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2005年10月22日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.345 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第221回
「空白と停滞の時代」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第221回
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「空白と停滞の時代」
この秋のアメリカ社会には、重苦しい停滞感が漂っています。まるで世の中が立ち
止まっているようです。911以来の戦時気分がある種の霧として世の中の視界を悪
くしていたとすれば、その霧が晴れてみるとあたりの風景が変わっていた。だが、そ
の前でどうしたらいいか分からずに立ちすくんでいる、そんな感覚とでも言いましょ
うか。
イラク情勢が良い例です。先週末の憲法制定の国民投票は、一部の地域での停電に
もかかわらず成功裏に終わったと報道がされています。また、今週は他ならぬサダム
・フセインに対して、1982年のシーア派大量虐殺容疑の裁判が進行しており、T
Vニュースでは「無罪」を主張するサダムの顔が紹介されています。
ですが、憲法に関しては各宗派に大幅に自治を許す内容になっていること、その結
果としてシーア派支配地区では宗教の政治への関与がかえって増していること、また
フセイン政権下での「支配者」であったスンニー派が体制から益々外れた格好になっ
ていること、など分裂の危険という点では全く解決していません。
サダム・フセインの容疑に関しても、この1982年と言えば、イランイラク戦争
の戦況がイラン有利に進む中で、イランがフセイン政権の打倒に動いていた時期です。
更に言えば、イラン革命によって中東での影響力を奪われたアメリカが、1984年
の国交回復に向けてフセインの支援を始めていた時期です。事件を追及すればするほ
ど、当時のアメリカが黙認していたという実態が出てくるのではないでしょうか。
アメリカのTVでは、フセインはやがて絞首刑になると決まったような言い方を繰
り返していますが、このフセインの処遇という問題も霧が晴れた後に待っているのは、
ある種の膠着状態になる可能性があります。そんな状況を反映してか、アメリカでの
反応は全く鈍いままです。ブッシュが「憲法制定は前進だ」と言っても誰も共感しな
い、といって反対派にイラク再建の妙案があるわけでもない、ただ即時撤退を言うか
言わないかの差があるだけ、そんな議論とも言えないような議論がダラダラと続いて
いるだけです。
アフガンでも事態は改善していないようです。20日の木曜日に明るみに出たとこ
ろでは、米兵がタリバン兵の死体を燃やしてしまったという事件があったというので
す。イスラム教徒は火葬をタブー視しており、そのことを知った上で、わざわざ「見
せしめ」のために死体を焼いたというので、アフガンでは反米兵のムードが高まって
いるという報道もありました。
911以降、反テロ戦争のスローガンの下で戦われたイラクとアフガンの双方で、
今でも社会は安定せず、またアメリカ軍のプレゼンスは人心を得ていない、そのこと
にアメリカ人も気づきつつあり、そのくせ目を背けようとしている、報道の全体にあ
るのはそんな雰囲気です。
この2005年の秋と言えば、アメリカにとっては度重なるハリケーンの来襲とい
うことに尽きるのかもしれません。8月末の「カトリーナ」そして3週間後の「リタ」
と、どちらも歴史的な被害を残しました。そして10月も末になってもうハリケーン
のシーズンは終わりと思ったら、今度は「ウィルマ」が発生し、今週末にはキューバ
からフロリダをうかがう情勢です。
この「ウィルマ」は、カリブ海のキューバの南、ケイマン諸島の東で発生し、当初
は熱帯性低気圧だったものが、たった一日で中心の気圧が890ヘクトパスカル、中
心付近の最大風速が時速170マイル(秒速76メートル)という「史上最大のハリ
ケーン」に発達したというのです。24時間で100ヘクトパスカルも気圧が下がる
というのは、不気味としか言いようがありません。
20日の金曜日現在、すでにフロリダ半島の南西端にある保養地ネイプルスなどで
は避難の動きが始まっています。ある意味で、人々は慣れたというところなのかもし
れません。ですが、こうしたニュースを伝えるTVからは、ある種の無力感が漂って
くるのです。
そんな中、政局は相変わらずブッシュ政権の求心力が弱いままで推移しています。
今週はパレスチナのアッバス議長がホワイトハウスを訪れましたが、治安改善へ向け
ての会談結果を説明する記者会見の席でブッシュ大統領は「色々ノイズが多いのは
知ってるが、そっちは勘弁してほしい」というような断りをする始末でした。
その「ノイズ」の最たるものは、カール・ローブ補佐官の「CIA工作員の指名漏
