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2005年9月17日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.340 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第216回
「憲法と国難」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第216回
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「憲法と国難」
ハリケーン「カトリーナ」への連邦政府への対応の遅れから、ブッシュ大統領は暴
風のような非難に晒されています。支持率は今週に入って、40%ちょうど、調査機
関によっては38%というものもあり、就任以来最低の数字に追い込まれました。C
NNの正式な世論調査によれば「カトリーナ」に対する連邦政府の対応について92
%が「不適切」としているのですから、この問題の進展がなければ支持率の回復は望
めないのでしょう。
そのブッシュ大統領は、15日の木曜日には被災以降4度目となる「現地入り」を
して、ニューオーリンズのフレンチクオーター地区から、全米に向けて演説をしまし
た。有名なセントルイス礼拝堂をライトアップして背景にしながら、大統領が1人で
話すという趣向でした。ナマの舞台での聴衆はなしというセッティングでした。
とは言っても、20分強の演説は、ニュース専門局だけでなく、三大ネットワーク
でも特別編成として生中継されました。911直後の「上下両院議会演説」に匹敵す
る大掛かりな演出です。しかも、その中で、被災地区の復興資金として、連邦政府と
して巨額の援助を約束しています。総額で200ビリオン(日本円で22兆円)とも
いわれる支出の中には、仕事を失った被災者に対して、1人一律5千ドル(55万円)
の職業訓練費用を与えるというものまで含まれていました。
私には、演説の中でブッシュ大統領が遺体収容作業に当たっている検死官の人々へ
の慰労を何度も強調していたのは良かったと思います。ですが、改めて「今回の対応
の責任は自分にある」と述べた点や、大統領の演説の中で「離散家族の消息問い合わ
せのフリーダイヤル」が何度も強調された点などは大統領演説としては異例というム
ードを感じました。妙に率直で実務的な内容が、他の部分の美辞麗句とはミスマッチ
を起こしていたからです。またこれは大統領演説とは別ですが、「災害復興の過程で
政府職員の不正行為、着服行為があった時の密告用フリーダイヤル」を同じ木曜日か
らFBIが何度も流しているのも、何となく気持ちを暗くさせます。
そんな中、16日の金曜日はハリケーンの犠牲者に対する一斉追悼ということで、
ワシントンの国立礼拝堂ではブッシュ大統領も列席して、追悼礼拝が行われました。
前日のニューオーリンズでの演説でも、「犠牲者の棺の前にひざまずいて・・・」と
いう宗教がかったセリフを言ったり、宗教団体の献身を強調していましたから、あく
まで宗教保守の支持を背景にした「ブッシュ流」で行くということなのでしょう。
今回のハリケーン対応に関しても、そんな宗教色があり、また「起業家精神(アン
トレプレナーシップ)」による復興を訴えて、あくまで「オーナーシップ社会」にこ
だわったり、ある種「ブッシュ流」を「なりふり構わず」に貫こうとしているのです。
ただ、ただでさえ財政危機のアメリカ連邦政府には、潤沢な資金などあるはずがあ
りません。演説の翌日の16日金曜日には、ブッシュ大統領は「カトリーナ被災者支
援のために増税はしない、全て他の部分での費用カットで捻出する」という声明を発
表しています。今週はスッタモンダの揚げ句、米国本土の軍事基地の削減が本決まり
になりましたから、今度はどんな予算カットなのか、と色々な憶測が出ているようで
す。
ブッシュ大統領自身が「カトリーナ」対策の前面に出てこざるを得ないのには、他
の面々が全く信用を失っているという事情があります。この欄で毎週動静をお伝えし
ている「面々」に関して言えば、ルイジアナのブランコ知事は大統領と歩調を合わせ
て「初動の遅れについては自分に責任がある」と州議会で演説しています。もちろん、
そんなことを言って信頼や指導権が戻るわけでもありません。
ニューオーリンズのナーギン市長は、当初は「連邦政府は人殺し」などと威勢の良
いことを言っていたのが、ここのところはトーンダウンしています。どうしたのかと
思っていましたら、公務を放り出して家族をテキサス州ダラスに移すために奔走して
いたことが『タイム』誌によって暴露されてしまいました。ユニークなアイディアを
持った黒人市長として街の復興の鍵をにぎるかと思われていた市長ですが、荷が重す
