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2005年10月15日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.344 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第220回
「諜報機関と政治の暗闘」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第220回
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「諜報機関と政治の暗闘」
今週のアメリカ東北部は、歴史的と言っていいような長雨に見舞われ、各地で洪水
の被害が出ています。雨はすでに8日間降り続き、増水した河川に流された人など少
なくとも10名の死者が出ています。私の住むニュージャージー州でも、デラウェア
川に沿ったマーサー郡、ラリタン川の流れるサマーセット郡などで多くの地区が浸水
し、14日の金曜日には全州に非常事態宣言が出ました。
大都市ニューヨークもこの長雨に苦しんでいますが、その間にもう一つの不安の方
は流れて消えてしまいました。この欄でもお伝えしたように、9月末以来、市内の地
下鉄をターゲットとした「爆弾テロ」の警告があったとして、厳戒態勢が取られ、市
民の不安が増していたのですが、それが全て流されてしまったというわけです。
勿論、単純に長雨のために人々がテロへの警戒を忘れてしまったのではありません。
実際に「爆弾テロ」の情報自体がニセ情報だということが判明したのです。警戒態勢
が解かれたのはそのためですが、ある意味でムダになった厳戒態勢の責任問題をどう
するか、ということも含めて人々はもうこの騒動を忘れつつあります。
それにしても奇妙な事態でした。特に警戒態勢が続く中で10月に入ると「深刻な
脅威ではない」というワシントンの連邦政府と、「私は断固として市民を守る」とい
うNYのブルームバーク市長はにらみ合い状態という形になりました。
勿論、これは予算の問題がメインです。連邦政府からは「ブルームバーク市長は連
邦のカネが欲しいから、オオカミ少年のように脅威を誇張している」というような発
言も出る始末です。では、市長がどうしてそこまでこだわったのかというと、他でも
ありません。ニューヨークはちょうど、市長選の真っ最中なのです。
2001年の11月、人気の高かったジュリアー二前市長の後任として同じ共和党
から立候補して、当選を果たしたブルームバーク市長は、財政再建を実行に移してき
ました。911以来英雄視されていた警察や消防の組織にもリストラを行ったり、教
育予算をカットして小学校の専科の教師を解雇したり計画は進行、支持率も高いまま
で改選時期を迎えています。
ということで、911に落ち込んだNYを「小さな政府論」にしたがって「再建」
しつつある市長は共和党から見れば「ヒーロー」のはずです。その市長がどうして連
邦とケンカをしたのでしょう。連邦は「テロの脅威」に対してどうして深刻視しな
かったのでしょう。
ブルームバーク市長の選挙戦は、現在のところ有利であると言われています。民主
党の対立候補、フェルナンド・フェラーと比べて、知名度が圧倒的であること、91
1以降テロの不安が拭えなかったNY市民を「守った」実績があることなどからして、
再選は間違いないという見方もあります。
ですが、その現職市長には大きなアキレス腱があります。それは共和党の候補だと
いうことです。カトリーナ問題やイラク情勢を受けて危険水域に入ってきたブッシュ
大統領の「不人気」に足を引っ張られる、それが市長にとっては大きなリスクだとい
うわけです。
同時期に行われているニュージャージー州知事選挙などでも、民主党候補が共和党
候補に対する中傷CMの中で「フォレスター(共和党の知事候補)はブッシュの選ん
だ候補、あなたの選んだ候補じゃない」というスローガンがあるのですが、品位も内
容もないこんなCMでも、「ブッシュの選んだ」という言葉だけで中道票に対して悪
印象を与えることができているようです。
NY市と言えば、そのニュージャージー州以上に民主党の牙城です。同じようなイ
