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人民元切り上げ問題がはらむ中国リスク
(2005年5月16日号)
あと10年たてばGDPで日本を追い抜くといわれる中国。米国に匹敵する経済大国になろうとしているが、リスクも潜在している。今後の中国の経済状況をどう読むか。間近ともいわれる人民元の切り上げをきっかけとしたリスクの可能性を解説する。
◇ ◇
毛沢東(マオ・ツートン)が描かれている中国のお札は、単位が「元」。「人民元」と呼ばれるには理由がある。
抗日戦争に続く内戦のさなか、人民解放軍は毛沢東から厳しい規律を求められていた。農民から作物や物を調達する時は借金証文を渡した。解放軍の支配地で流通するこの地域通貨のようなものが、人民元の原型になった。1949年、建国された中華人民共和国は、元に代わり人民元を国家の通貨に昇格させた。
毛沢東時代、通貨は資本主義の象徴で、共産主義社会が訪れれば消滅する、とされていた。それが今や国際通貨の道を進みつつある。人民元の切り上げ問題はその途上で起きた出来事だ。
人民元の切り上げはいつ?
事実上ドルに固定されている人民元に対し、米国は「適正な価値を市場が決める変動相場制に移行すべきだ」と「切り上げ」を執拗に求めている。中国は「より弾力的な制度への改革を研究している」と慎重な構えだ。
中国の貿易額は2004年、1兆1547億ドルとなり、ついに日本を追い越した。貿易黒字は300億ドルを超える。攻勢をもろに受けているのが米国。対中貿易赤字は1500億ドル。さらに拡大する恐れがあり、米国議会は「購買力平価で比較すると、人民元はドルより40%も低く設定されている」と非難している。
中国のGDP(国内総生産)は04年までの10年間で3倍になった。次の10年で日本を追い越す規模になる見通しだ。米国に匹敵する大国になる中国をこのまま放置していいのか。「切り上げ」論には、そうした思いがある。
だが中国も「日本の失敗」を教訓にしている。米国の圧力に屈し、プラザ合意で急激な「円切り上げ」を行い、同時に金融自由化に踏み切り、デフレへと転げ落ちた日本の轍は踏みたくない。
中国は市場経済を進めながらも外貨管理は統制下に置いている。送金など国境を越える出入りは認可が必要だ。経済の安全運転には都合がいいが、統制を続ける限り、人民元は国際通貨になれないし、アジアで経済覇権を握ることもできない。国内で痛みを伴った世界貿易機関(WTO)への参加が、貿易大国への道を開いたように、カネの流れを世界とつなぐ「開放経済体制」は飛躍への条件になっている。
「いつどんな方法を採用するか意表をつくことになるだろう」
温家宝(ウェン・チアパオ)首相は、3月の記者会見でサプライズを強調した。切り上げは時間の問題のようだ。焦点は「いつ」と「上げ幅」である。
「中国は追い込まれて決断することを避ける。自発的に行うなら早いほうがいい」とみる人たちからは、「5月中にも」の観測が流れる。一方、「為替先物市場が国内にないまま、変動相場制につながる切り上げには踏み切れない。市場整備と並行すれば今年中は無理」と指摘する声もある。
元レートは94年からドルに連動している。当時は1ドル=8.7元。現在は8.27元で、変動幅は上下0.3%。この連動幅を3〜5%に広げる、という観測もある。段階的に、時間をかけて徐々に切り上げを行い、変動制に移行してゆくというシナリオだ。
中国にとって都合がいいが、微調整の繰り返しで切り上げ圧力に耐えられるか疑問視されている。
日本が変動相場に移行する直前、1ドル=360円から308円に切り上げられたことがあった。中国も遠からず変動制を受け入れるなら、今から相当な水準調整が必要かも知れない。
中国バブルは崩壊するか?
