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2005年10月8日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.343 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第219回
「司法と政局」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第219回
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「司法と政局」
アメリカの大統領選挙といえば、表面的には派手に見えるですが、投票する人の動
機が強いのかというとそれも必ずしもそうではないのです。そもそも決して投票率は
高くありません。選挙の際に胸を張って「自分は必ず民主党に入れる」とか、「自分
は共和党の党員だから」という人もいるにはいますが、一般的には日本と同じ質の政
治家不信のようなものがあります。ですから選挙の直前などにたまたま話題が向いて
も「どちらかと言えば、こっち……」というような言い方をする人が多いのです。
2004年の選挙はイラクの問題がありましたから「どちらに入れるか」というこ
とは、価値観の問題で割にハッキリ決められたのかもしれません。ですが、1996
年のクリントン再選(相手はボブ・ドール候補)や、2000年のブッシュ当選(相
手はアル・ゴア候補)などの際は、政策にはあまり大きな差がなかったものです。そ
んな場合に浮かび上がるのが「大統領による連邦最高裁判事の指名権」という争点で
す。
例えばユダヤ系のビジネスマンなどは「オレは減税されるとメリットがある口だか
ら、まあ政策は共和党なんだけど、最高裁判事に宗教右派なんかを指名されたらイヤ
な気分になるから、民主党に入れざるを得ないんだ」なんていう言い方をします。黒
人の人などでは、もっとハッキリと「共和党の指名する最高裁判事が多数になったら
暗黒の世の中が来る」というようなことを言う人もいます。
つまり政策や人柄は支持しない、あるいは両方の候補に差がない、でも連邦最高裁
判事の指名ということを考えると、結局は自分の価値観にしたがった大統領を選ばざ
るを得ない、そんな感覚なのです。私の住む地域は東北部のリベラル州ですから、リ
ベラル派の判事が指名されることが重要だと考える人が多いのですが、これが中西部
になれば保守的な判事を期待する声が高いのです。
いずれにしても、大統領による連邦最高裁判事の指名というのは、極めて関心の高
い政治的決定なのです。昨年、2004年の大統領選挙は、イラクの問題が争点にな
りましたが、同時にこの最高裁判事指名の問題も関心を呼んでいました。
というのも、ウィリアム・レンクイスト最高裁長官(当時)が80歳という高齢で、
しかも甲状腺ガンを患っていることを告白していましたから、そろそろ長官職を辞任
するのではと言われていたのです。これに加えて、70歳を越えた判事の中から引退
する人間が出てくることも避けられないという観測が広がっていました。
次の大統領の任期、つまり2005年から2008年の4年間には、どう考えても
最高裁判事もしくは長官の空席が埋まれ、大統領が指名することになるだろう、そう
思われていたのです。となれば、空席を埋めるのは「保守かリベラルか」が大問題と
なるわけで、否が応でも大統領選挙が価値観論争のようになっていったのです。
大都市では反戦デモが盛んになり、中西部では宗教右派の結束が固くなった背景に
は、この問題があったというわけです。それだけではありません。この時点での最高
裁は不思議なバランスが取れていたのです。判事の定数の中で保守派とリベラル派が
ほぼ同数、残りは「スイングボート」と言って、「是々非々」を貫いて保守的な判断
をしたりリベラルに近い判断をしたりという判事、というわけで判決が出るまでは
「どちらに転ぶか分からない」という状態が維持されていました。
その結果として、最高裁の権威は一応保たれていたのです。例えば、2000年秋
の大統領選挙で、フロリダ州の開票が問題になり、ゴア候補とブッシュ候補の争いが
最終的に連邦最高裁に持ち込まれるという事態に発展しました。この際には、最終的
に評決が「五対四」という僅差、しかもブッシュ勝利を支持した判事のうちの五番目
は「スイング」の判事でした。このキャスティングボードを握った「スイング」の判
事は、最高裁初の女性判事として名高い、サンドラ・ディ・オコーナー判事で、その
判決文が良く練られたものであっただけに、ある種の説得力を持ったのです。
もちろん、マイケル・ムーアの映画『華氏911』の冒頭にあったように、この評
決は怨念を残してはいます。ですが、曲がりなりにもアメリカ社会がこの評決を受け
入れた背景には、最高裁判事の構成にバランスが取れており、したがって判決は出て
みないと分からないという信頼があり、さらには「スイング」という姿勢を貫いてい
るオコーナー判事への支持があったということが言えるのでしょう。
結果的にブッシュが再選を決めました。そして、支持母体の一つであった宗教右派
は、自分たちの望むような保守的な判事を最高裁に送って「保守を多数派にする」こ
