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向学心を阻む“年齢の壁”
高齢化時代にチャンスを
まさかの不合格。恐る恐る大学に尋ね、その理由が「年だから」だったら、あなたは納得できますか。群馬大学医学部を受験した東京都目黒区の主婦(55)が「合格者平均以上を得点しながら年齢を理由に“門前払い”されたのは不当」と入学許可を求めて前橋地裁に提訴した。高齢化社会を迎え医療ニーズが高まる中、有意の年配者を阻む象牙の塔の壁とは。 (浅井正智、藤原正樹)
「本当は合格だったのが、間違って不合格にされたのでは」。主婦佐藤薫さんは五月下旬、群馬大学医学部から送られてきた通知を見てそう思った。
これが三度目の挑戦だった。「これで受験はあきらめようと自分に納得させるため」大学側に入試成績情報の開示を求めた。
■合格者平均10点上回る
封を開けてみて驚いた。合格者の平均点は五五一・二点。佐藤さんの得点はそれを一〇・三点も上回る五六一・五点だった。
同大入試課に電話を入れた。応対した担当者は「合格者の平均点を超えているのに、なぜ不合格なのか」という問いに、「センター試験、個別試験、小論文、面接、調査書のいずれかに著しく不良のものがある場合は不合格もありうる」と入試要項の一文をそのまま読み上げたという。
「では私の場合、著しく不良だったのは面接だったのか」と尋ねると、この担当者は「総合的に判断した」と言葉を濁した。
さらに「面接ではどんなチェック項目があり、数値化しているのか」と食い下がると「面接については一切答えられない」とのれんに腕押しのような問答が続いた。
■合格点の55歳主婦 群馬大医学部不合格
なかなか引き下がらない佐藤さんに、担当者は「個人的見解」と前置きした上でこう言ったという。
「国立大学には長い年月と多額の費用をかけて社会に貢献できる医師を育てる使命がある。しかしあなたの場合、卒業時の年齢を考えたとき社会に貢献できるかという点で問題がある」
佐藤さんは自分の年齢が不合格の理由だったことを悟った。
佐藤さんは大学卒業後、五年間、民間企業で働いたが出産を機に退職した。以来、三十年近く専業主婦として家にいたが、医学部を志したのは、実父が受けた高齢者医療のあり方に疑問を持ったからだ。
二〇〇一年十二月に八十一歳で亡くなった父は、その二、三年前から肺炎にかかっては入退院を繰り返していた。
■高齢女性の合格で決意
父は、退院してくるたびに歩けなくなったり、認知症が出るなど身体機能を失い、次第に生きる気力も失っていったという。
「父がよりよい医療を受けられるため自分で情報を集めるべきだったのに、医者任せにしてしまったと後悔した。一人の人間が最期に『いい一生だった』と思える高齢者医療に携わりたいと考えた」。たまたま新聞で、六十二歳の女性が医師国家試験に合格したことを知り、決心は揺るぎないものになった。
一人息子の将史さん(27)も社会人になり、余裕もできた。夫で会社員の真さん(57)も「やっと時間ができたのだから、思うようにやればいい」と背中を押してくれた。
佐藤さんは慶応大学工学部(現理工学部)卒の学歴をもち、もともと理数系は強い。合格圏に届く可能性があり、しかも「週末には帰ってきて家事ができる距離に」という理由で、志望先を群馬大学に定めた。
主婦になってからも近所の中高校生の数学の家庭教師をしているが、「受験勉強の難しさは比較にならなかった」という。それでも「家族にしわ寄せがいかないように」と予備校にも通わなかった。通信添削「Z会」の指導を受けた以外はすべて独習だ。
朝は四時か五時に起きて勉強。家族を送り出してから勉強。夕飯の支度をしながらまた勉強…。
「時間を費やし、入れ込んで勉強しただけに、年齢が理由で不合格にされるのはやり切れない。『総合的な判断』で年齢が考慮されるなら、最初から入試要項に明記しておいてほしかった。何のために三年も頑張ってきたのか…」
佐藤さんの訴えについて四日、大学側は本紙の取材に「入試要項でも年齢や受験回数の制限を設けていない」としながらも、佐藤さんと入試担当者とのやりとりの事実確認には「担当者が不在で連絡も付かない」との言葉を繰り返すばかりだった。
佐藤さんの訴えのように、医学部が年齢のハードルを設けることはあるのだろうか。
■『制限の有無 大学の裁量』
文部科学省の担当者は「各大学の裁量で決めている事柄。年齢制限の有無は調査しておらず、実態も把握していない」と明かす。
医学部入試の“年齢の壁”に不透明感が漂う中、社会人が医学部を目指す例は増えているようだ。二〇〇三年には熊本大学を卒業した六十六歳の男性が医師国家試験に合格している。
河合塾の担当者は「他学部に比べても医学部は社会人の受験者が多い」と医学部人気の実態を説明しながら「法律家なら、十分実力を養える専門学校が多数あるが、医者は医学部を出なければなれない。医学部入試は年齢制限を設けないのが筋だ」と強調する。
一方で、都内の外科医(41)は「多額の税金を使う国立大学医学部の場合、育てた医者の将来的な社会的貢献度を尺度にするのは間違っていない。この女性が一人前の医者になるのは六十歳代半ばで、体力的に難しい。研究医ならまだしも、女性が希望する臨床医は難しいだろう」との見方を示す。
■『若い“卵”の輩出優先か』
前出の河合塾担当者も「地方の場合、体力のいる救急外科医不足が深刻だ。若くて優秀な医者を輩出すべき国立大学の使命が優先されたのだろう」と地方の事情を斟酌(しんしゃく)しながらも「まさか不合格者からクレームがあるとは思っていなかったのだろう。大学として論理的な説明が必要だ」と指摘する。
バーチャル政党『老人党』の創設者で精神科医のなだいなだ氏は「成績が優秀なだけで医者になってしまう若者より、高い意識を持った佐藤さんの方が患者が望む医者といえる。もし、年齢制限を設けたなら、理由をきっちり説明できるのか。裁判でむしろその滑稽(こっけい)さが明らかになるのでは」と憤る。
法政大学教授で教育評論家の尾木直樹氏は「自分の教え子にも高齢者がいるが、講義を聴く姿も一生懸命で、周りの若い学生は『パワーをもらっている』と感謝している。自分より年上で、熱心な学生がいれば、教授も真剣勝負になり授業内容がよくなる」とキャンパスに年配世代が入ってくる効果を説きながらこう強調する。「佐藤さんが医者として二十年程度しか活躍できないにしても、実際の介護経験や向学心など学生に与える効果は計り知れない。大学に一講座を設ける以上の影響力が期待できる」
■『年配世代に学習ニーズ』
佐藤さんもこう訴える。「人口の二割近くが高齢者という今の時代、高齢になってから学習したいというニーズがある。大学はそんな人たちにチャンスを与えてほしい」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050705/mng_____tokuho__000.shtml