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2005年11月5日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.347 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第223回
「先の見えない季節」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第223回
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「先の見えない季節」
11月を迎えると、アメリカ東海岸は急いで冬支度に取りかかります。とりわけ今
年は人々の様子には先を急ぐような風情が感じられるのです。10月31日のハロ
ウィンが終わると、通常は11月下旬の感謝祭の支度を始めるのですが、今年の場合
はもう一足飛びに「クリスマス商戦」というムードも漂ってきました。
ハロウィンの翌日から、住宅街ではクリスマスの電飾に灯をともしている家がある
のです。例年では考えられないことで、よほど気の早い人たちなのかと思っていまし
たら、ショッピングモールへ行ってみると、こちらもBGMはクリスマスの音楽なの
です。恐らくは、ここ数年来最大の消費が期待される一方で、景気がある種のピーク
を打ちつつある雰囲気もあり、とにかく「一日でも早く売っておこう」という小売業
界の心理があるようです。
景気ということでは、長い間低金利を背景に「右肩上がり」の続いていた住宅販売
も、ここへ来て「今度こそ」天井というムードが漂ってきました。そういえば、金利
そのものを決めるFRBの議長職に関して言えば、18年という長期にわたって任に
あったグリーンスパン氏の退任が決定しました。後任には元プリンストン大の教授で、
現在は大統領経済諮問委員会委員長のバーナンキ氏が決まり、当面市場は好感してい
ますが、やはりグリーンスパンという存在が去っていくことは、ある種の「季節の終
わり」を感じさせます。
季節感ということでは、惨事の続いたハリケーンシーズンもここへ来て一段落とい
う感じですが、東北部では「今年の冬は寒そうだ」「いや、今からそんなことを言っ
ていては本当に寒い冬になるから言っちゃいけない」などというのが、日常会話に
なっています。実際の気候について言えば、今週あたりでは北アメリカ大陸は中部を
中心に、季節はずれの暖気が南から押し上がっていて、記録的な暖かさになっている
のですが、11月初旬としては、先の見えない季節感に他なりません。
先の見えなさ加減ということでは、その最たるものはブッシュ政権でしょう。特に
先週から今週にかけては、様々な動きがあり、TVも雑誌も新聞も「二期目の大統領
が直面するスランプ現象」として、レーガン二期目の「イラン・コントラ事件」、ク
リントン二期目の「モニカ・スキャンダル」と並べて論評されています。まさに政権
としては危機的な状況にあります。
まず、ハリー(英語読みではハリエットですが、親しい人々はハリーとフランス語
読みにしていました)・マイヤース最高裁判事候補の問題です。保守派判事の候補だ
という触れ込みでブッシュの指名を受けながら、民主党からだけでなく、宗教保守勢
力からも「保守ではないのではないか?」というイチャモンがついて、上院での承認
が難航しそうな雲行きの中、結局は指名辞退に追い込まれてしまいました。
この後お話しするホワイトハウスでの「CIA工作員の身分漏洩スキャンダル」で
起訴される人間が出てからでは、政治的に完全に守勢に回ると判断したのでしょう。
ホワイトハウスとしては、マイヤース女史の辞退をすんなりと受け入れた格好になり
ました。最高裁判事候補の指名というのは、アメリカの大統領に付与された極めて重
大な権限だとされています。その指名した候補が、辞退に追い込まれたのですから、
これは政治的失点に違いありません。
さて「マイヤース辞退」の次は、「CIA工作員漏洩疑惑」です。結局のところ、
今週の時点では大統領補佐官のカール・ローブは起訴には至らず、陪審員を選任し直
して「継続捜査」ということになりました。その代わり、チェイニー副大統領の主席
