★阿修羅♪ > 国家破産41 > 772.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
http://www02.so-net.ne.jp/~kanagawa/kensa13.html
政府の財政投融資(財投)から借りてまかなった。
↓
だが、見通しは外れ、使うあてはない。
↓
シジミ漁は大きな打撃を受けた。「天然アユがめっきり減った」と漁師は嘆く。
≪ダム建設の中止に思う≫
事務局長 渡辺文学
最近ダム建設の中止の記事を目にする。あれほど一度決まれば絶対変更のない国の予定が、地域建設審議会でダム工事の中止が目に付くようになった。しかしこのダムは、水資源利用の件のみのような気がする。決してこの事業が目的を失ったからでは無く、水の引き取り手がいなくなったからだ。工事完了で経費の負担を水の利用料で賄うつもりが、これが見込めないため、地方自治体が拒否しているのである。建設省始め公共事業に群がるやからは、工事さえあれば・仕事にさえなればあとはどうなろうと知ったことはないと言う態度だ。
農業土地改良事業はその典型で、お金をかけて、用水路を作り大雨の日には一度に水を河に流すから河は増水して氾濫を起こす。この構造改良事業をしたからといって、外国の農産物と価格競争が出来るわけでもない。何のための事業なのかさっぱり解らない。
国の財政が厳しさを増している折、目的をはっきりさせて、予算措置を取るらねばならない。厳しい監視の目が今こそ必要なのだ。朝日新聞の社説を参考までにご紹介したい。
朝日新聞 98.9.16
長良川に税金が流れる 河口堰訴訟
長良川河口堰が完成して三年半たつ。堰が生み出した水の大半は、工業用水に回されるはずだった。だが、見通しは外れ、使うあてはない。
水を売って堰建設費に充てた借金を返すはずだった愛知、三重両県の計算も狂った。結局、税金で補うしかない。
そんな税金の無駄使いは許せない。そう主張する市民グループが、愛知県の鈴木礼治知事を相手に、税金投入の差し止めを求める訴訟を名古屋地裁に起こした。三重県でも、提訴の準備をしている。
両県の借金返済額は、金利を含め計一千億円にのぼる。巨大な構造物が残した多額の借金は、だれがどう負担するのか。訴訟は深刻な問いを突きつけている。
堰建設費の多くは、水資源開発公団が郵便貯金などを原資ににする政府の財政投融資(財投)から借りてまかなった。
その借金を、両県が堰完成後二十三年間で水を売って返すのが本来のルールだ。{水事業は独立採算」と、地方公営企業法や地方財政法で決められている。
それなのに水が売れないので、両県は貸付金などの名目で税金を出して水事業会計を支える。返ってこないことを承知で出すもので違法だと、市民グループはいう。
借金の返済を税金に頼らなければ、工業用水の大幅な値上げしかない。だが、この不況下、企業納得を得るのは難しい。返済をやめれば財投に穴があく。
どうしたらいいんだ。両県からはそんな悲鳴が聞こえてきそうだ。
いわぬことではない、といいたくなる。今日の事態を予想し、私たちは再三、事業の見直しを求めてきた。
「長良川に税金が流れる」。行政内部にさえ、工業用水がだぶつくことを予想し、財政負担を心配する声があった。
けれども、建設省や水資源公団は建設を推進した。「堰を作ってしまえば勝ち」と言わんばかりだった。既成事実を積み上げ、引き返そうにも引き返せない状況をつくってきた行政や公団の責任は重い。
やはり堰によって生み出された上水道用の水の一部を、両県は水道管を引いて使いだした。上水道には、ほかから水を回すこともできるのに、である。堰に利用価値があることを見せたいのだろう。ここにも、行政の硬直的な体質がうかがえる。
河口堰の建設で、環境は激変した。
流れが分断された堰下流の川底には大量のヘドロがたまり、水質が悪化している。
シジミ漁は大きな打撃を受けた。「天然アユがめっきり減った」と漁師は嘆く。堰の上流は水位が上昇し、野鳥の巣となるアシ原が少なくなり、風景は一変した。
失われたものに比べ、得られた利益が釣り合うとは、とうてい思えない。
河口堰問題は公共事業のあり方を問う発火点の一つだった。出口を見つけるのは容易でないとしても、行政側は過去を反省し、ゲートを開けることも含め、今一度、事業を再検討すべきではないか。
こうした採算性を度外視したような事業は、長良川河口堰だけではない。
借金に依存し、瀬戸大橋や明石海峡大橋を造った本州四国連絡橋公団は、巨額の赤字を抱える。政府の肝いりで開発した北海道の苫小牧東部では、売れる見通しのない広大な土地が不良債権と化している。
借金に安易に頼る事業はいつか、税金につけを回す。河口堰問題を公共事業を進めるうえの戒めとしなければならない。