メージ戦略を仕掛けられれば、大量に票を奪われる危険があるのです。そこで市長が
考えたのが「連邦に逆らって市を守っている」という姿勢を貫くことだったのではな
いでしょうか。仮に市長自身にそのような意図はなくても、効果は満点だったようで
す。この「テロ警報を深刻に受け止めた」2週間のおかげで市長の支持率は(公式数
字は出ていませんが、CBSラジオの報道によれば)上がっているそうです。
これに対して、連邦サイドはどうして早々と「情報はニセモノ」と発表してしまっ
たのでしょう。こちらの真相は分かりません。そもそもイラクで拘束したアルカイダ
らしい人物3人を追求したら「19個の爆弾を持ったテロリストがNYに潜入してい
る。(止めるのには)もう遅いかもしれない」という証言が得られたというのです。
この材料は、軍の情報局とCIAが確認してワシントンに報告があり、それがテロ対
策の用談組織を通じてFBIに流れたというのです。
結果的に、そのFBIの担当者がNYの所轄のFBIにEメールを流し、そこから
市に情報が行ったのですが、その過程で、ワシントン側は「ニセモノ」という判断を
し、FBIのNY担当者とNY市当局は信じた、という構図があります。どうやら、
ここにブッシュ政権内の諜報に関する派閥抗争があるようです。
911以降、そしてアフガンやイラクの戦争を通じて、ブッシュ政権は諜報(イン
テリジェンス)を重視しました。ですが、重視といっても、その方法はクリントン政
権とは全く別のアプローチが主だったのです。クリントンは、人を使って深く静かに
潜行する方法を好みました。
ケニアなど在アフリカのアメリカ大使館への攻撃、米国海軍のミサイル駆逐艦コー
ルへの攻撃など、クリントンも、いわゆる「アルカイダ」のテロと戦っていました。
ですが、その戦い方には特徴があったのです。まず、国家間の正規の戦争にはしない、
というのが前提でした。例えばアフガンに関しては、アルカイダの訓練施設らしい場
所には超法規的なミサイル攻撃を仕掛けています。その一方で、タリバン政権には承
認を含めたアプローチで無害化を策していました。
そうした戦略において活躍したのがCIAでした。アラビア語を堪能に駆使して現
地社会に潜入し、秘密裏に協力者のネットワークを作り、その現地ネットワークに対
して自分を信用させ、時には情報を得るためには味方の秘密も小出しにする、CIA
のアプローチはそんな古典的なスパイを使うものです。
ですが、ブッシュ政権のアプローチは違っていました。戦略としては、テロリスト
に協力した国家、テロリストを寄港させた国家に対して、正規軍を投入して叩くので
す。またハイテクを駆使して、最小の兵力で相手を殺傷し、無力化するというのが戦
術です。そうした攻撃の際の情報、相手方テロリストの動向に関しては、人間を潜入
させるのではなく、最先端の電子盗聴を使って網羅的に情報収集をするのを好んだの
です。
この戦略を後押ししたのが「愛国法(パトリオット・アクト)」です。テロ容疑者
ということになれば、捜査令状なしでEメールにしても電話にしても傍受が可能とい
う法律は、こうしたブッシュ政権の「好み」を反映したものだと言えるでしょう。
これは戦略の大きな転換です。その結果として、CIAなどの人間を潜入させる方
式は傍流に追いやられたのです。特にハイテク装備の軍からは、CIAが現地の協力
者を信用させるためにアメリカ側の情報を小出しにして、それが結果的に現地に展開
する米軍兵士の危険を増すことになったら大変だ、という声が大きいようです。
こうした戦略は、NSA(国家安全保障局)という政府組織の重要性を高めていき
ました。NSAというのは、冷戦初期にトルーマン大統領によって設置された秘密組
織で、電気的な盗聴行為と盗聴で得た諜報の解析を主な任務とするものです。90年
代には「エシュロン」という電子盗聴結果を自動検索するシステムを駆使して、世界
中の通信を傍受していると全世界から非難を浴びたのも、このNSAです。
例えば「911がどうして防げなかったのか」を検証し続けた調査委員会は、CI
Aと軍、NSA(国家安全保障局)、FBIの間で情報のスムースな共有化ができな
かった、それが最大の問題、と結論づけています。ですが、今回のNYの騒動でもそ
うですが、どうしても諜報機関というのはお互いに秘密主義に傾きがちです。その結
