人が表されるこの素晴らしい新世界では何が起き、人がどう反応するかといったことだ」
バーチャル世界に詳しいイー氏は、この研究は将来、現実的かつ建設的な応用が期待されると話す。たとえば、「子どもが教師の正面に座っているとよく勉強するのであれば、子どもが各自、教師の正面に座るオンライン環境を作ればいい」とイー氏は説明する。
しかしイー氏も、研究所のこれらの発見が、健全ではない利用につながる可能性もあることを認めている。「ブッシュ大統領から、自分の顔の特徴が20%混じった写真付きの葉書を受け取るかもしれない」
[日本語版:近藤尚子/高森郁哉]
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