補佐官であったルイス(スキッパー)リビーという人物が偽証罪などで起訴されたの
です。
リビー前補佐官は起訴と同時にただちに補佐官を辞任しましたが、3日に行われた
罪状認否では、司法取引を拒否して「無罪」を主張、有罪か無罪かをかけていよいよ
本裁判に持ち込まれることになりました。前後して、この事件の捜査を指揮している
パトリック・フィッツェラルド特別検察官は「漏洩の有無で立件すると、国家機密の
カベにぶち当たって法廷が進まなくなる恐れがあります。そこで、偽証罪や司法妨害
で立件したのです」と記者会見で表明して、一躍「時の人」となっています。
さて、このリビー起訴という激震に襲われたホワイトハウスは、少しでも「政治の
停滞」を起こしてはマズイと踏んだのでしょう。辞退したマイヤース女史に代わる最
高裁判事候補として、サミュエル・アリート氏を指名しました。マイヤース女史が
「判事経験がない」「保守かどうか疑わしい」ということで潰された以上、「連邦巡
回裁判所判事など判事経験が豊富」「イタリア系でカトリックの影響が強く保守的」
だというアリート氏ならば「大丈夫」と踏んだのでしょう。ですが、民主党は、指名
が発表されると「フィルバスター(審議妨害)」を使って、このアリート指名を潰す
というような構えを見せています。
そんな政局の中、ブッシュ大統領の支持率は下がり続けています。10月中旬の世
論調査では、40%の大台を割るという数字が世界を驚かせましたが、11月に入っ
ても低迷が続き、2日から3日にかけて行われた世論調査でも35%(CBS)37
%(AP)、39%(ワシントンポスト)という状態です。これは危機的な数字に他
なりません。
思いもかけない危機が進行する中、ブッシュ政権は反撃することができていません。
とりあえずは、メディアの関心を他に振り向けようとする、そんな対応に終始してい
るようです。例えば、今週は、英国のチャールズ皇太子とカミラ妃の、再婚後初の訪
米がありました。ホワイトハウスでは、内輪の昼食会と、大がかりな準国賓ディナー
という二段構えで臨んでいましたが、これもCIA関連の事件報道からTVニュース
の関心を一時的でも逸らそうという意図もありそうに見えました。
今週のもう一つの大きなニュースといえば、ローザ・パークス女史の死去という事
件でしょう。1955年に人種差別の続くアラバマ州モンゴメリーで、白人専用のバ
スの座席に座り続けたために逮捕され、この事件を契機に、60年代の公民権運動へ
と黒人コミュニティが立ち上がったのです。パークスは歴史を変えた勇気ある女性と
いうことで、その後は公民権のシンボルになっていきました。
小学生の子供に読ませる偉人伝や、社会科教科書には必ず登場することから、正に
国民的英雄と言って良いのでしょう。歴史上の人物としての知名度はトップクラスの
存在です。その死去は92歳という大往生で、アメリカ社会に静かな服喪のムードを
もたらしました。激しい意志とは裏腹に、穏やかで知的な語り口のインタビューのテ
ープは何度もTVで取り上げられました。また老境を迎えたパークス女史が淡々とし
た微笑みを浮かべながら、問題の「バス」の席に座って過去を振り返っている写真な
ども、どのTV局も繰り返し映していました。
そのパークス女史へのブッシュ大統領の対応は、やや異例といって良いでしょう。
異例というのは、保守派で黒人票を意識せずに当選した大統領にしては、強めの対応
をしているという意味です。自身が追悼のスピーチを発表していましたし、遺体を国
会議事堂に安置して一般の弔問を受けるという民間人としては最高レベルの弔意が示
されています。
また、全国的に半旗が掲げられましたが、テロや戦争でなく、またレーガン大統領
のような保守派の政治家でもない、公民権の「母」の死を悼んでの半旗というのは国
のムードを落ち着かせたように思います。ただ、私の住むニュージャージーでも、学
校などを見ていますと、半旗にするところと、しないところがあり、一斉というわけ
には行かないのです。その意味では人種問題というのは現在進行形の政治課題なのだ
と思い知らされました。また、それだけにブッシュ政権の弔意の示し方には、ある種
の意図が感じられるのです。
どうやら、ブッシュは本気で「中道」にシフトして残りの任期を全うしようという
