★阿修羅♪ > 雑談専用14 > 372.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
Kは基本的に「抵抗運動」は「自分の存在価値を確認するための『生きざま』なのかもしれない」と思い始めています。
全ての損得を超えた場所に「その行為へ」の「正しさを感じ」、結果的に「その行為を行う事」が「生き甲斐になり、目的化しているのかな〜?」とも思います。
例えば、年老いた母親が母一人、子一人で暮らしていたりすると、母の関心と生き甲斐は「子供の食事の用意だけ」になる事もあります。
そのような場合、死の床についても「お前、飯は食ったのか?」と息子の食事だけが、他の全てを超える、最重要関心事になってしまいます。身体の動く限りは、息子の食事を作ろうとする努力をします。それが「自分の存在価値」になるからです。
しかし、それでも尚「勝ち抜いた時の、具体的なイメージが示せない抵抗運動は、宗教的運動なのだろう」とKは主張しなければ、いけないと思っています。
過去に「連合赤軍事件」というのがありました。彼らは最終的に「どのような理想世界を思い浮かべていたのでしょうか?」まさか、ソビエト連邦型の社会主義社会ではないと「Kは思いたいです。」しかし、そこを外すと、具体的なイメージは湧きません。少なくとも「暴力は肯定していたわけですから、暴力のない社会ではなかったでしょう」
また、オームという事件もありました。彼らはいったいどのような社会を実現しようとしたのでしょうか?麻原教祖の独裁型社会ではないだろうと「Kは思いたいです」
小泉総理は「郵政改革ていどを出来なければ、改革なんてできっこない」と主張しています。小泉総理は「どのような議論があっても、そんな物は聞こうとも、考察しようともせずに」最初から「民営化をすることが公約」と、手段も選ばず、なりふり構わず「民営化」をする事が良い事(正義)と決めつけています。
Kは、示された「賛成派の意見は全て論破した」と思っていますが、小泉総理は例えKの主張を全て聞いて、仮にKと議論をして「公平な第3者から見て、Kが論破したと思ったとしても」、絶対に「民営化の旗は降ろさない」でしょう。
ひのきみ反対運動も同じ様な性質を有しています。
おそらくですが、仮に「天皇制度」を廃止に追い込んだとしても、皇族の制度の維持費がなくなるだけで、国民の生活はほとんど変化しないでしょう。
仮に「体制反対運動」であったとして、小泉政権をを倒閣して、自民党が解党したとしても、多少汚職が少なくなるだけで、大勢にはさほどの変化は起こらないと思います。
国民投票制度実施とか、党議拘束の禁止(憲法違反のある事を裁判所に認めさせる)、というような事に比べれば、あきらかに「労多く、実少ない」運動だと思います。
しかし、宗教の信者と同じで、ここは「いくら、理屈で押し込んでも、駄目なのでしょう」
「知識ではなく、心で『私の方が正しい』と信じているからです」
それに近い物に、グローバル化への推進というのがあります。
世界的な「自由化、透明化、公平化」による。市場の解放運動です。
これは、少しも公平ではないのである。
例えば、金持ちは「絶対に損をしない宝くじ」というのは設定可能である。
支出金3000円に対して普通は300円が当たる(10本に一本)
支出金30000円なら100本に一本5000円の当たりを設定すると連番で100本買うと8000円換金される。
支出金300000万円に一本100000円の当たりを設定すれば180000円の換金
支出金3000000万円に一本1200000円の当たりを設定すればぺーできる。
低額で換金されない分を考えれば、主催者も商売になる可能性はあり、金持ちは絶対に損をしない買い方ができる。
しかし、低所得者に3000000万円の宝くじ購入は事実上不可能である。
現在進められている、純粋金融から、証券金融の流れも「金持ちに有利」で「貧乏人に不利」と主張する学者も出始めている。
公平で対等な市場開放と言えば、聞こえが良いが「先行側有利、後発不利」「大国有利、小国不利」「第一次産業(生産できる)国有利、日本のような食料すら自給できない国圧倒的不利」なのである。
それを「好きこのんで、相手の土俵に上がろうとしている人がいる」
確かに「既に経済制裁を受ければ、飢え死にするしかない、日本は、世界から鎖国してはやっていけない面はある」
しかし、アメリカ以外の食料輸出国と友好になるとかの手段もあるし、進んで自ら「基幹産業まで自由化する必要などない」
国の生命線を守るのは最大の国益であり、引き延ばせる物ならば「出来るだけ引き延ばし、相手のウィークポイントを見極めてから、開放という方法もある」
しかし、こんな事を書いても「開放は正しい方向」と信じている者には届かないだろう。
憑き物に憑かれている。からである。