とを大きなスローガンに掲げて選挙に勝ったと思っています。否が応でも最高裁をめ
ぐる人事の季節がやってきたのです。
先に動いたのはオコーナー判事でした。7月1日に電撃的に辞任を発表したのです。
女性初ということもさることながら、保守派と思われてレーガン大統領に指名されな
がら、実際の評決に当たっては見事に「スイング」を貫き、自身と最高裁の権威を
守ってきた大物らしい、見事な出処進退です。この7月1日という日付にも意味があ
りました。この日までに辞任を表明すると、規定により秋の開廷日である9月29日
までに自分の後任を決めなければならなくなるからです。
つまり、判事の席に空席を設けずに世代交代が可能だというわけです。また左右の
どちらでもない「スイング」の自分がまず辞めれば、その後任は、これまた「スイン
グ」をやりそうな中道を指名しなくては世論の支持が集まらない、従って自分の後任
人事によって判事のバランスが崩れることもないだろう、オコーナー判事には、そん
な深謀遠慮もあったのでしょう。
その後任人事に当たって、ブッシュ大統領は弱冠50歳のジョン・ロバーツ連邦判
事を指名しました。このロバーツ判事ですが、意外にも評判が良かったのです。まず
風貌が「ボランティアで地域の子供のフットボールの審判をしていそうな」親しみ深
いイメージがあり、それでいて発言内容は実に沈着冷静、一切のボロも出さない一方
で、冷酷な印象は全くなしという感じでした。
さらにロバーツ判事の奥さんも法曹なのですが、彼女は明確なリベラルなのです。
ロバーツ判事は、ブッシュ親子の共和党政権に引き上げられるようにして、判事とし
てのキャリアを積んできた人物なのですが、奥さんがリベラルと来れば、本人も恐ら
く「スイング」をやってくれるに違いない、そんな思惑もあって、民主党内でも賛否
半々になりました。もちろん与党の共和党内は賛成で一本化されていきました。
そんな中で、ハリケーン「カトリーナ」の被害で全米が大揺れとなった9月3日に、
レンクイスト長官が死去しました。ここに至って最高裁判事の空席が二つということ
になったのです。結果的にブッシュ大統領周辺はロバーツ判事の人気に目をつけたの
でしょう。50歳のロバーツ判事を、オコーナー判事の後任ではなく、レンクイスト
長官の後任にスライドさせて、一気に最高裁長官の候補にしたのです。
50歳という若さ、しかも本人は最高裁判事ではない、そんな人間を外部から一気
に司法界の頂点に据えるとあって、メディアも騒然としました。ですが、アメリカの
連邦最高裁長官は、最高裁判事からの昇格組よりも、外部から一気に長官に就任する
ケースの方が多い、そんな解説が行き渡るとともに批判は沈静化、最終的には78対
22という圧倒的な支持を得て上院の承認を得、第17代の最高裁長官に指名されま
した。
これに続いて、ブッシュ大統領は、オコーナー判事の後任に、ホワイトハウスの顧
問であり、以前にはジョージ・W・ブッシュ個人の顧問弁護士でもあった、ハリー・
マイヤース女史を指名しました。こちらの方は、しかし、ロバーツ長官のケースとは
違って議会承認のほうが相当難航しそうな雲行きです。
まず、批判ののろしを上げたのは民主党側でした。「判事経験がないのは極めて異
例(事実です)」、「ブッシュの身内」というような内容で、今後の議会承認では
フィルバスター(審議妨害)をかけて指名を断念に追い込む、と意気盛んな様子でし
た。ただ、指名から数日を経て、マイヤース女史の経歴が報道されるようになってき
ますと、形勢が変わってきました。
マイヤース女史は、南部の宗教系の大学を卒業し、その後は独身を貫くなど「ゴリ
ゴリの宗教右派」のイメージがあったのですが、どこを探しても超保守的な発言をし
た形跡はないのです。それどころか、ブッシュ大統領自身からも「マイヤース女史と
は生命倫理問題について意見交換をしたことはない」という発言が飛び出しました。
どうやら、民主党がそもそも恐れていたような、保守一辺倒の人物ではないかもしれ
ない、そんな空気が形成されて行ったのです。
ところが、これに噛みついたのが右派です。俗っぽい論評で一部に人気のあるラジ
オ・キャスターのラッシュ・リンボーが「他に立派な候補がたくさんいるのに、保守
だという保証のない内輪の人間を指名しやがって」と徹底的にこき下ろしたのを契機
に、宗教保守が一斉に騒ぎ始めました。前上院院内総務だったトレント・ロット議員
のような大物まで「納得できない」という声明を出すという事態です。
要するに、右派からすると「ロバーツはそもそもオコーナーの後任だ。そしてオコ
ーナーのように中道のスイングだ。だから、もう一つの空席には、数あわせを維持す
るにはレンクイストと同じように保守を当てるのが当然だ。しかも、選挙の際にあれ
だけブッシュを支持してきたのは、この日のためじゃないか。生命倫理を中心に最高
裁を保守の牙城にするためだったはずだ」という理屈があるようなのです。
これに、そもそも保守派の間にあったブッシュへの不満、つまり「イラク、高齢者
医療費、ハリケーン」でカネばかり使っており「小さな政府」をやる気のないブッ
シュには、もう我慢がならない、というムードが重なり始めているようなのです。
今週には、ハリケーン被災以来高値の続いた石油価格が下がり始めており、それが
