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「つづきのつづき 陰の権力組織に関する暴露本は何故出版されたのだろう」で申し上げたことは、そっくりそのままマインドコントロールについても当てはまると思います。問題のポイントはマインドコントローラー達が、悪魔になりきってしまっているのか、それとも悪魔そのものにはなっていないのか、ということだと思います。つまり、マインドコントローラー達が、完全に人間であることをやめてしまっているのか、まだ人間としての心がひとかけらでも残っているのか、ということです。
マインドコントローラー達が、人間の心を完全になくしてしまっていて、悪魔そのものになりきっているとしましょう。悪魔の仕事は物事を破壊することです。悪魔は、物事を破壊することによって、喜びを得たり、幸せな気分になったりするものです。ところで、マインドコントロールというものは、マインドコントローラー達が表向きにどんなに立派そうな目的を掲げているとしても、人間の精神を破壊するものであって、結局は、被害者の人間そのものを破壊しようとするたくらみ以外の何物でもありません。もしも、ある人が完全にマインドコントロールされてしまった状態になってしまったら、悲しいことにその人の人間性は破壊されてしまったことになるのです。そうなると、悪魔の仕事は物事を破壊することですから、今度はまた新しいターゲットを探し出すことになります。そういうことが、どんどん拡大していくと、やがては、世界中の人間がマインドコントローラー達のターゲットになるということになります。そうなった時点で、悪魔は突然、虚しさに襲われることになります。俺達の仕事はもうなくなってしまった、この世に破壊するものがなくなったのだから、俺達は失業してしまった、もう俺達の喜びも幸せもどこにもないという虚しさです。こうなると、悪魔の存在意義はなくなってしまうわけです。こうして、人類の滅亡が達成されることになります。それと同時に、悪魔自身もこの世から消え去っていくことになります。
それでは、マインドコントローラー達が悪魔になりきってしまっているのではなく、マインドコントローラー達の心に人間の心のひとかけらでも残っている場合だったらどうでしょうか。この場合は、彼らの心の無意識から反動的な作用が生じてきます。あまりにも長い間、非人間的なことを繰り返してやっていると、極端な方向にぶれすぎたことから、ある心の調和を取り戻そうとする働きが、どうしてもその人の無意識で生じてくるのだと思います。たとえば、竹か何かを折り曲げていくと、やがては、すさまじい勢いで元に戻ろうとします。その反発力は、結構激しいものです。それと同じように、人間の心もある一方の側に偏りすぎると、すさまじい反発力で元に戻ろうとする力が働くのではないでしょうか。特に、非人間的なおこないに熱中しているような人々にとっては、この反発力は無意識的に生じてきます。人間として、このような行為に耐えられるものではないからです。これは、あくまでもマインドコントローラー達に人間の心のひとかけらでも残っている場合のことです。その反発力とは、次のようなものでしょう。もう一度、人間にたち帰れ、と。
ですから、マインドコントローラー達がやっていることについて、二つの場合に分けて考えてみると、このようになります。彼らが、人間の心を喪失してしまっている場合は、科学技術の発達(コンピュータ・監視衛星など)によって、悪魔が世界支配をたくらむための道具がそろいつつあるようですから、人類は滅亡へと一気に突き進んでいくことになるでしょう。マインドコントローラー達に人間の心のひとかけらでも残っている場合は、初めて人類に未来の希望が生まれてくることになると思います。
マインドコントロールなどというものが許せないのは、被害者に対する残忍で非人間的な仕打ちとともに、加害者自身の人間性がそのような行為に手を染めることによって既に壊れてしまっている、ということです。
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