戦略のようです。この先の見えない政局を解く一つの鍵はそのあたりにありそうです。
4日の金曜日、NBC朝の『トゥディ』では、共和党サイドを代表して元ニクソン政
権のスピーチライターであったパット・ブキャナン氏、民主党側からはクリントン政
権の報道官だったディディー・マイヤース女史が出演していました。
ブキャナン氏は、今回のハリー・マイヤース判事候補の選択に真っ先に噛みつくな
ど保守派で知られますし、逆にディディー・マイヤース女史は、クリントン政権のネ
オリベラルな性格を代表していた存在の一人です。通常ですと、この二人の組合わせ
は激しい言葉の応酬になって正に国論の分裂の象徴という感じになるのですが、今回
は違いました。ほとんどの点に関して、見解が一致していたのです。
左右両派の二人が口を揃えて言うのは、ブッシュの生き残る道は「ただ一つ」で、
それは、これ以上極端な政策を取らないこと、12月に向けてイラク新秩序が曲がり
なりにも見えてくること、そして1月の年頭一般教書でとにかく前向きな言い方で米
軍の撤退を発表するところまで漕ぎつけること、だというのです。
言うことが全く同じなのでディディー・マイヤース女史は苦笑しながら、「でも難
しいと思いますよ、その点では少しブキャナンさんとは違うと思いますけど」と言っ
ていましたが、これを受けたブキャナン氏も「難しいということでは私も同じ」と
言って苦笑していました。要するに、左右両派に叩かれながらでも、イラク撤兵を含
めた中道政策の細い道を歩き続けるしかない、それがブッシュの生き残る道で、その
ほかは地獄が待っているとでもいうような口ぶりでした。
議会民主党は、そのような情勢を受けて、ある種のシナリオに沿って動き出しまし
た。まず最高裁判事の指名問題では、保守色の強いアリート氏の承認にはまず審議拒
否戦術をちらつかせています。これに対して共和党が「ニュークリア・オプション」
という議会慣行を無視した強行採決で対抗することを匂わせると、ネゴを行って承認
プロセスを年明けに先送りすることに成功しました。1月の時点でイラク情勢がパッ
としない場合は、この問題を対立の焦点に持って行けば、ブッシュに「右寄りに過ぎ
る」というレッテルを貼って追求しようという構えです。
民主党が年内に優先しているのは、CIA工作員身分の漏洩事件を追究することで、
イラク戦争の「開戦の口実」を崩そうという作戦です。ローブ疑惑の進行、そしてリ
ビー前補佐官の起訴、更には陰謀へのチェイニー副大統領の関与疑惑と、問題が進む
につれて、ホワイトハウスの違法行為だけでなく「フセインの核疑惑」という200
3年のバグダット侵攻に至る口実が崩せるのではないか、つまりイラク戦争という
ブッシュ政権の最大の施策の正当性に切り込もうとしているのです。
今週には、上院民主党は「安全保障上の理由」から「議会の秘密会」を提案し、共
和党に同意させています。内容はベールに包まれたままですが、起訴されたリビー補
佐官の疑惑、ローブ補佐官の疑惑を通じて、イラク戦争の「理由」そのものを問い直
す激しいやりとりがされたようです。
どうやらイラク撤兵は不可避の情勢です。それがブッシュ主導の「成果を伴った勝
利のストーリー」になるのか、民主党などによる「開戦の口実すら崩れる中での敗北
のストーリー」になるのかは、五分五分といったところでしょう。そして、どちらに
転ぶかはCIA工作員身分漏洩に関する「ワシントンでの裁判」の動向と、イラクの
戦闘における「米兵の死者数」で決まるという実に奇怪な状況となりました。
ただ、昨年のようにブッシュが「不退転」を叫び、民主党が「絶対反対」を叫んで
いた不毛な状況からは大きく変わっているとも言えます。余りにも遅ればせではあり
ますが、イラク侵攻の失敗に気づく中で、ようやく現実論としての「撤退」や「安全
保障や諜報をめぐる政治の信頼回復」へと、野党も、そしてブッシュ政権も目覚めつ
つある、そんな言い方も可能でしょう。
見方を変えれば、これからの政局は「中道らしさ」をもった「具体的な政策」を
ブッシュ側、民主党側のどちらが出せるかが勝負になってくるのだと思います。そし
て、双方ともに困難を抱えているのです。まずブッシュの側は、宗教保守を納得させ
てしかも右に寄りすぎない政策(例えば判事の人選)という問題を抱えています。逆
