★阿修羅♪ > 雑談専用13 > 1187.html
 ★阿修羅♪
「多くの人」とは何なのか?
http://www.asyura2.com/0505/idletalk13/msg/1187.html
投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 7 月 17 日 15:54:57: YdRawkln5F9XQ
 

(回答先: ワヤクチャさん、どうもです。 投稿者 考察者K 日時 2005 年 7 月 16 日 17:23:15)

考察者Kさん、こんにちは。

貴方のお考えの中では「多数派形成」が非常に大きなウエイトを占めている事が分かります。
そして、多数派になる為には「今、現に、多くの人々が思っている考え」がどのようなものであるのかを捉え、その事に配慮しながら組織化を進めなくてはならないと思われているようです。
この順番が私とは決定的に違います。
私は、まずは根本的な認識を獲得し、その認識を多くの人々に語りかける事が第一義的な組織活動であると考えております。
「君が代」とは何なのか?について多くの人々に訴える事が大事であるという事です。
多くの人々が抵抗無く君が代を唄っているという事から出発するべきでは無いという事です。
このような根本的認識を広める形での多数派形成で無ければ多数派になる意味はありません。
また、「多くの人々」というのは日々様々な情報を得て認識を変化させ続けている人々です。
具体的に一人一人と対話する事無しに、こちらで勝手に「多くの人々はこう思っているだろう。」などと誘導尋問的要素もあるマスコミの世論調査などダケで判断するようでは、実態の認識を誤ります。
それは、勝手に判断している事に過ぎないのです。
たから日々の対話という活動が大事なのです。

ワ>私は貴方を論破しようなんて思いませんでした。
>合意を形成したかっただけです。

K>まあ、論破と合意形成のイメージと言うのは人によって違うだろうとは思いますが
要は、形式と言うことではなく、勝利したかったと言う事でしょうね〜

勝利って何ですか?
合意できなかったら無意味です。

ワ>合意形成には失敗しました。
>だから私は敗北したのです。

K>敗北などしていないでしょう。強いて言えば「投げ出したKの負け(根比べにKが負けた)と言う評価が適当ですね〜

「根比べ」って2人とも認識は絶対に変えないと決意しているような言い方ですね。
それでは対話の意味は無いのですよ。
対話によってお互いに認識が変わるようで無ければ。
私も対話中認識は少しは変わったと思います。
意地を張っていたのでは無いのですよ。

K>>多分、信念(心の正義)を信じて、頑張っていたのだと思われます。

ワ>それは誰でもそうでは?
>貴方もそうでしょ?

>どうでしょう?Kは「自分の主観に相手を理解して貰おう」とか「これが、正しい道」とかの意識はあまり無いようです。

少なくとも自分の主観をうまく言えたか?という段階はありますよね?
もし、うまく言えたと思うのであれば、相手が何故この主観が受け入れられないのだろう?って考える段階が次にあります。
Kさんとの対話は、まだ「私の考えがうまく伝えられていない。」という段階でしかありませんでした。
その段階で投げ出されてしまったので、どうしようもありません。

K>(信念が不足しています。というか、できるだけ主観を出さないように意識している面があるのです。)

あの、お言葉ですが、「これは客観的事実だ。」と思う内容もあくまで主観で判断しているだけなのですが。
だから、あらゆる言説は全て発言者の主観のフィルターを通って提示されているのです。

K>Kのしたいのは「多くの可能性の提示から、みんなで方向性を決定する社会の実現」>です。

「みんなで」という事が大事なのですね。
私は「何を目指すのか?」が一番大事で、その事を実現する為に多くの人に賛同を訴えるという順番です。
貴方は「民主主義第一」という思想なのでは無いのですか?
私は民主主義は決定形式であるに過ぎず、何が決定されるのかが一番大事だと思っているのです。
多くの人が郵政民営化に反対だから反対が正しいのでは無く、
郵政民営化が過疎地の郵便業務の切捨てになると思うから反対なのです。
郵貯や簡保を外資に任せる危険性もありますが。

