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JMM [Japan Mail Media]  「次の季節の野球へ向けて」 冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 10 月 30 日 03:38:11: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2005年10月29日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.346 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第222回
    「次の季節の野球へ向けて」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第222回
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「次の季節の野球へ向けて」

 2005年10月26日をもってアメリカのプロ野球は一年を締めくくりました。
一夜明けた27日からはもう次の季節へ向けて、人事を中心とした動きが本格化して
います。不思議なもので、たった一日の違いで、もう激しいポストシーズンの戦いの
余韻は消えてしまいました。TVのスポーツ局は、フットボールとアイスホッケーの
中継に埋め尽くされ、季節の変化を告げています。

 それにしても印象深いポストシーズンでした。再三この欄でもお話ししてきた「ス
モールボール」が完全に流行語になり、こともあろうにワールドシリーズを制覇して
しまったのです。バントや走塁を中心に「細かな作戦」を取り混ぜて試合の主導権を
奪う、そんな「スモールボール」がアメリカ野球の主流に躍り出てしまった、つまり
はそういうことです。ワールドシリーズ最終戦の優勝を決めた決勝点が、送りバント
をきっかけにした「1点」だったというのは、何とも象徴的なシーンでした。

「スモールボール」といえば、優勝したホワイトソックス、特に二番打者の井口選手
の印象が強いのですが、他のチームにも大きな影響を与え始めています。例えば、ワ
ールドシリーズでは4連敗してしまったものの、ヒューストン・アストロズも苦労人
のフィル・ガーナー監督の指揮下、大型攻撃だけではなく、バントを絡めた細かな作
戦を好むチームです。ベスト4で敗退したカージナルス、エンゼルスも同じで、大型
の攻撃と精緻な作戦を組み合わせた統合型のチームです。

 一方で、ベスト8の時点、つまり地区シリーズで敗退した、ヤンキース、レッド
ソックス、ブレーブス、パドレスに関しては、旧態依然とした大味の野球だったとも
言えるのでしょう。この4チームに関しては、今回のプレーオフは正に惨敗でした。
負けたチームのファンには怒る気力もない、本当に「やられた」という印象が残って
いるのです。

 例えば、正に惨敗を喫したヤンキースですが、チームへの激しい愛で知られるオー
ナーのジョージ・スタインブレーナーは「敗戦の弁」の中でエンゼルスの敵将ソー
シャ監督を賞賛する有り様でした。この欄でもお話ししたように、士気という面、そ
して「スモールベースボール」という作戦の面で、明らかにエンゼルスはヤンキース
を圧倒したのは間違いありません。

 この「スモールベースボール」ですが、どうして今年突然流行し始めたのでしょう。
まず大きいのが日本野球の影響です。外国人選手として日本でプレーした際に、日本
式の細かな作戦を身につけ、アメリカに帰ってからそれを広める、そんなキャリアを
もった監督が増えてきたのも一因でしょう。ただ、こればかりが理由ではありません。
例えば、今年まあまあの成績をあげたアスレチックス(元中日のモッカ監督)やフィ
リーズ(元ヤクルトのマニエル監督)は、それほど細かい野球はしていません。

 アメリカでよく言われる説明は、ステロイド問題というスキャンダルの結果、筋力
に頼った打撃が減って、その分「スモール」というスタイルが前面に出てきた、とい
うものです。例えば今年の大リーグ全体では、ホームラン数は以前より減っています
し、本塁打王の記録も60本とか70本というのは出にくくなっているのです。結果
的に本塁打に頼れない分「スモール」に流れているというのですが、ただ、この説明
も今ひとつ怪しいようにも思います。本塁打の減少は、投手全体の若返りと、中継ぎ
の大幅なレベル向上が主因のように思われるからです。

 私には「スモール」が流行し、選手権を制した理由は「コミュニケーション」にあ
ると思います。監督以下で精緻な作戦を決定し、それを選手が意図も含めて理解し、
いや理解するだけでなく積極的に動き、一球ごとに変わる状況に応じてその作戦を変
えて、最終的に囲碁将棋のように相手を追いつめていく、そんなチーム内のコミュニ
ケーション、そしてそれを一球ごとに追ってゆく観客とのコミュニケーションが成立
しはじめているのです。

 今回のポストシーズンをTV観戦していて驚いたのですが、シカゴ市南部にある、
ホワイトソックスの本拠地「USセルラーフィールド」では、序盤戦で一番のポセド
ニック選手が出塁し、二番の井口選手が送りバントを決めると、球場全体が揺れるの
です。井口には惜しみない拍手が送られ、アウトになってベンチに戻ると「良くやっ
た」とオジー・ギエン監督以下、選手たちがハイファイブ(ハイタッチ)で迎えられ
るのです。

