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2005年9月10日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.339 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第215回
「911からカトリーナへ」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第215回
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「911からカトリーナへ」
ハリケーン「カトリーナ」の上陸から2週間近く経過しましたが、被災した地域で
の後片づけが進まないばかりか、犠牲になった人の遺体収容どころか、正確な数もつ
かめない状況が続いています。ニューオーリンズの街もミシシッピの沿岸部も似たよ
うな状態のようです。
その一方で、先週末には大きな問題となっていた被災者の避難先に関しては、25
万人を限度にテキサス州が全州を挙げて受け入れを開始し、これに続く州も出てきて
います。この点は最悪の事態からは一歩踏み出したと言えるでしょう。ニューオーリ
ンズで人々が不安の中で救出を待った「スーパードーム」とは違って、当座の落ち着
き先としては最も大規模なものとなったヒューストンの「アストロドーム」では被災
者は取りあえずの落ち着きを取り戻しているようです。
ですが、同じように先週末から始まった今回の事態に関する責任のなすり合いは、
日を追うごとに大きな政治問題化しており、ブッシュ政権二期目にとって最大の難問
となっています。1万人を越えると噂される(いやもっと少ないという説もあります
が)犠牲者はどうして死なねばならなかったのか。そもそも堤防補修工事の予算を
カットしたのは誰なのか。そして被災後の政府の対応が遅かったのは何故なのか。そ
して、今、家財一式の全てを失った被災者が百万人単位で支援を待っている現状に対
して、誰が何をできるのか。
そのような形で「犯人探し」をしながら、当面の組織をどうすれば良いかを論争す
る、こちらの方は喧嘩がエスカレートするばかりで、責任問題も新組織も全く見えな
い日々が続いています。議会は「調査委員会」を設置するという姿勢を見せています
し、それも「9/11独立調査委員会」のような超党派の機関を設置すべきだという
のです。連邦、州、市の連携に関しては、まだまだギクシャクしたままです。
そんな中、集中砲火を浴びているのが、FEMA(緊急事態支援庁)という連邦組
織です。ハリケーンの上陸直後から、ルイジアナに入って対策を指揮していたのが、
このFEMAのマイケル・ブラウン長官でしたが、初動の遅れから始まって、市、州、
連邦のコーディネーションがうまく行かずに、特にニューオーリンズでの被災者の救
援活動が停滞した、その当面の責任がブラウン長官にあるというムードが強くなって
行きました。
この「ブラウン批判」は被災3日目に、ニューオーリンズのスーパードームや、コ
ンベンションセンターに避難した2万人と言われる被災者が水と食料の欠乏に苦しん
だあたりから始まり、二度のブッシュ大統領の被災地訪問でも止みませんでした。そ
して、決定的になったのは今週半ばのヒラリー・クリントン上院議員の発言です。
それは「私が夫と共にホワイトハウスにいた8年間、FEMAは閣僚級の長官を擁
した立派な連邦組織でした。それを、911以降の風潮の中で国土保安庁の傘下にお
いて権限を縮小したばかりか、大幅な予算カットと人員削減がされたのです」という
批判でした。
被災地とは地縁の薄いヒラリーが、こんな形で渦中のFEMAを徹底攻撃する、こ
れは表面的に見ると「ハリケーン災害を2008年大統領選への向けての政争の具に
する」そのものの発言です。そしてその要素は否定できません。ですが、このヒラリ
ー発言はある決定的な重みを持ったのです。
それは、ヒラリーが政治的なスターとしてのカリスマを発揮しているからではあり
ません。民主党がヒラリーを全面に押し立てて政府批判をしようとしていて民主党員
が支持を寄せているからでもありません。この指摘が、共和党と民主党の対立軸を浮
き彫りにするものだったからです。
NYタイムスの解説によると、ヒラリーが批判したブッシュ政権によるFEMAの
リストラは真実で、しかも共和党は政権奪取に際して、クリントン時代のFEMAを
「大きな政府論による浪費の牙城」だとして、自分たちの「小さな政府論」の理想を
推し進めるためにバッサリやったのだそうです。
ヒラリーに言わせると「90年代にはハリケーンを始め、様々な天災に対する救援
活動の専門家が長官、副長官クラスにいたのに、全部解雇されて何も知らない素人ば
かりになった」というのですが、その素人呼ばわりされたブラウン長官は、先週の時
点で「FEMAの役割は直接の救援ではありません。市と州と州兵と軍が連携を取る
ためのコーディネーションが任務なのです」と言って、専門家がいないことは問題で
はないし、自分たちは直接の活動はしないのが正当だと述べていました。
