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地域の力/弱っていないか確認を
[2006年03月06日付]
12年前、ノルウェーのリレハンメルで開かれた冬季オリンピックでは、いつもと違った意味で、女子フィギュアスケートの演技が世界中から注目を集めた。大会前、米国代表のトーニャ・ハーディング選手の前夫らが、同じ代表のナンシー・ケリガン選手を襲撃する事件があったからだ。共謀の嫌疑をかけられたハーディング選手は大会後、司法取引に応じて刑事罰を免れる代わりに、スケート界からの永久追放と500時間に及ぶ奉仕活動などを科せられた。
日本には罪を償う代わりに奉仕活動をするという制度はないが、米国では、重大犯はともかく、地域の平和を乱した者を、刑務所へ送る代わりに、地域で奉仕活動をさせる制度が発達してきた。福祉施設で介護をさせたり、街路の清掃をさせたりすることで、地域の人々の目に見える形で罪を償わせる。
こうした制度の背景には、迷惑をかけた人や地域との関係を修復し、一緒に地域を守ろう、地域の力をもり立てよう、という考え方がある。地域の問題は地域で解決し、迷惑をかけた人もかけられた人も、同じ地域の一員であるという認識を強めるわけだ。
マサチューセッツ州の高校教師から、こんな話を聞いたことがある。この教師の高校では、地元の新聞社に協力してもらい、新聞部が地元紙のページを借り、地域の情報を載せている。高校生が取材から新聞製作まで行い、本物の新聞紙面を作るわけだ。高校も新聞社も協力し合うことで、地域をより強く意識するようになる。
個人主義が浸透していると言われる米国だが、地域共同体、いわゆるコミュニティー全体を重視した考え方も厳然としてある。コミュニティー内部にある個々の組織や個人が地域を守り、コミュニティー自体の力を強めようという方向だ。これは犯罪や災害に強い地域づくりにつながる。
田植えや稲刈りで昔から共同作業をこなしてきた日本には、本来ならコミュニティーの力が培われていたはずだ。ところが最近は、それが弱体化していると言われる。国土交通省が開いた豪雪地帯の地域づくりについて話し合う懇談会でも、地域の防災力が落ちているのは、地域の結束力が弱っているからだ、という指摘があった。最近の社会学者の中には、犯罪の件数だけでなく、未婚者や“引きこもり”が多い理由を、コミュニティーの弱体化に求める人もいる。
新たな農業政策では、担い手としての集落営農の役割に期待が集まる。集落営農がうまくいくかどうかは、コミュニティーの力――集落の結束力、集落への帰属意識の強さ――が鍵を握る。農村を舞台にした犯罪や大きな自然災害が頻発しているこの時期、地域の力は農業だけでなく、住環境全般にかかわる。力が弱っていないか、あらためて確認したい。
http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/column/0603/06.html