ぎたのでしょうか。
もっとも『USAトゥデー』の調査によれば、被災者の中でニューオーリンズへ戻
る意志のある人は、43%に過ぎないというデータもあるのです。もしもこの数字が
本当であるのならば、ナーギン市長のような行動は「多数派」だという皮肉な見方も
できます。そして決して非難はできないでしょう。ですが、ナーギン市長のリーダー
シップは傷つきました。そして、それは市民にとって決していいことではありません。
渦中にあったFEMAのブラウン長官は、結局対策指揮官を解任されてワシントン
に戻された2日後に、FEMA長官のポストからも辞任してしまいました。浪人の身
となった途端に、ルイジアナのブランコ知事を罵り始めたのは何とも見苦しく、早晩
メディアの世界から姿を消すことでしょう。
ブッシュ大統領に負けじと、被災地訪問を行って「連邦政府の対応に落ち度はな
かった」と強弁していたチェイニー副大統領は、この16日に急に「ヒザの裏側の動
脈」の手術が必要ということで入院してしまいました。
ということで、大統領が全ての陣頭指揮をしなくてはならないようで、現地入りの
回数は本稿の時点では予定となっている分を含めると、既に5回を数えています。そ
れにしても、現地から伝わってくる情報はまだまだ錯綜しています。80日はかかる
といわれた排水作業は15日程度で相当部分が完了するという話も出ており、この週
末からは15万人規模で自宅への立ち戻りが許可されるということになっています。
その一方で、蒸発により濃縮された洪水の水や、それが乾いた汚泥には、大腸菌が
許容量の10倍になっているという説があったりしますし、上水道の供給や電力の復
旧にはまだ時間がかかるようです。それよりも何よりも、犠牲者数が日に日に書き加
えられている中で、一体いつになったら犠牲者の収容が完了するのか、まだまだ分か
りません。
要するに行政府が機能しないのです。行政府が過ちを犯し、その修復にも難渋して
いるのが実情です。では、こうした事態はどうやって避ければ良いのでしょうか。人
々としては、漠然とした印象論で「良さそうなリーダー」を支持して、後はそのリー
ダーが適切な行政官を任命するのを祈るしかないのでしょうか。
良い政治家だ、リベラルで人権を重んじている、あるいは保守で財政再建をやって
くれそうだ、そんな観点から有権者が真剣に選んだ行政官が、国難に際しては危機へ
の対処がうまくできない、それは十分にありうることだと言わねばなりません。では、
非常事態の場合は「カリスマ的な危機管理の天才」をどこからか持ってきて、そこに
権力を集中し、場合によっては法律や私権を停止して処理に当たれば良いのでしょう
か。
これも無理があります。そこで人権が無視されるとか、権力の腐敗が起きるという
以前に、そのカリスマ的なリーダー自身も結局は無能で、処理を誤るという可能性が
残っているからです。勿論、危機管理にすぐれたリーダーは必要でしょう。これから
のアメリカの選挙、とりわけ知事選や大統領選では、そうした資質が重要なポイント
になっていくと思います。ですが、あくまで個人の資質に賭けるような社会的ギャン
ブルだけではダメだと思うのです。
では、システムとして何ができるのでしょう。アメリカには連邦としての憲法があ
り、また各州にも憲法があって、それぞれの政体のなりたちを定義しています。その
憲法を貫く思想は三権分立です。行政府を、立法府や司法府が相互に統制をすること
で、過ちを防ごうという仕掛けです。
元来は、この三権分立は「権力が増長して独裁となり、一部の利益だけを代表する
ようになる」ことを抑える仕組みとしてセットされたものでした。民主主義の憲法を
持ち、その中に三権分立のシステムを持ち込んでいる国家は、みなそのような「権力
性悪説」に立っているように思います。
それはそれで構わないのだと思いますが、問題は今回の事態のように「権力が力及
ばずして過ちを犯す」というケースを、どう統制し、補ってゆくのかという問題です。
その観点からしますと、今回アメリカ社会の直面している「国家的危機」は極めて重
要な例になると思うのです。
例えば、先週お伝えしたように、議会民主党からはFEMAのリストラに象徴され
る「小さな政府論」が今回の災いを招いたという論争が出てきています。これを政争
として位置づけるのは簡単ですが、イデオロギーという対立軸に意味を持たせながら、
立法府が行政府を統制して行くという意味では健全な動きだと言っていいでしょう。
司法の場もやがては、ハリケーン「カトリーナ」被災に関する問題解決の主戦場に
なってゆくでしょう。例えば、今週アメリカを震撼させた、ニューオーリンズでの特
別養護老人ホーム2軒における「入所者見殺し疑惑」です。一つは悪質で、動けない
入所者が洪水で溺死するのを放置して、オーナーや管理人達が逃げたというケース。