に民主党の側にも大きな弱点があります。それは「CIA」がらみのスキャンダルが、
どこか陰謀のにおいがして常識的な世論の「怒り」を買うところまで持って行けるか
が、今ひとつ判然としないのです。
今回の「疑惑」では、簡単に言えば「CIA」が「善玉」で、ホワイトハウスが
「悪玉」という構図なのですが、それが今ひとつわかりにくさになっています。しか
も、スパイを秘密にしておくことが正義というあたりが、どうもシャキッとした話に
なりにくいのです。例えば「イラン・コントラ」の場合は、CIAがそれこそ信じら
れないような陰謀を実行したとして世論が沸騰しましたが、今回の「疑惑」では「中
道」の人たちを本当に怒らせるところまで持ってゆけるかは、まだ分かりません。
例えば、今週はワシントンポスト紙のスクープとして「世界八カ所にCIAが超法
規的な容疑者収容所を持っている(た)」という暴露があり、騒ぎになりましたが、
この報道がホワイトハウスを利するための計算の上で「CIAの印象を悪くする」こ
とを狙ったものだとしても、そしてその効果がある程度はあるにしても、とにかく世
論にとっては「怪しいスパイ組織の話」であり「分かりにくい」印象は消えないので
す。
ブッシュ大統領がローブ補佐官の辞任を回避できないか、あるいは先延ばしにでき
ないか、という曖昧な姿勢を取っていられるのも、この「スキャンダル」が中道の人
々には「リアリティ」がないままウヤムヤにできるかもしれない、そんな一縷の望み
を持っているからなのかもしれません。
そのブッシュは11月4日には、米州サミットに参加のためにアルゼンチンを訪問
しています。NBCの報道では、アルゼンチンでは反ブッシュデモが暴徒化するのを
恐れて厳戒態勢が敷かれているが、それでも会議の席上では、反米で知られるベネズ
エラのシャベス大統領の大演説が待っているのだから、ブッシュにとってはロクなこ
とはない、そんな冷淡な扱いでした。デモがいよいよ激しさを増してからのCBSラ
ジオの現地からの報道では、記者が「これは反サミットのデモではありません。反ア
メリカ、反ブッシュのデモです。それも大変に激しいのです」と伝えていました。
外交ということでは、日本にとっても12月の京都会談、1月のワシントン会談が
近づいています。ですが、この欄で申し上げた通り、日米関係にとっては、今は譲歩
するタイミングではないと思います。BSEにしても、原子力空母にしても、普天間
移転にしてもそうです。第一に、相手が苦況に立っている時に譲歩すれば感謝される
というのは間違いだからです。何故ならば、この苦境はホンモノなのですから、問題
そのものを解決する方向で外交を進めるべきでしょう。横須賀と沖縄の問題について
言えば、米国のホンネはプレゼンスを下げたいのです。イラクの問題は何よりもコス
ト負担として米軍に重くのしかかっているからです。ですから中国との無用な緊張を
下げることが、米国の苦境を助けることになるのでしょう。
BSEの問題に関して言えば、今のアメリカは鳥インフルエンザ(バード・フル)
の見えない影に怯えています。とにかく国境を越えた伝染病に関しては、極めてナー
バスになっているのです。その一方で、アメリカからの輸入を再開するという譲歩は
いかにも不自然です。譲歩すれば、アメリカの農業団体は短期的に喜ぶでしょうが、
そんな邪道ではなく、長期的な食の安全を共同研究するというのが「同盟」にはふさ
わしいと思います。それ以上に、現時点での外交的譲歩をしても「相手が政治的に消
えてしまう」危険が相当にあると覚悟しなくてはなりません。
先の見えない季節には、小手先のマキャベリズムは通用しないと見るべきでしょう。
その意味で、選挙の勝利によって得た権力がかえって足元を怪しくしている小泉政権
よりも、現実的な中道ポジションをだれが占めるかで争っているアメリカの政局の方
が「まだまし」という見方もできます。そのぐらいブッシュのアメリカは追いつめら
れているのですし、同時にそのぐらいのことをしないと再生しないということに、人
々も気づきつつあるのかもしれません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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