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米国 揺れるカード社会
史上最悪の四千万枚分の個人情報が漏れたとされる米国のクレジットカード情報流出事件。国内でもネットショッピングや米国旅行などで使用されたカード情報の流出は十万人に迫り、一億一千万円以上が不正使用された実態が判明した。「出かけるときは忘れずに」カードを持つ米国社会の困惑ぶりと、消費者の守られ方は。
米ニューヨーク州に住むコンピューター・ソフトウエアデザイナーのジェフ・モランさん(53)が自分のクレジットカードの悪用に気づいたのは、今年初めのことだった。
「毎月送られてくる利用明細書を見たら、行ってもいないオハイオ州で買い物をしたことになっていたり、注文していない雑誌の購読料が入っていた」。被害額は約千五百ドルに上った。
モランさんがカード被害にあったのはこれが初めて。カード会社に連絡し、事情を説明したところ全額補償され、一週間後には新しいカードも送られてきた。
同州の教師ウェンディ・ハビーさん(53)は二度被害に遭っている。二年前に香港で四百ドルの食料品を購入され、昨年、カナダで二千ドルのコンピューターを不正購入された。
「最近、スーパーではカードを使ってもサインを求められないのは少し怖い気がする」と言いつつ「買い物はすべてカード。現金は銀行に下ろしに行かないといけないし、持ち歩くのも心配」とカードの便利さにどっぷり漬かっている様子だ。
「米国で生活することは、カード社会に加わることを意味する」と米シアトル在住のフリージャーナリスト横田亘生氏は指摘する。
「毎日の食料品の買い物でも十ドル以上は多くの人がカードで支払う。逆に現金で百ドル札を出せば、かえって不審がられ、いちいち透かしを調べられる。レンタカーを借りたり、ホテルの予約をするにもカードがなければできない」
米国社会ではクレジットカードは身分証明書としての機能も果たす。逆に言えば、「カードを持たなければ一人前の社会人として認められない」(横田氏)。
そこまで根を張ったカード社会だけに、これを標的にした犯罪も後を絶たない。
■『情報詳しいほど高値』
二十一日付の米紙ニューヨーク・タイムズは「盗まれたクレジットカード情報の闇市場がインターネット上で栄える」と題しカード犯罪がはびこっている実態を伝えた。
取引されるカード情報は所有者の氏名、住所、電話番号、さらには母の旧姓なども。取引相場は一件百ドルだが、「より詳しいほど、取引価格が高くなる」という。被害に遭う人は全米で年間一千万人。被害額は一般消費者五十億ドル、企業四百八十億ドルとみられている。
カード利用者にできる犯罪防止自衛策はないのか。前出のモラン、ハビー両氏とも「毎月、利用明細をチェックし、不審な請求がないか確認することだ」と声をそろえる。
さらなる対策としては「ネットでの買い物では、少し高くても信頼できるサイトから買うべき」「リスクを減らすため、使うカードは一枚だけにする」と提案する。
横田氏はカード不正利用対策の試みとして「三年前、シアトルのスーパーで支払いに指紋照合システムが導入された。一度、登録しておけば、指紋照合だけで自動的にカード決済される」と紹介しながら、その普及具合については「この一店以外には広がらなかった」と明かす。
前代未聞のデータ流出事件に揺れる米国だが、横田氏はこう強調する。「車の危険性を認識しながら車なしでは生活できないように、今の米国は、あまりにカード利用が日常化しているため、利便性だけが最優先されているのが実情だ」
米国流の対策はいくつかあるようだが、今後被害増大が予想される国内で、消費者はどう守られるのだろうか。
経済産業省などの調査によると、情報流出はマスター、ビザ、JCB、ダイナースクラブ合わせ約八万五千人にのぼり、各社は国内の被害状況を現在も集計中だ。
■日本も『委託』流出リスク
一方、アメリカン・エキスプレスは「情報を出すことで逆に不安をあおることになる。今のところ、不正使用されたという顧客からの情報は確認されていない」(広報担当者)として、情報を出す予定はない。
消費者が不正使用を発見した場合、どう裏付けが行われるのか。ビザ・インターナショナルの担当者は「会員が取引した小売店から証拠書類を取り寄せサインなどをチェックする。ネット上の取引では、顧客の登録住所を調べる」と説明する。
「基本的に不正を指摘してきた顧客に有利なように判断する。カード会員を一人獲得するために平均五千円の経費がかかっている。対応で悪い印象を与えてカードを破棄される方が会社の損害が大きい」(ビザ担当者)という考え方もあるという。
マスター・インターナショナル・ジャパンの担当者は「自分が把握している限り、すべて補償されている。今回のような不正使用事件があっても、顧客がきちんと請求書をチェックしていれば実害はない」と話す。
■買い物金額10年で倍増
今回のようなクレジットカード会社の情報流出事件は、日本でも起こりうるのか。
国内のクレジット業界をまとめる日本クレジット産業協会によると、一九九三−二〇〇三年の十年間の比較で、カード発行枚数は18%増加した程度だが、ショッピング金額は倍増している。使用方法も財布代わりの一回払い型が増加し“米国化”が進んでいる。
銀行系カード会社でつくる日本クレジットカード協会の担当者は「米国では今回の事件のケースのように、カード会社が信用情報のチェックまで情報処理会社に委託している例が多い。日本にもカードの情報処理会社は十数社あるが、確認作業はカード会社本体が行っており、米国のような情報流出は起こりにくい」と、米国の特殊性を強調する。
しかし群馬大学の下田博次教授(情報メディア論)は「日本でも経費削減の目的で、カード会社が、情報処理を下請けや外注に出し、派遣会社の技術者が顧客データ部分に自由に出入りしている。米国と同じ情報流出は十分起こりうる」と警告する。
■国境越えた安全体制を
前出の日本クレジット産業協会の担当者は「確かに業務処理を外部委託するのは、日本でも米国と同じ流れ。本社機能をスリム化するなど効率性優先で動いている。情報処理を一カ所にまとめた方が効率的だが、その分リスクは高くなっている」と認める。
下田氏はこう訴える。「データの取り扱いは、モラル教育をしっかり施した正社員だけに任せるべき。世界中がネットで結ばれている現状では、国境を越えたセキュリティー体制が必要になる。重要な部分で経費をケチっていると、結局、カード社会そのものが崩壊する」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050623/mng_____tokuho__000.shtml