「10%程度の人民元引き上げでは市場に打ち止め感は出ない」と先進国の市場関係者はみるが、日本経済にはどう影響するだろうか。
一般的には競争上有利と見られがちだが、みずほ総研は昨年行った調査で「30%切り上がっても日本のGDP押し上げ効果は0.3%程度」とみる。日本の景気回復を支える中国の高成長が減速するリスクのほうが怖い、という。
中国製品と市場でぶつかり合う企業はさほど多くない。価格競争を強いられている繊維、家電、機械部品などは、すでに多くが中国に進出。日本企業にとって中国は、生産価格を下げるだけでなく、日米摩擦を回避する迂回の生産拠点にもなっている。
元の引き上げは、輸出企業にはコスト増となる。末端価格に転嫁できなければ採算は厳しくなる。スーパーやコンビニ、飲食チェーンなどサービス業や内需を見込んで進出した自動車産業などには追い風だ。輸入原材料や部品の価格が下がる。しかし自動車メーカーは、「鉄鋼や銅など原材料価格が急上昇している。少しばかり元が上がっても焼け石に水」という。
中国製品が値上がりするなど、消費者にとっても多少影響はあるだろうが、相殺すれば日本にとってさほど大きな影響はない。
ただし、それは通貨調整が中国経済に衝撃を与えなかった場合の話だ。問題はリスク・シナリオが現実化した時だ。都市の不動産バブル、国有企業の赤字、銀行の不良債権など中国には波乱要因が溜たまっている。海外からの投資と高成長が問題の噴出に蓋をしてきた。マネーの逆流が経済の屋台骨を揺るがすことはアジア通貨危機でも経験した。
中国には約1万6000の企業が日本から進出。「中国ラッシュ」に見えるが、中国の人は「日本企業は慎重すぎる」という。中国の統計では04年の投資額(実行ベース)で日本は4番目。1位香港、2位バージン諸島(実質は台湾)、3位韓国。5位は米国だが投資件数では日本を上回り、「台湾経由で投資している企業がかなりあり、実質的に米国は日本より多い」と言われる。
日本が慎重になるのは、中国リスクが無視できないからだ。バブル崩壊から、企業のマネジメントまでさまざまな不確定要因がある。「法治より人治」といわれる中国では、危ない時こそ人脈がものをいう。統制経済は行政の裁量が働きやすい。助ける企業と見捨てる企業を当局が選別することもありうる。「反日」が潜在する中国で日本企業は有利な扱いを受けるだろうか。華人ネットワークがある台湾や香港、いざとなったら政府がバックアップする米国のような安全装置が日本企業にはない。
元がドルと固定され、為替リスクがないことが外国から資金流入を促してきた。人民元の金利がドルより高ければ好都合だ。元の価値が上昇することが確実なら元投資は得だ。国有企業などは香港でドル資金を調達し、持ち込んで元に替える。そうして集めた余剰資金がビルや土地に投資され各地で不動産バブルを起こしている。
過熱経済を心配する当局は金融引き締めに躍起だが、効果が出ないのは、当局の目をかいくぐって流れ込む資金があるからだ。統計で説明がつかないこの種の資金は年100億ドルを超える。密貿易や、海外の子会社との経理操作で投機資金を動かすことはたやすい。
統制はモノやカネが足らない所で有効だが、有り余る経済ではコントロールは難しい。目を光らせても、マネーの流動を止められない。日本のバブル崩壊が、不動産融資の総量規制をきっかけに起きたように、当局が強権発動して蛇口を閉めにかかると、マネーの逆流が起こる。投機資金は臆病だ。危ないと見ると途端にとまり、逃げ出す。
不動産価格の高騰は上海や広州(クワンチョウ)など沿岸部にとどまらず、重慶(チョンチン)、成都(チョントゥー)、西安(シーアン)など地方都市に広がっている。赤字の国営企業まで子会社を通じて投機に走っているといわれる。バブルが弾ければ企業倒産→銀行破綻→経済失速→失業の増大という負の連鎖が始まる。
中国バブルの崩壊は、きっかけが予測もつかない。元切り上げに当局が慎重なのも、引き金になることを恐れているからだ。
13億人の中国が混乱すれば世界が揺さぶられる。最大の問題は失業だろう。高成長の現在でさえ3億5000万人の「不完全就労」がある、と推計される。高成長が挫折すれば、億単位での失業の増加も予想される。職を失った人が周辺のアジア諸国に流出し、人口流動に拍車がかかる。
08年の北京五輪、10年の上海万博までは成長は持続する、と見られているが希望的観測の域をでない。桁外れに大きな隣国の混乱は他人事では済まない。
(編集委員 山田厚史)
http://www.asahi.com/business/aera/TKY200505170152.html