洩疑惑」でしょう。相変わらずの複雑怪奇な政争ですが、今週の動きの中では、疑惑
の人物がローブ補佐官一人という扱いから、チェイニー副大統領の首席補佐官である
ルイス・リビーとの二人という扱いに変化してきたことです。ホワイトハウスを追求
したい勢力がリビーも引きずり出したということなのか、あるいはローブ単独で「ク
ロ」ということでは政治的インパクトが強すぎるので薄めたいのか、背後関係は分か
りません。
また、当初は政治評論家のロバート・ノヴァーク一人に絞られていた「メディア側
の漏洩」ルートに、この欄でも発言の影響力をたびたびご紹介してきた、NBCのワ
シントン総局長ティム・ラサートの名前まで上がり始めました。この事件は、まだま
だ予想外の展開がありそうです。
政治スキャンダルといえば、共和党の大物政治家が次々にターゲットになっていま
す。下院院内総務を辞任したばかりのトム・ディレイ議員は、その辞任の原因となっ
た政治資金の疑惑のために、ヒューストンの保安官事務所に出頭する羽目になりまし
た。結局保釈金を払って拘置は免れたのですが、メディアは連日のように議員を追い
かけ回しています。
もっとも保安官事務所で「被疑者としての写真撮影」があったのですが、通常は厳
禁とされている「笑顔」が許されたのだそうで、いかにも「政治家スマイル」で写っ
ている「被疑者の写真」が公表されて話題になるなど、緊張感の欠ける展開とも言え
るのでしょう。
同じく共和党の院内総務である上院のビル・フリスト議員も、父親が創業した医療
関係の企業の株について、インサイダー疑惑が浮上していて連日のように弁明に追わ
れています。議会共和党の中心というべきこの二人が政治的に求心力を失いつつある
のですから、正に異常事態です。
では、ここへ来て民主党が勢力を盛り返したのでしょうか。確かにディレイ議員の
起訴には、民主党系の検事が執拗に立件を計ったという背景があるようです。大企業
からの政治献金をテキサスの議員たちに紹介した、その献金を各議員が直接受領すれ
ば良かったのに、共和党全国委員会を迂回させたのは「資金洗浄罪」だというのは、
法律論からの正当性はともかく政治的には党利党略に他なりません。その立件に対し
て、共和党が守りきれなかったというのは、民主党の力なのでしょうか。
どうもそうではないのです。この2005年の秋、民主党には核になる人物もいな
ければ、支持率を回復するだけの政策もありません。民主党の力だけで二人の共和党
の院内総務を追いつめることは不可能です。では、共和党内の反ブッシュ派はどうで
しょうか。例えば、ポスト・ブッシュの大統領候補絞り込みへ向けて、共和党内に
ブッシュ派と反ブッシュの抗争が始まっているという見方はどうでしょう。
確かにこの欄でも再三お伝えしているように、共和党内からブッシュ政権への批判
は出はじめています。例えば、古典的な「小さな政府」論者たちからは、軍拡+高齢
者医療+ハリケーン対策で財政赤字を拡大するブッシュへの苛立ちは相当なものに
なっているようです。また数回の選挙でブッシュを積極的に支持した、宗教保守派は、
最高裁判事の人事などでブッシュが中道に寄りすぎているのではないか、という不満
を強めているのも事実です。
では、ブッシュ支持者、共和党内の反ブッシュ、そして民主党という三すくみの政
局が形成されているのでしょうか。それも違うようなのです。まずもって、政局と呼
べるほどの対立エネルギーは見られません。どうして対立エネルギーになっていない
か、というと政策の論点が確立されていないからです。
例えばイラク問題に関して、ブッシュは現路線維持、共和党保守派はシリアとイラ
ンも叩け、民主党は何もせず即時撤退、というように各陣営がハッキリしてはいない
のです。なぜならば、この三つの選択肢はどれも「非現実的」だからです。この三つ
のいずれも極端であって、イラクや国際社会の現実の中で「成功」する可能性は低い
のです。ですから、「当面米兵を撤退させるのかどうか」という個別の問題に関して
は論争になるのですが、中長期の政策を論議する気力も知識もないというのが各陣営
のホンネでしょう。
ハリケーンからの復興問題もそうです。ブッシュは合計7回も「現地入り」して支
援を約束しています。ですが、連邦としていくら出すのかを決める政治的パワーはあ
りません。共和党の保守派からは、ニューオーリンズにやるカネはない、というよう
な暴論も出ていますがこれも世論の支持があるはずもなく、単に吠えているだけです。
現地では、例えばニューオーリンズの対外代表のように見なされているメアリー・
ランドリュー議員(連邦上院、民主党、ルイジアナ州選出)は、今週CNNに出演し
て「イラクの学校や病院を再建するカネが連邦にあるのなら、ニューオーリンズにそ
のカネを回して欲しい」と言っていました。自分の国の学校や病院は荒れたままで良
いのか、というわけです。
これでは、議論として説得力に欠けます。イラク戦争に反対するのは政治的な立場
と言えるのでしょうが、アメリカが始めた戦争で破壊された病院や学校を再建するの