果として、特にCIAやFBIという「現場の人手に頼る」機関と、ハイテク軍とN
SAという宇宙からの偵察と電子盗聴という「遠隔操作感覚」の機関の間では発想の
ズレが露呈するようです。
同じテロ情報でも、特に後者の代表であるNSAは電子盗聴で収集した「テロリス
トのささやき」を特に重視するとされています。この「ささやき」のことを専門家の
間では「チャター」と呼んでおり、アメリカでは完全に流行語になっているのですが、
そのチャターが今回は沈黙していたということのようです。
今回の連邦対NY市の騒動については、そんなわけでFBI+CIAとNSAの暗
闘だというふうに、面白おかしい解説はいくらでもできるのですが、安っぽい陰謀説
に深入りする必要はないのでしょう。ただ、ブッシュ政権が売り物にしてきた「テロ
対策」そのものの中で、共和党のコントロールする連邦政府とNY市行政の間に溝が
あるという事実は重いと思います。ある意味で、政権の重みが軽くなってきている証
拠だからです。
ブッシュ大統領の「側近中の側近」カール・ローブ次席補佐官のスキャンダルに関
しては、この欄でもお伝えしましたが、この問題もCIAとホワイトハウスの暗闘と
いう文脈から見ることも可能です。今週の時点でも疑惑はまだまだくすぶっており、
裁判の行方次第ではローブ補佐官への刑事訴追、そしてブッシュ政権の求心力低下と
いう流れが加速する可能性も十分にあります。
7月時点でお伝えした内容を簡単に申し上げれば、カール・ローブ補佐官本人の違
法行為疑惑というのは、ジョセフ・ウィルソンというアメリカの元ガボン大使の妻、
バレリー・プレイムという女性がCIAの工作員だということを、メディアにリーク
したという疑惑です。アメリカでは法律によって自国のスパイの身分を明かすことは
重罪だとされているのです。
この件では、NYタイムスのジュディス・ミラーという女性記者が「情報源の秘匿」
を貫いたために法廷侮辱罪で収監されるという騒動もありました。ミラーは中道右よ
りの記者なのですが、ブッシュ政権およびローブ補佐官に同情的もしくは「恩を売っ
ておきたい」、それに加えてジャーナリストとしての信義を貫けば少なくとも業界で
は英雄になると踏んだのでしょう。胸を張って収監されたのです。
3週間の「刑期」を終えて「シャバ」に出てきたミラー記者を待っていたのは、意
外な状況でした。ローブ疑惑に関してはもはや秘密にすることは余りない、つまり自
分が文字通り身体を張って守っていた「秘密」つまり漏洩の張本人はローブというこ
とが既に多くの証言で明るみに出てしまっていたのです。
拍子抜けしたミラー記者は、刑務所の環境が予想以上にひどいものだったと記者会
見をしていましたが、その声はどこか気が抜けていました。いずれにしても、連邦の
特別検察官の捜査結果を元にローブが起訴されるかどうかは、ここ数週間以内に結論
が出るようで、ここへ来てメディアの注目度も高まってきています。
では、このカール・ローブ疑惑は単なる政争なのでしょうか。政府要人を失脚させ
れば野党の得点になるし、メディアとしても話題になるから熱心なだけなのでしょう
か。その点に関して、今週のNBC朝の「トゥディ」では、司会のマット・ラウアー
が「ローブ補佐官の漏洩疑惑といっても、今ひとつピンと来ません。一体、普通のア
メリカ人に何か影響があるんでしょうかねえ」と疑問を呈していました。
これに対して、ワシントン総局長のティム・ラサートは真剣な表情でこう述べたの
です。「イラクに先制攻撃をしたのは、サダム・フセインが核兵器を開発していると
いう疑惑が理由でした。その疑惑の重要な根拠の一つが、タンザニアからイラクへの
ウラン密輸疑惑でした。ところが、その疑惑に関する調査の責任者であったウィルソ
ン大使は、疑惑はシロだという報告をしました。ローブがウィルソン大使の妻がCI
A工作員だと漏らしたのは、その報復だというのです。期待に反してシロだと言った
ことへの報復だというのです。もしもこれが真実なら、イラクでの開戦の理由が全て
崩れてしまうのです。事実の報告に怒って個人的報復をした、というのですから」
このラサートの簡潔な説明を聞いて、ラウアーは一瞬絶句していました。つまり、
そこまで明るみに出ればブッシュ政権は危機に陥るというわけです。勿論、この問題
