★阿修羅♪ > 雑談専用14 > 585.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
ここ阿修羅で口角泡でいくら力説しようと、阿修羅住民の意識には多少とも影響は与えるでしょうけど、残念ながら日本国民の意識に影響を与えることは無理みたいですね。
Kさんが紹介されていた「郵政民営化に賛成の国民が60%以上」には驚きを通り越して呆れるしかない。国民というものは与えられる情報でもって見事に操作されるという見本なんだろう。
いえね、私は郵政民営化が賛成とか反対とかについてはデラシネさんが言うところの意味においてさほど興味はありません。が、勿論、賛成ではありません。
さて、本題に戻って、阿修羅住民とオバカな国民との意識の格差ですが、格差はあるだろうとは思っていましたが「これほど酷い」とは知りませんでした。
「改革!」という言葉には、本来「良い方に変える」という意味があるから、「改革!」と叫ぶ人のことを「良い方に変えてくれる人」と思いこむのかもしれない。しかし、こういう耳に心地よい言葉というものを権力者は頻繁に用いますが、それは何故か?
某国の大統領などは「ジャスティス!」と叫びつつ戦争突入だし、およそ「耳に心地よい言葉」を声高に叫ぶ時というのは、その正反対のものを覆い隠し国民を騙そうというときが多いわけですが、問題なのは「ジャスティス!」と何度も叫んでいる内に自分自身にも暗示をかけてしまい「そうだ正義なんだ!」と案外胸を張ってしまっているのかもしれない。横須賀育ちの某国首相の「改革!」もまったく同じ。どうして、こう同じ時期に同じような脳味噌の構造の人間が国を隔ててすら権力者として君臨するのだろう?即ち、それは世界がそういう洗脳をされてしまったという証なのかもしれません。
「改革!」「正義!」こういう言葉を自己陶酔の表情で叫ぶ権力者というのは大抵はその正反対の意識を誤魔化す為に叫んでいると思ってほぼ間違いが無い。ところが食事時だろうとなんだろうと大きな音量でテレビを観続けている洗脳されやすい人間というものは、「ちょっと待てよ」という疑問すら自分の中には生まれない。一見、疑問を持っているような人間でさえ、その疑問が受け売りや洗脳された疑問だったりするから話にならない。
要するに、情報が多くあれば真実を見極めることができるのか?といえば、「否!」なんでしょう。だからこそ、ネット人間のように、情報の渦の中を毎日泳いでいるような人であっても自分の頭の中、ものの考え方、人生観、世界観・・・こういうものは受け売りと洗脳がほとんど。
私自身、あと数年したらネット生活とも縁を切る覚悟をしています。ネットから得られる情報は多いし、有益ではあるでしょうけど、私にとってそういうものは既に価値は無くなりつつあります。この辺りの理由についてはデラシネさんとの絡みでの過去投稿をご覧になれば分かる人には分かる話です。
デラシネさんが言うところの「殻割り」のできている人間とは、意志の疎通が極めて簡単で誤解も少ない。逆にそうでない人との対話はどれだけ言葉を並べようと時間を割こうと何処まで行っても平行線。最近ではほんの一行を見るだけで殻の割れている人かそうでないかは分かるようになってしまった(^^;