 以前のアメリカでは(ニューヨークやボストンなどでは今でもそうですが)信じら
れないことです。まず序盤にそんな消極的な攻撃を見せられては「カネを払って見て
いるのに……」と観客から文句が出ます。また高額契約をもらってプレーしている
「レギュラーの二番打者」が「サクリファイス(自己犠牲)」をするということが観
客にも本人にも理解不能なのです。

 この「自己犠牲はおかしい」という文化、一見すると「個の確立した大人の集団」
のように見えます。ですが、いざ勝負になってしかも負けてみると、要するに「大人
の選手」を大事にしているようでいて、実はコミュニケーションをさぼって、お互い
に遠慮がちの野球をしていただけだということになるのではないでしょうか。

 とにかく、勝負には結果がつきもので、その結果は敗者にはあくまで残酷です。
「自己犠牲」云々に関しても、ニューヨークやボストンの観客や選手は最後まで分か
らなかった、そしてその結果の敗戦に至った、ということなのだと思います。

 勿論、送りバントをしないというチームの方針もあって良いと思います。その場合
は、序盤から「送ってくる」チームに対しては、バッテリーを中心に選手たちが一丸
になって「なあんだ、1点で良いと思っているんだ。ナメやがって、こっちは2点
だって3点だって取ってひっくり返してやるぞ。1点ぐらいくれてやるさ」といって
かかれば、互角に勝負が出来るのです。

 ヤンキースやレッドソックスなどが、「スモールベースボール」の前に惨めにもチ
ームの崩壊といって良い負け方をしてしまったのは、そうした精神的な「コミュニケ
ーション」の問題もあるのかもしれません。前回この欄で野球のお話をした時にも申
し上げたのですが、「コミュニケーション」の活性化という問題は、野球にとって本
当に大切なようです。

 今シーズンに関して言えば、アメリカのシリーズを制覇したホワイトソックスも、
日本シリーズを制覇したマリーンズも、外国人監督が統率していたという不思議な共
通点があります。コミュニケーションが大事だと申し上げている一方で、この現象は
どう説明したら良いのでしょう。日本のチームなら日本語、アメリカのチームなら英
語が主要な言語のはずで、そのリーグの言葉を母国語としない監督の統率が成功した
のは何故なのでしょう。

 一見すると、選手の「個の尊厳」を重んじたバレンタイン監督、勝利への執念を緻
密な理論と感情の爆発で、選手に伝えまくったベネズエラ人のギエン監督、それぞれ
の強烈な個性が「言葉の壁」を打ち破った、つまり言語はハンディだったが、それを
越える思いや内容があった、そんな風に見えます。

 ですが、私は日米における外国人監督の成功に、それ以上のものを感じました。も
しかすると、日本語を通じた日本野球、英語を通じたアメリカ野球というものが行き
詰まっているのではないか。日米ともに、野球文化が、野球の現場における言語が行
くところまで行き、成熟しすぎて退廃しているのではないか、そんな思いがあるので
す。

 例えば、バレンタイン監督が通訳を介しながら、しっかり選手の目を見据えて「君
なら出来る、君を信頼している」と言えば、その意味がそのまま選手のハートに届く
のでしょう。その一方で、日本人監督が「君なら出来る」といっても、その監督と選
手の長い間に培われてきた信頼や不信の文脈の中では「本当にハートに届くメッセー
ジ」は成立しにくいのかもしれません。

 いや実際に(これはシリーズ後ですが)阪神の岡田監督が大リーグ移籍を直訴して
いる井川慶選手に対して「君は大リーグでは通用しない。藪(投手、2005年はア
スレチックスに在籍)のようになる。藪は先発もできなかったし、第一日本からのエ
ールも来てないじゃないか」と言ったというのです。

 残留を心から願っているのなら、来季もこの選手とプレーしたいはずです。それを
このような相手を傷つけて自分もイヤな気持になるようなネガティブなコミュニケー
ションで済ます、しかも、そんなセリフが平気でマスコミを通じて流出する、それが
現在の球界における「日本語」だとしたら、これこそ正に野球文化の行き詰まりと言
うべきでしょう。岡田監督は決してコミュニケーションの下手な監督ではないですか
ら、これは決して個別の問題ではないと思われます。言葉が通じすぎるので、かえっ
て関係が上手くいかなくなるとでも言いましょうか。

 同じようなことは、アメリカにもあります。アメリカの場合は逆で、監督がプライ
ドの固まりのような選手に気を遣いすぎるのです。試合後にメディアの長いインタ
ビューを受ける中でも、本当に選手をかばい何もかもをきれい事で済ますのです。勿
論、ギエン監督も選手への感謝を語らせたら、本当に熱い思いを滔々と語る人です。
ですが、時に落胆すると激しく叫んだり、物を投げたり(人にはぶつけませんが)、
ホンネをむき出しにしたコミュニケーションのスタイルがあり、それが新鮮なのです。