はそこまで単純ではありません。前にも申し上げましたが、いくら反ブッシュだから
といって、外交関係のある他国に送った大使の夫人がCIAだというのは、そういう
ことは実際にあるにしても「まともな」話ではありません。また、NY市の騒動にも
あるように、NSAを中心に「チャター」を重視するホワイトハウスと、現場に要員
を潜入させるCIAの間に確執があるということもあるのでしょう。
もしかすると、カール・ローブは、折角の核疑惑を否定しようとした夫婦への個人
的な怒りからバレリー・プレイムがCIA工作員だと漏らしたのではないのかもしれ
ません。「チャター」が示す内容はフセインの核武装を示唆しているのに、現地へ要
員を潜入させているCIA関係の情報は、現地協力者に騙されたか同情的になってい
て「国益に反する」情報を発信している、そんな確信から、夫婦の仕事を潰そうとし
たのかもしれません。
この問題もこれ以上お話しすると、足元の危うい陰謀説になってしまいます。です
が、このカール・ローブ疑惑、そしてNY市の連邦との確執、この二つの「事件」を
重ねてみると、やはりブッシュ政権の基盤が揺らいでいるということは言えると思い
ます。共和党の一市長から、連邦政府にケンカを売られた、とか政権の要人のスキャ
ンダルで大変だ、というようなレベルではありません。
安全保障という国の根幹のレベルで、大統領による統率が利いていない、どうやら
そんな雰囲気が漂い始めています。大統領の統率力への疑問と言うことでは、こうし
た問題に加えて、ハリケーン被災からの復興の問題、そしてイラクの米軍の今後など、
大きな問題が山積しています。
そんな中、どちらかといえばリベラルなNBC放送と、どちらかといえば保守であ
るウォールストリート誌が連合で行った先週末の世論調査では、ブッシュ大統領の支
持率は39%に低下、40%という底が割れてしまいました。また黒人層による支持
は、わずか2%という衝撃的な数字も出ています。
そのブッシュ大統領は、ルイジアナ州の被災地に八度目の「現地入り」をしました。
そして、他でもないそのNBCのニュース番組「トゥディ」にローラ夫人と出演して、
住宅を建てて被災者に提供する大工仕事のボランティアに参加するというパフォーマ
ンスを披露、全く異例なのですが30分近く生中継でNBCに出演していたのです。
インタビューの相手は、前述のマット・ラウアーでした。ラウアーは、大統領選挙
の際に民主党寄りだとして、共和党全国委員会に名指しで非難された人物ですが、大
統領夫妻は不思議と気が合うようで、延々とインタビューに応じていました。最初は
家を建てる作業の話で「とにかく皆で汗を流して復興するというのは、良いね」など
という当たり障りのない会話でしたが、そこはジャーナリストの真剣勝負、この機会
にとばかりにラウアーはイラク問題をはじめ、ブッシュにとっては耳の痛い質問を繰
り出していきました。
ラウアーは、カール・ローブ疑惑についても「どう思いますか」と突っ込んだので
すが、大統領は一瞬何か言おうとしたものの「公判中なので何も言えないね」と無難
にかわしました。その際の表情は、困ったな、という顔でしたがあまり曇りはありま
せんでした。もしかすると、大統領自身はスキャンダルに絡んではいないのかもしれ
ません。ただ、その「困ったな」という表情は、自分として事態をコントロールでき
ていないという顔に見えました。
来月11月の初頭には、ニューヨーク市、ニュージャージー州を含めた地方自治体な
どの選挙があります。それが終われば、政局は一気に2006年の中間選挙へ向けて本
格化します。二期目のブッシュ政権の基盤が揺れ始めた中で、2006年の中間選挙は、
漠然としたものであっても2008年の大統領選挙を意識したリーダー候補を求心力に
しなくては戦えないでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
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まぐまぐ: 15,221部
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【編集】 村上龍
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