K>ですから「君が代反対運動」(手法)でも、多くの人が賛同をしてくれるのなら良い>運動だと思うようになります。

そうでしょ?
だから、貴方は、個々の運動が何を目指しているのかでは無く、
「多くの人が賛同するかどうか」に評価の力点を置いているワケですよ。
その考えが間違いなんです。
正しい主張なら、例え現時点で賛同者が少なくとも、賛同を広げる事こそが運動の名に値いするのですよ。
現にある多数派の意識に依拠するだけなら運動でも何でもありません。

K>ワヤクチャさんは「K個人との合意形成」という捉え方なのでしょうが、Kは「多く>の人の合意が形成できる着地点の模索」をイメージしています。

まずは、貴方と対話しているのだから貴方との合意形成を目指すのですよ。
貴方が想定する「多くの人々」の考えを変える事は不可能なのですから。

K>ですから、Kには「あきらかな、誘導の意識(自己の主張実現への打算)」があるとも言えるでしょう。ですから、ワヤクチャさんほど純真ではないと思っています。

いえ、貴方には主張すら無いと思います。
多数派の意見に従うダケですよ。
今のままなら。

K>>今時、打算も変な計算もしないで、正義を主張できる純真さは貴重とも思われますね。

「なるほど」と思ってくれる人がどれだけいるかですよ。
運動は。
手練手管で闘争はできないのです。

ワ>打算や計算で勝てるハズがありません。

K>現在の政府は問題の固まりです。しかし、それなりの打算と計算を持っています。(考えていると言う事です)
対抗するならば、こちらも作戦を考えないと勝てません。

その考えは正しいでしょうか?
相手が打算で動いているからこちらも打算でなければならないと。
共感を得る事が大事なのですよ。
こちらも打算では多くの人々に見透かされるダケですよ。
「君が代にはこういう意味がある。」というところから共感を得ていくのですよ。

K>打算と計算は「自己の利益のため」ならば、卑しい事と言う面もあるでしょうが「平和の実現のため、とか、みんなのため」には「現体制に対抗する方法論として必要」な面もあり、そうしなければ勝てないのではないでしょうか?

いや、むしろ、そんな手練手管に頼る考えでは勝てないと思います。

K>インディアンと白人移民の戦いは「正義の精霊を信じて戦ったインディアンの敗北に終わりました」

それは、武器の差が大きかったのでは無いですか?
鉄砲と弓矢の差ですよ。
アメリカ白人の侵略の歴史は今でも問題にされていますよ。
勝ったと言えるのですか?
まずは正義が大事なのです。
闘争手段はその次の問題です。
正義がどこかに行ってしまっては闘争する意味もありません。

K>過去の実例に学ぶことも必要でしょう。

同感です。
「君が代」の「血塗られた歴史」を知る事も大事ですが。

ワ>闘争には「根本的な認識」と「やむにやまれぬ気持ち」からくる行動があるのみです。

K>根本的な認識論は大事ですが、やむにやまれぬ気持ちは押し殺す事が必要な『時もある』と考えています。まあ、その区切りをどこに求めるかが純真の度合いでしょう。

「やむにやまれぬ気持ち」をうまく表現する事が闘争にとっては大事です。
「お行儀がいい」闘争を行うというような世間体を気にする事ばかり考えていては
「世に問う」事は難しいでしょう。
「君が代を唄わない」というような実に控え目な抵抗すら処分されるという教育現場の
ファッショ化をこそ問題にすべきなのです。

ワ>貴方はこの社会にあまり怒っていないようですね。
>だから話が噛み合わないのです。

K>どうでしょうか?Kの友達はみんな一様に「Kほど過激で危ない、ゴチゴチの思想者は珍しい。怖い物知らずの狂犬だし、損得を全く考えないバカ」と評価されます。(Kは不当な評価だと思っています。)

そうですか?
では、やはり、方法論において根本的に違うという事ですね。

K>それでも、最近は丸くなったように見えるとは言われます。が、何かの時には「Kがしゃべり出すと止められないので発言させるな!」とのヒソヒソ話も聞こえてきます。(先輩に多い)
その反面「次回の会議では思いっきり日頃主張されている事を主張してください」という後輩も多いです。代弁を頼まれればKは精一杯努力して主張もしてきました。

