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「空き屋敷」に宿る無情【読売新聞】
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投稿者 エイドリアン 日時 2005 年 6 月 24 日 12:03:04: SoCnfA7pPD5s2
 

松浦さんが投稿された 『ホイットニー文書 昭和天皇の日本国民に対する見解全文』は、心に永く留めたいと思いました。
松浦さん、ありがとうございます。

ホイットニー文書にある天皇の言葉には、昭和天皇の性格がよく表れています。

天皇のために死地に赴いた多くの国民は、この、自分と身内にしか気の回らない男によって、自分の地位を覆す存在として、警戒され敵視されていました。

この「自己愛」に満ちた男は、その後の日本のモデルとなりました。



地上戦で多くの住民が犠牲になった糸満市喜屋武の集落では、石垣や土台だけ
が当時のまま残った「空き屋敷」が多い。「5月ウマチー(豊作祈願祭)」の21日
(旧暦5月15日)、屋敷跡で祈りをささげる親族の上地チヨさん(右端)ら

あす23日、沖縄は60回目の「慰霊の日」を迎える。

 式典が行われる平和祈念公園にほど近い、糸満市喜屋武(きゃん)。ひめゆりの塔などの南部戦跡を巡る観光客のざわめきをよそに、ひっそりと、往時を伝え続ける戦跡がある。

 集落のあちこちに、珊瑚でできた、琉球石灰岩を積んだ石垣が残る。「空き屋敷」とよばれる住居跡だ。戦時中の一家全滅や、戦後の県外転居などで、継ぐ人もなく、荒れ果てた姿で残されている。

M87

戦争中、旧喜屋武村・山城の住民が避難
していた自然壕「マヤーガマ」
CoreEx

戦争中、旧喜屋武村・山城の住民が
避難していた自然壕「マヤーガマ」
未だに多くの遺品が残されており、
学生らが平和学習のために訪れて
いる(糸満市で)

 南の太陽が傾き始めた午後4時、「空き屋敷」に作られたほこらに親族が集まり始めた。「拝みに来ると心が落ちつく」。年に数回、ウマチーとよばれる豊作祈願祭の時に「先祖を拝みに」訪れるという上地チヨさん(83)。夫の父が戦死したというが、多くを語らない。糸満市史によると、当時、379世帯のうち、18世帯が一家全滅、70世帯は家族が半分になった。

 「空き屋敷」が点在する旧喜屋武村・山城地区に、住民のほとんどが避難した「ガマ」とよばれる自然の洞窟がある。そこには、今でも多数の遺品が残り、昨年から平和学習の場として使われ始めた。

 ぽつぽつと水滴がしたたる中、学生たちが目をつぶって「暗闇のおそろしさ」を体験している。多くの島民が自決を余儀なくされた悲劇の洞窟は、なお数百から1000以上が沖縄に残っている。

 1945年、民間人を巻き込んでの沖縄戦は、島民の4人に1人が亡くなり、最悪の地上戦となった。

 一家全滅した1063世帯(沖縄県遺族連合会調べ)、2000柱は、平和祈念公園の奥にある「しづたま(鎮魂)の碑」に祭られている。

カメラとペン・大久保忠司(2005/6/22)

「空き屋敷」に宿る無情

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