もう一つは、孤立して電気が止まる中で、何の救援も得られずに逃げられなかった入
所者が全員衰弱死したケースです。
この中で「置き去り」のケースに関しては、ルイジアナ州の検察局が「ネグレクト
殺人」の容疑で立件する方向で進めているようです。起訴となって法廷論争が始まれ
ば、オーナーの責任だけでなく、市や州、連邦の責任に関しても問われていくことに
なるのでしょう。
一説によれば、ニューヨーク辺りから「災害被災者専門」の「民事訴訟弁護士」が
大勢現地入りしていて、被災者による行政への告発を進める準備をしているそうです。
こうした動きを、乱訴社会という言い方で非難することもできますが、ここは司法の
問題解決能力も復興に一役買ってもらわねばならないのでしょう。
その司法に関しては、死去したリインクレスト前最高裁長官の後任候補に、ジョン
・ロバーツ連邦巡回裁判所判事が決まり、今週は上院司法委員会における審問がされ
て、全米で大きな話題になりました。議会に承認されれば、弱冠50才のロバーツ判
事が、いきなり最高裁長官のポストについて、健康の許す限り終身司法府の頂点を背
負い続けるのです。議会としても、この人物の適格性に関して審査に熱が入っていま
す。
ロバーツ判事は、その若さと切れ味の良い弁舌で、そもそも最高裁判事候補として
大統領から指名を受けた時点から、世論には歓迎ムードがありました。ただ、判事で
はなく一足飛びに最高裁長官候補ということになり、議会の審問を受けている中では、
あまりに防衛的な答弁が目立っています。
「私は政治家ではありません。一介のジャッジ(判事、または審判)なのです。
ジャッジはあくまでルールに基づいて、イエスかノーかを判断するだけです。実際に
ボールを投げたり打ったりはしませんし、ルール作りに関与することはありません」
といって、一切原稿を見ないで答弁をする、と宣言したあたりまでは良かったのです
が、委員の質問に人種や中絶などの問題が出てくると「過去のケースに関する意見は
差し控えさせていただきます。将来私が判断を下さなくてはならない事例は全て未来
の未知の事例だからです」と正に「煙に巻く」格好になっています。
「宗教心を判決に反映させることはないか?」という質問に対しては「判決を書く際
には聖書は閉じる」と明快な答えでしたが、それはあくまで決まり文句に過ぎず、本
心には相当保守的な価値観があるのではないか、という見方が消えません。
このロバーツ判事ですが、議会の承認は得られそうな雲行きです。ですが、本当に
「一介のジャッジ」として手腕を発揮できるのか、それとも本籍は保守という枠から
出ることなく、最高裁判事の間をバランス感覚だけでまとめて、司法の権威を弱める
のか、まだまだ注視していかなくてはならないようです。
日本では総選挙が終わりました。小泉政権の与党でまさか3分の2を取るとは思い
ませんでした。ですが、あまりに圧勝してしまったために、逆に極端な政策は取りに
くくなっていると思います。とは言っても、3分の2という数字はあまりに大きく、
歴史に名をとどめるために、憲法改正の論議が始められるかもしれません。
その場合は、9条の問題や、権利義務関係の綱引きだけではなく、政府の機能を是
正するという観点での三権相互の統制ということを議論の柱にすべきだと思います。
政府が巨悪である場合を統制するだけでなく、政府が無能無策である際に、これをど
う統制するのか、そうした観点での三権の活性化ということが議論されても良いので
はないでしょうか。
もちろん、ハリケーン被災という傷を負った現在のアメリカが、議会でのイデオロ
ギー論争や、法廷での責任論争で立ち直れるかどうかは、全く分かりません。ですが、
少なくとも、今回のアメリカは、ニューオーリンズに正規の戒厳令(マーシャルロー)
は出しませんでした。ですから、災害に関する責任問題や、被災の過程で起きた違法
行為に関して、超法規的な処理はできません。堤防決壊の責任論から、特養の置き去
り死の問題まで、あくまで平時の民事もしくは刑事法廷で裁かれていくように思いま
す。
そこで法廷が機能するのかどうか、司法権が他をしっかり統制してゆけるのか、日
本の憲法に関する議論をする場合には、アメリカの今回の事例をよく見てゆくことは
有益であると思います。同じ意味で、ロバーツ最高裁長官が誕生した場合は、この人
が「三権の長」として最高裁をどう変えて行くのかを注視したいと思うのです。また、
最高裁判事のもう1人の空席(オコーナー判事の退任に伴う枠)にどんな人物が指名
されるのかも重要だと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【編集】 村上龍
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