を放置せよ、という主張では全国や世界の共感は得られないでしょう。そんな中、巨
大ハリケーンから街を守るための堤防の近代化については、議論が進んでいないので
す。
停滞感といえば、経済にも当てはまるでしょう。ここ数年完全に右上がりだった不
動産バブルにもそろそろ頭打ちという感覚が出てきています。それはともかく、この
秋のアメリカ経済は、石油製品価格の高騰ということに振り回された感があります。
この波を大きくかぶったのが、自動車業界でした。トヨタ、ホンダという日本のメ
ーカーは、そもそも低燃費というイメージが確立していた上に、続々とハイブリッド
車を投入していたのがブームになって、売り上げを伸ばしました。その一方で、GM
とフォードには厳しい状況が続いています。
911以来の保守気分に乗じて、まるで戦車やバスのような「SUV」でそれなり
に業績の低下を抑えてきた両社ですが、ガソリン価格の高騰はこうしたビジネスを直
撃したのです。結果的に、9月から10月にかけての「デトロイト」の売り上げは、
大きく落ち込みました。そもそも危機的な状況が続いていたのですが、それが更に悪
化したのです。
具体的な動きとしては、部品メーカーのデルファイ社の会社更生法適用ということ
がありましたし、またGMの労働者組合は「現役世代の医療保険の自己負担額を一気
に50%増しにしないと、現在の高齢者医療と自分たちの将来の医療費保障が受けら
れない」という事実に直面しています。給与の減額も取りざたされています。
19日のNBCTV『イブニングニュース』では、こうしたGMの苦境を、将来デ
トロイトに就職しようとしている工科大学の学生たちにスポットを当てて報道してい
ました。「ボルトを締めるような作業はロボット化された以上、人材としては電装系
の技術者を養成するよう方向転換したが、こう職がなくてはやりきれない」という教
官のコメントが中心でしたが、同番組のキャスターであるブライアン・ウィリアムス
は「こうした業界は国境の中にあっても国際的な労働市場と戦わなくてはならないの
です」という冷静な見方を加えていました。
そんな中、社会の不安感をあおっているのが、食肉関係の伝染病です。特に「鳥イ
ンフルエンザ」ではアメリカでは全く感染の報告がないのに、アジアやヨーロッパ、
特に昨今のトルコでの感染のニュースは異常に大きく取り上げられています。またB
SEの関係では、今回のハリケーン災害への援助食糧に関して英国からの肉製品の受
け入れを拒否するなど、自国の管理不徹底を棚に上げての「鎖国的」な姿勢も出てき
ています。
では、一連の停滞感の根源にあるのは何なのでしょう。それは政治権力の空白と言
うことに尽きると思います。2008年の大統領選へ向けて、ポスト・ブッシュの顔
が何も見えないのです。ブッシュが強大なために共和党に対立候補が出てこないのな
らまだしも、ブッシュ自身が世論に納得されるような自分の後継者を全く示し得てい
ないのです。
ですから、共和党内のブッシュ派、反ブッシュ(財政均衡論)、反ブッシュ(ブッ
シュより右の宗教保守)、そして民主党のいずれも「顔の見えるリーダー」を持って
いないということになるのです。そして、ただ一人存在感を持っているブッシュはハ
リケーンにしても、イラクにしても「コントロール不能な現実」の前で立ちつくすだ
け、これが2005年秋のアメリカの政局だと言えるのでしょう。
この12月には京都で、来年初頭にはワシントンでの国賓晩餐会という形で日米首
脳会談がセットされています。小泉首相の会うブッシュ政権というのは、こうした状
況にあるのだと心得るべきでしょう。イラクにしても、沖縄にしても、BSEにして
も、このような政権に対して無理な譲歩をしても何も得るところはないのが正当です。
第一、恩を売っても相手が政治的に消える可能性があるのです。第二に、サマワ、
辺野古、日本の牛肉輸入の三点は、ブッシュ政権や「国務省や国防総省の日本担当」
を喜ばせるかもしれませんが、アメリカという大きな社会が困っている大問題には、
何の助けにもならないのです。ですから日本として大変な思いをして譲歩をしても、
アメリカ社会全体、あるいは次期政権に対して日本への好感を持ってもらう要素にな
るのかは全く怪しいのです。
私は、この時期のアメリカに対しては、防災工学の技術、自動車のデザインや省エ
ネ技術、伝染病の管理や防止の技術などで、日本が顔の見える個人によって、アメリ
カ社会に貢献することが大事だと思います。サマワ、辺野古、牛肉などの「傍流」の
問題で譲歩をすればアメリカが喜ぶというのは錯覚だと思います。「反米意識を煽り
かねないような国内対立」を政治的に抑えたのだから相手が評価する、ということは
全くゼロだという感覚を持つべきでしょう。日本の対米外交は、ポスト・ブッシュを
見据えて大局観を取り戻す時期です。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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