「石油の下落は、政財界が景気の先行きを悲観しているため」という解説を伴ってい
ます。こうした解説がさらに石油の下落を招き、それが株安につながり、さらに不動
産バブルがはじけるようなことになると、ブッシュの政局運営は苦しくなるでしょう。
そんな中、これから開始されるマイヤース女史への上院司法委員会による承認手続
きは、大きな注目を浴びることになるでしょう。もしも、マイヤース女史の指名が議
会で否決されれば、大統領としては政治的に大きな失点になるからです。
一方で、ロバーツ新長官の指揮下、連邦最高裁は開廷シーズンを迎えました。今回
は、オレゴン州の「尊厳死法」の違憲性を審査するというような大きな問題が含まれ
ています。新長官が、こうした大問題にどう手腕を発揮するかも、注目を浴びるで
しょう。この秋、ハリケーン被災からの復興問題に加えて、こうした司法界の動向も
大きく政局に絡んでくることになるでしょう。
一方で、日本の司法制度は問題だらけです。特に、民事紛争の調停能力が低いこと
や、経済事犯に対する量刑や時効が甘いこと、裁判に時間がかかることなどから、実
社会にある紛争を解決するツールとして司法が脆弱なのは大変に問題だと思います。
最高裁判所も憲法判断の回避が目立ちますし、新任の裁判官に対する国民審査制度は
完全に形骸化しています。日本の司法は、やはり法曹人口の質と量を確保すること、
法律と判例を時代に合わせてきめ細かく微調整、あるいは大改訂しながら、実務とし
ての紛争解決能力を向上してゆくことが求められるのでしょう。
では、このように派手に注目を浴びるアメリカの司法制度は、日本にとってお手本
になるのでしょうか。私は、連邦、州、市町村などそれぞれの司法制度が独立の気概
を持って維持されていることは立派だと思います。連邦最高裁について言えば、一般
の法律上の判断もすれば憲法判断も下すという機能の上では、評価できるように思い
ます。
ただ、経済社会に直接結びつかない宗教や倫理の問題に、大きな対立エネルギーを
浪費しているのには感心しません。また、価値観の多様化する中、個々の判決の透明
性や客観性を高めることも必要でしょう。判決を不服として被告が連邦判事を襲撃す
る、そんな事件も司法界を暗くしています。
この秋、政局に絡む中でアメリカの司法界の動向に関しては否が応でも注目が集まっ
ています。ですが問題は人事や政争ではありません。アメリカ司法があくまで実務的
な紛争調停能力を維持してゆくのかという見極めが必要なのでしょう。
実務といえば、現在のアメリカ司法が避けているのはテロ対策の問題です。何より
も、情報提供や軍事行動への協力を二国間外交を通じて他国に要求する一方で、存在
が国際法そのものである国連を軽視しているという問題があります。また平時の法体
系と、戦時国際法、さらには戦時を理由にした超法規的な措置が混在しています。
アメリカ市民のテロ容疑者は弁護士つきの裁判を受けられるが、外国人の場合は軍
事裁判で決着がつくのはましな方、多くは予防拘禁のような形で強制収容され拷問に
近い方法で情報提供を強要される、これでは法治国家とは言えないでしょう。
テロといえば、今週10月7日の金曜日時点でも、ニューヨーク市とFBIは「イ
ラクで拘束したテロリストの自供」だからと言って、市内の地下鉄に厳戒態勢を引い
ています。鞄はもちろん、ベビーカーの中まで調べるというチェック体制には反発も
出ています。一方でワシントンの国土保安省は「深刻な脅威ではない」と述べるなど
不一致があるのです。そもそもイラクからの情報なのに、軍やCIAは沈黙したまま
というのも奇妙な話です。
まるでハリケーン「カトリーナ」の際の混乱に似た状況です。もちろん、陰謀とか
政争と言うよりはカネの話(つまり連邦政府が危険を認めると予算を出さなくてはな
らない)が背後にあるのでしょうが、いずれにしてもテロ対策という重要な行政権の
執行にどこか恣意性がつきまとうのです。こうした現象も突き詰めて行けば「安全か
プライバシーか」「治安か人権か」という問題に司法が取り組んでいないことに大き
な問題があると言っていいのでしょう。
アメリカ司法は人権と自由という高い理念を掲げています。また実定法だけでなく、
その時代に合った社会常識を司法判断に反映させ、社会全体の合意形成能力を高める
ようにしてきました。ですが、理念はあっても外国人には適用しなかったり、恐怖心
や不安感に引きずられて超法規的な判断を許しては、司法の強みは発揮できません。
また社会の価値観が引き裂かれていては、常識的な合意形成が不可能になってしまい
ます。
いわばアメリカ司法においては、英米法の存立の基盤が揺らいでいると言っても良
いのでしょう。日本の場合は、条文と判例を社会の動向に合わせる法曹の機能が劣化
した結果、ドイツやフランスをお手本にした大陸法的な法秩序の基盤が揺らいでいま
すが、これとは実に対照的というわけです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
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【編集】 村上龍
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