 ですが、激情を露わにするという、ギエン監督ですが、人間心理に関しては実に大
人な面を持っています。例えば、井口選手とのコミュニケーションに関しては「試合
やプレーが上手くいっているときは、お互いにカタコトの英語とジェスチャーで足り
るんですよ。でも、自分がカッカしてるときは、誤解があってはまずいですから、冷
静になって通訳を入れるようにしているんです」とシカゴの新聞の取材に対して語っ
ています。

 冷静なときに通訳を使い、カッカしたら面倒な会話はしない、そんな凡人の陥りそ
うなパターンの正に逆を行っているのですから井口選手も本当に良い指導者に恵まれ
たものです。実際問題として、ホワイトソックスの勝利に関しては、「国際的なチー
ム」の勝利だと言って良いでしょう。アメリカ式の「お高くとまった個人主義」とは
違う、各国文化のゴッタ煮的活力がチームの士気の土台になっていたのでしょう。

 ヤンキースの場合などは正にその逆で、いくら国際色があるといっても英語を中心
としたお行儀の良いムードが全体を支配しています。子供の学校にたとえれば、無口
な優等生の学級委員(ジーター、松井、ポサダ)と、これまた無口な転校生(Aロッ
ド、シェフィールド)がシーンとした教室で、威厳はあるが優しくて物静かな先生
(トーリ監督)の授業を受けている、といった風情なのです。

 日本のジャイアンツも、原監督が復帰して早々の秋季キャンプで「早朝の体操や散
歩」を義務づけたとして、「何もしなかった堀内監督よりも良い」と言われています。
ですが、一国一城の「主」というべきプロ野球の一軍選手が監督の指示と「世論の重
圧」の中で黙々と早朝の散歩をしているとしたら、来季を待たずして勝負に負けてい
る、勝負の世界というものはそんなものではないのでしょうか。

 いずれにしても、日米ともに野球というスポーツが成熟し、自国の言葉や文化だけ
では行き詰まりを見せているのです。井口選手の鍛えられた基礎力がホワイトソック
スの二番打者として必要だったように、様々なキー・ポジションで日本式の精緻なプ
レーを体得した選手が求められています。

 現時点では、ホークスの城島捕手がFA宣言して大リーグに移籍するかどうかが話
題になっています。城島選手の場合は、アメリカに渡れば捕手として日本人初となる
わけで、英語の問題が大きいだろうと言われていますが、私に言わせれば日本の捕手
のノウハウは、しかも他でもない城島選手の持っているノウハウは、それこそアメリ
カの野球変革に必要な財産なのだと思います。

 ギエン監督が成功したように、バレンタイン監督が成功したように、他でもない野
球への情熱と精緻な作戦を「母国語でないからこそストレートに伝えられる」そうし
た時代が来ているのです。そのコミュニケーションの要である捕手が、日本野球の技
術ノウハウを引っさげてアメリカのチームに招聘される、それは実に自然な流れなの
だと言うべきでしょう。

 確かに英語は必要です。基本的に「前向き志向」のコミュニケーションスタイルは
学ぶべきでしょう。ですが、コミュニケーションで受け身になってはダメです。自分
の身体に染みついた日本の精緻な野球理論、そして自信の才能で体得した勝負勘や人
間心理の洞察力は、そのまま持ち込んで、どんどん積極的に「リード」をすべきだと
思います。出来る出来ない以前の話として、それが唯一期待されているものだからで
す。

 11月にはアジアシリーズがあり、来春にはWBC(ワールド・ベースボール・ク
ラシック)があります。これからの野球は、そんな国別代表試合の面白さを追求しな
がら、各地の公式戦を戦うリーグでも国際化したチームが活性化して勝利を手にして
ゆくことになるのでしょう。

 精緻な理論と、状況に応じたフレキシビリティ、そして勝負への執着心と、相手を
圧倒する心理作戦の力、大味だったアメリカ野球が急速に進歩し始めました。日本野
球も精緻さを追いながら心理的に防衛的な方向に流れない、落合監督やバレンタイン
監督のマネジメントが静かな革命を起こしていると言って良いでしょう。

 それぞれの変化の方向に違いがあるにも関わらず、それぞれの変革にお互いの人材
交流が貢献していることなどを考えると、野球を通じた日米交流には、異文化間の人
的交流における希望を見ることができるように思います。来年はどんな野球が楽しめ
るのか、今から待ち遠しい気持ちがします。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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                   まぐまぐ: 15,221部
                   melma! : 8,677部
                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

【WEB】    http://ryumurakami.jmm.co.jp/

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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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