労働組合での会議か何かですね。
ご健闘をお祈り致します。

K>ですから、Kは多分ワヤクチャさんより社会に対し怒っていると思っています。

まあ、この比較はあまり意味が無いのでやめておきましょう。
私が言い出して恐縮ですが。

K>狂犬のKより過激な人は滅多にいない。と言うのがKの主観です。

そうですか。
でしたら私も同じような感触を自分に対して持っております。

K>ただし、Kも「主張できる場、しない方が良いという場」を意識するようにはなってきました。

それは、もちろん、私もしてますよ。
ネットでは匿名なので言いたい放題なダケです。

K>狡猾になったのか、敗北者意識に憑かれたのかは本人では評価できませんが、Kのした事によって仲間や家族に迷惑を掛けないという意識が強くなっている事は確かだろうと思っています。

そのようですね。
その意識は大事な事だと思います。
しかし、他で自分の生活も省みずに決起している人がいる場合には、それは応援すべき事では?

K>>中国のデモや韓国の「大袈裟な芝居じみた過剰表現」も冷めた日本人からみたら異様>な物を感じますが、感じる側にも問題はあるのでしょう。

ワ>虐殺された人々の記憶があのような行動に結び付いているという事を貴方は分からないのですか?

K>過去の不幸な歴史に何時までも囚われてはいけないと思っています。

それは、日本人の方から彼等に言える事では無いのですよ。
水に流すのは被害者の方であって、加害国の国民が「お前ら、いい加減に水に流せよ!」とは言えないのです。
小泉も「罪を憎んで人を憎まず。」なんてウソぶいておりましたが、
加害国の首相が言うなっちゅうの!

K>異様に感じる感性の問題という事も示唆しているのですが、要は「過剰表現をする側」「受け止める側」の両面から対立構造の解消を図る必要があるだろうと思っています。

反日教育をことさらにやっている面があるとするならばそれは問題にすべきでしょう。
しかし、そうした反日教育の結果生まれているルサンチマンに対しては我々は「売られたケンカは買う。」なんて態度は取るべきではありません。
靖国神社への小泉の参拝は「侵略兵を称えて何が悪い。」と開き直っているようにしか中国や韓国の人には映らないでしょう。
理解されない事を強行すべきではありません。
外交の基本ですよ。
我々日本国民はまずは小泉の靖国参拝をやめさせるべきなんです。
反日教育批判はその後でしかできません。

K>デモの背景には『国家の教育方針』の問題もあることは間違いないと思っています。

それはそうです。
国内の矛盾を外に向けているのです。
しかし、小泉はデモの口実を与えているのです。
その事の方こそ問題にすべきなんです。
江沢民が反日教育を始めたようですね。

ワ>予め持っている目的に向けて議論を誘導しようとしたのでは無いのです。
>議論のやり取り自体が目的なのです。
>その対話の中からどのような合意ができるかが全てなのです。
>これが弁証法の元々の意味です。
>対話術としての。
>つまり、相手が言わんとするところを理解し、その内容について意見をするという事です。
>当たり前のようですが、実はこのような対話にすらならない場合が多いのです。
>自分の主張を述べる為だけに対話をすると言うような。

K>この辺は「イメージ」の主張という面が色濃く表れている気がします。
方向性もなく、目的もなければ、弁証法は無理というか、何を合意し何を弁証しようとするのか?とも思いますが・・・

いや、自分の目的や方向性はありますが、対話は具体的に1つ1つ合意を形成するしかありません。
自分の目的に向かって誘導しようとしても相手次第という面が大きいのです。
対話の中身自体を重視し、意図的にどこかへ持っていこうという事は二義的になるのです。ある意味、どこへ行くかは分からないという面もあります。
自分も相手も変わり続けるのですから。

K>前に、KのHPへ、(ワヤクチャさんは)行かない方が良いでしょうというような事書かれていましたが、そんな事はありません。
少し主張も貯まりましたので是非にお越し下されば大歓迎です。

そうですか。
では、また機会をうかがいます。
しかし、現在は土日しか投稿はできず阿修羅とニュース検索で精一杯という状況ですが。

K>http://kdesu.qee.jp/
Kも主張の基本は公開の場と考えています。(折角のアイデアが埋もれるのは損)
しかし、選択手として個人間での情報交換(メール)とか公開の場ではない場での意見交換という手段の確保がされていても「何の支障もない」と思っています。

それはそうですね。

K>では、また

ではでは。

 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

▲このページのTOPへ       HOME > 雑談専用13掲示板



  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。