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“爆弾”抱える東京のホームレス移行支援
平均54歳仕事ないんだ
統計上の「景気回復」にもかかわらず、公園の野宿生活者(ホームレス)は減らない。東京都・区は昨年来、公園から“青テント”を撤去しようと、二年間の期限付きで安価なアパートを提供し、自立を促す「地域生活移行支援事業」を進めている。だが、高齢のため就職は厳しく、移転先で孤独死した例も。撤去されたテントには戻れず、当事者たちは「片道切符」の不安に揺れている。 (田原拓治)
新宿の繁華街から、さほど遠くない再開発予定地の一角。台所、トイレ付きの八畳間のアパートで、Aさんは連絡の途絶えた「仲間」の安否を気遣っていた。
Aさんは五十代前半。ここには昨年九月から住んでいる。それまでは二千円で買った建設用シートにくるまり、新宿中央公園で寝起きしていた。長野県の工場で働いていたが、不景気で職を失い、新宿に来た。
「(アパートに)入って良かった」。現在は生活保護で月に八万円の収入がある。光熱費や食費、電話代で大半は消えるが、家賃は三千円。都・区の地域生活移行支援事業のおかげだ。
住民票は移していない。消費者金融に約百万円の負債がある。「移せば、二カ月で取り立てが来る」。経験のある調理関係の仕事に就きたいと求職中だ。「家賃三千円」の恩恵はあと一年半。「誰も助けてくれない。甘ったれてちゃダメだ」。仲間への思いをそう語ったが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
全国で二万五千人、都内では五千五百人(二〇〇三年調べ)。野宿生活者の数だ。都は四年前、自立支援事業に乗り出した。健康回復に「緊急一時保護センター」、就職のための「自立支援センター」を設け、希望者には最長半年間で職に就けるよう指導した。希望者の半数が野宿生活から離れたとされるが、二千四百人が住むとされる公園の青テントは減らなかった。
こうした現実を受け、国のホームレス自立支援法制定に伴い、「公園正常化(野宿者追放)」を柱につくられたのが「仕事プラス屋根」という今回の事業だ。
■青テント撤去 建て直しダメ
システムは二年間、都が老朽化したアパートなどを家主団体を通じて契約(更新を前提としない定期借家契約)。対象者に月額三千円で「また貸し」する。
半年間は月額四万円程度(日給六、七千円を六回ほど)の公園清掃など「臨時就労」を民間団体を通じ提供し、その後は自力で仕事を探してもらう仕組みだ。ただし、引き換えにたたんだ青テントは撤去され、建て直しは許されない。
対象は新宿中央と戸山の新宿地区、隅田、代々木、上野の五公園で、本年度末までの二カ年事業。昨夏の新宿地区を皮切りに隅田地区が終了。代々木公園でも申し込みが締め切られた。
「もう野宿生活は四年。何より硬いところに寝るから腰が悪くなる。携帯電話は何回、盗まれたことか。だから熟睡もできない。早くアパートに入りたい」。渋谷区内の炊き出しで出会った四十代の女性は、疲れた表情でそう語った。
野宿生活者の平均年齢は五十四歳。健康を害している人も多い。石原慎太郎知事は昨年十月の定例記者会見で「坊主と何とかは三日やったらやめられない」と軽口をたたいたが、現実は不景気で望まぬ野宿生活を強いられている人が大半だ。
「でも、本や空き缶集めのいまの仕事はアパートに入ったら、置き場もなく続けられない」。先の女性の顔が曇った。隅田の場合、隣接する山谷地区で供給される日雇い労働に頼る人が多い。朝六時には行かねばならず、アパートが遠方になれば難しくなる。その救済策である臨時就労だが、四、五月には月二、三回しか仕事がなく、アパートから再びテント生活に戻ろうとする人々もいる。
何より最大の懸念は五十代以上の人々の就職だ。新宿地区では約四百人がアパートに入った。都から委託を受ける民間非営利団体(NPO)「新宿ホームレス支援機構」の笠井和明氏は「百人が生活保護。もう百人は自立できるかのボーダーライン。ただ、二百人は自立可能な就職ができるはずだ」と予測する。
しかし、同じく新宿を拠点とするNPO「スープの会」の後藤浩二氏はこの数字について「自立には月十数万円の収入が必要。労働市場の現状をみれば、五十代、六十代でホームレス歴のある人々がそんなに就職できるとは、とても想像できない」と疑問視する。
■「孤独死」少なくとも4人
生活面でも難題が浮上した。新宿地区だけでアパートに移った人々のうち、少なくとも四人が「孤独死」した。ちなみに新宿中央公園から出た約二百人の生活相談は都の受託団体の職員三人が担っている。だが、二百人の行方を三人で追跡するには限界がある。
「公園のテント村には一種の自治がある。連続飲酒をとがめる仲間もいた。だが、移転後は一人だ。見ず知らずの土地のアパートで“屋根のあるホームレス状態”に彼らは置かれてしまっていた」(後藤氏)
こうした状況を予想していたのか、新宿地区だけでも今回の事業を拒んだ人々が住む約九十のテントが現在も残っている。
残ったテントの強制撤去について、都公園緑地部の担当者は「法的には行政代執行も可能だが、自立支援を十二分に尽くすことが先」と話す。ボールを投げられた形の生活福祉部の職員は「撤去は公園緑地部が決めること」と苦い表情だ。一方、東洋英和女学院大の北川由紀彦講師(都市社会学)は「強制撤去は日本が締結する国連社会権規約にも反する」と懸念する。
ただ、今回の事業が「公園正常化」ありきで始まったのは事実だ。「若い女の人が(代々木公園で)体操のトレーニングとかできなくなった」(石原知事)。同様に都に対し「『炊き出しなんか認めるな』という投書は少なくない」(公園緑地部)現実がある。
代々木公園が拠点の野宿生活者支援団体「渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合」の中郡千尋さんも「たしかに公園利用者の反発は強い。そうした人々にも野宿者の現実を訴える活動を始めなければ」と苦悩をにじませる。
■弱者が弱者を襲う社会の病
「震災では公園を避難場所に使う。不景気も緩やかな震災ととらえるべき」(後藤氏)という声の一方で、「野宿者を襲う若者も一人ではできない弱者」(行政関係者)という現実。深層には「共生の論理」と「弱者が弱者を襲う病理」が行政を挟んでぶつかり合うという構造が垣間見える。
支援団体の間でも、今回の事業の評価は一色ではない。ただ、「将来の爆弾を抱えた片道切符」とみる点では、大半が一致する。
行政サイドでも、この事業の正念場は事業期間が切れる二年後とみる。アパート契約の更新は保証されておらず、それまでに当事者が自立し、転居費用などを賄えるか否かは不透明だ。
生活福祉部の担当者は「家賃の据え置き、生活保護の延長やアパート更新など難題が待っている。新たな予算付けが可能か否か。彼らを路上に戻すことは避けたい」と話すのだが−。
(メモ)ホームレス自立支援法(2002年制定)11条 都市公園(略)を管理する者は、当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、(略)適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。
国連社会権規約に基づく日本への報告審査(2001年、関連分) 委員会は強制立ち退き、とりわけ仮の住まいからのホームレスの強制立ち退き(略)に懸念を有する。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050620/mng_____tokuho__000.shtml