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書評:ビル・マッキベン『人間の終焉』(河出書房新社) 小泉義之
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投稿者 とっぽ 日時 2005 年 11 月 15 日 15:46:52: OhNus5n6NGOT.
 


●哲学者小泉さんの書評がグット。
 この本に限らず、小泉さんの本にはぐいぐい引き寄せられるものがあります。。

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書評:ビル・マッキベン『人間の終焉』(河出書房新社)

小泉義之

『図書新聞』2747号掲載、2005/10/22

 類書に比して、まともな本である。主張と論拠は明快である。同趣旨のフランシス・フクヤマやハーバーマスの書に比して、率直に書かれている分だけわかりやすい。科学技術の現状も過不足なく紹介されている。今後の議論の出発点になる。そして、大澤真幸による「解説」が付いている。読んで損はない。

 主張はこうである。生殖系列操作は、始まってしまえば止められなくなる。戦略的判断だけになって、道徳的判断はかき消されてしまう。このテクノロジーを止めるのは、今しかない。人間を改造して人間を終焉させんとするポスト・ヒューマニズムは間違えている。「人びとはこのままでOKだ」。

 論拠の幾つかはこうである。第一に、生殖系列操作は、「理屈の上では」遺伝病予防に使える。「しかしそんな必要はない」。胚のスクリーニングを行なえば、「すむからだ」。「仲良しだった友だち」は、遺伝病の嚢胞性繊維症だったけれども、同病の子どもが生まれてこないようにできる。胚の選別は、生殖系列操作よりは「まし」である。第二に、「一六歳になって、どうしたわけか幸福を感じたとする」。遺伝子操作されていたなら、その幸福感が、初恋のせいなのか、人工遺伝子がセロトニン生産量を高めたせいなのか、疑惑に襲われる。疑惑が自分のものなのか確信がもてなくなる。ノイローゼや自己懐疑に陥る。第三に、ロボットに仕事を奪われると、人間は「永遠の引退生活」に入る。人生の意味を喪失する。だから、テクノロジーを統制しなければいけない。「銃を放棄した日本」などの経験に学ぶなら、それは十分に可能である。

 さて、私は、マッキベンの主張も論拠も間違えていると考えている。他方で、マッキベンが標的としている科学技術者の言動も馬鹿げていると考えている。一方が科学技術の将来をめぐってハッタリをかまし、他方がハッタリを真に受けて警鐘を鳴らすといった構図はそろそろ終わらせるべきである。

 マッキベンは、生殖系列操作以外に「遺伝病の治療を目指すルートは、ほかにたくさんある」と書いている。まったくその通りだ。ところが、本書にはスクリーニングのことしか書かれていないのだ! しかも、胚の選別による遺伝病絶滅計画は、優生運動であり、病人差別であり、経済的にも効率的ではないし、そもそも実行不可能である。本来考えるべきは、遺伝病の症状を癒すために、いかに科学技術を善用できるかである。生殖技術系列操作が直接的に寄与するなどと「理屈の上」でも私は思っていないが、そうであっても、考えるべきは、間接的にでも寄与する可能性があるか否か、可能性がある限りで肯定するか否かである。科学技術の価値中立性を信ずるナイーヴな主張だと揶揄する向きもあろうが、争われるべきは、科学技術の善用と悪用を区別する基準である。

 他の論拠についても、指摘すれば切りがないが、ハッタリを無批判に繰り返しているところや余りに浅はかなところが多すぎる。「攻撃性」遺伝子や「幸福」遺伝子なるものの存在を信じ、親が子育てするのは「自分の遺伝子を受け継がせる」願望のためであると信じているところ、江戸期日本が銃を全面放棄したなどと鵜呑みにしているところなどである。

 とはいえ、マッキベンの主張に、肯定されるべき面はある。科学技術の暴走に歯止めをかけるべきなのはその通りであろう。しかし、為されるべきは、「このままでOKだ」といった自己満足感を吐露することではない。科学技術研究を駆動する制度に対して批判的立場から内在的に介入することである。また、科学技術の進展に対応して、侵害してはならぬ人生の局面とは何か、親の子どもに対する義務とは何かを問い直すべきなのはその通りであろう。しかし、ハッタリのほとんどは、現在の支配的イデオロギーの再現でしかない。生殖系列技術をめぐるハッタリ、すなわち、優生運動の夢想の一つは、容姿に優れ精神能力と身体能力に優れた「自分の」子どもを作ることであるが、それは要するに、現在の市民の願望にほかならない。現在の市民は、優れた市民に性的魅力を感じ生殖相手に選ぶことを通して、「自然に」優れた子どもが生まれることを願望している。しかも、子どももそのことを十分に思い知らされて弁えている。この願望を手付かずのままにして、生殖系列技術を批判できるわけがない。本当に争われるべきは、不平等や差別に寄りかかった先進国市民の生活が、「このままでOK」か否かである。

 最後に、晩年のデリダを想起しておく。「仲良し」をめぐる戸惑いは、人間の運命や限界を何とかしたいのに、どうしようもないという経験である。人間の肉体を変えたいのに、変えなければ救えないのに、途方に暮れてしまう経験である。そして、生まれ来る「仲良し」をめぐる戸惑いも、決めろと急かされようが、決めようがないという経験である。これが、不可能なものの経験、アポリアの経験である。だからこそ、不可能なものを、よしんば最悪のものであっても、絶対的に歓待することが、まさにそれだけが、人間の脱構築を可能にするのだ。ここに、脱構築とは、単なる推進でも単なる停止でもない。解体しながら構築し、構築しながら解体することである。ドゥルーズのいう実験的な生である。「このままでOK」と口にできる市民には見えないだろうが、<人間の終焉>に希望を見出す人間が現に生きているからこそ、<人間の終焉>は終焉しないし、歴史は終焉しないのだ。


UP:20051017 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2005/1022ky.htm
◇小泉義之 

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