正に「大きな政府、小さな政府」の論争の典型です。この問題こそ、民主党と共和
党の対立軸の根本であり、この問題で結集できれば民主党は、政治的な主導権を取り
戻せる、そんな大問題だというわけです。確かに災害を政争の具にしているのかもし
れませんが、こうした選択こそ政治の責任であるのだとすれば、災害の渦中にあって
も堂々と論陣を張ることには一定程度の説得力が出るというわけです。
先週ご紹介したルイジアナ選出のメアリー・ランドリュー上院議員なども、当初は
大統領に気を使って八方美人的に振る舞っていたのですが、このヒラリー発言を契機
に態度がガラリと変わって「堤防の決壊など誰も予想しなかった、と大統領はおっ
しゃいましたが、我々も、そして様々なコンピュータのシミュレーションもみんな予
想していた事態なんです」とブッシュ批判に走っています。
そんな形で、今週はヒラリー発言の重みがワシントンと被災地を振り回した格好な
のですが、では、このFEMAとブラウン長官に関してはどうなったかというと、ま
だまだ迷走が続いています。FEMAは汚名挽回とばかりに、「FEMA」という組
織名を宣伝するかのように、被災者全員に2000ドル(22万円相当)のデビッド
カードを配付しました(日本ではブッシュ大統領の名前で配られたという報道があり
ましたが、そうではありません)。
ただ、このデビッドカード配付は、使い方が分からない人がいて混乱を招くという
理由で一日で廃止されて、小切手に変更になりましたが、こちらも銀行口座を持たな
い人が資金を受け取れないなど批判があり、迷走が続いています。また、今週水曜日
にはチェイニー副大統領が現地を視察して(一部には白人居住区しか行かなかったと
いう批判もありますが)「連邦組織は適切な仕事をしている」とFEMAを擁護する
ような動きも見せていました。
ただ、最終的には「かばいきれなかった」というところなのでしょう。金曜日には、
国土保安庁のシャートフ長官が会見して「連邦政府としての現地指揮官を、FEMA
のブラウン長官から、沿岸警備隊のサッド・アレン提督に変更する」と表明、ブラウ
ン長官は更迭された格好になりました。
そのブラウン長官は「静かにワシントンの家に帰って、カミサンと犬の散歩をして
マティーニでも飲るさ」という意味不明の「声明」を出したところを見ると、経歴だ
けでなく資質として公職の任に耐えるような人物ではなかったようです。
いずれにしても、今回の事態は徐々に「小さな政府論で良いのか?」という疑問を
全米に広げつつあります。ハリケーン以前の時点で「ブッシュはカネを使いすぎ」と
いう共和党の伝統的な保守がブッシュ批判の急先鋒になる、そんな見方がありました
が、今回のヒラリー発言に見られるように、民主党による「政府とは安全や福祉のた
めには必要な政策を怠るべきでない」という立場が急速に支持を得るとすれば、一気
に政局が古典的な対立となってゆく可能性があるように思います。もしかすると、
ブッシュはその真ん中で沈没するかもしれません。
ちなみに、その共和党内のポスト・ブッシュの鍵を握る一人と思われる、フリスト
上院院内総務は、自身が医師免許を持っている(ちゃんとした医師だそうです)ので、
ニューオーリンズ空港の仮設診療所で頑張っていたそうです。「パフォーマンス」に
しても良質なものだと思うのですが、メディアは冷淡にもほぼ黙殺したようです。
この問題に関しては「小さな政府論」の背景にある「夜警国家」という考え方も揺
さぶられていると言って良いでしょう。福祉は自助努力に任せる、国家は「夜警」つ
まり治安と安全保障に専念していれば良いという考え方です。「夜警国家観」の通り、
ブッシュは安全保障には思いきりカネを使いました。では「夜警」には「治水」は含
まれるのか、これが今回の問いでしょう。少なくとも、FEMAを格下げし、予算を
削ったブッシュ政権には「治水」の重要性は理解されていなかったようです。
治水といえば、中国の建国伝説が思い起こされます。国造りの原点には原始共産制
があり、それが「禅譲」すなわち世襲でなく推挙による政権交代システムになって
いった。これが更に「世襲」による強大な権力を求めていったのは、黄河の氾濫に対
してコミュニティが団結するためだというのです。この哲学の是非はともかく、その
国家の原点というべき「治水」を軽視した政治のツケは大きいというべきでしょう。
今回の事件は、リーダーシップとヒロイズムの問題も問いかけてきます。とりわけ
明日11日に4周年を迎えるセプテンバーイレブンスとの対比は、あまりにも鮮烈で、
人間とは何か国家とは何かということを厳しく問うてくるように思います。今週は詳
しくお話する時間がありませんが、象徴的なのは、911の警察官はヒーローになっ
たのに、ニューオーリンズの警察官はそうではないということです。
少なくとも現時点では、ニューオーリンズの警察官は苦しんでいます。いつまでも
指揮命令のハッキリしない中、一部は略奪に加担するなど、絶望と退廃を経験し、州
兵がやってくると「おまえ達は不要だからどこかへ失せろ」と言われる、そんな中で
2名の自殺者を数えています。精神的に苦しんでいる警官は、ラスベガスへ送られて
カウンセリングが行われていたりもします。
では、NYの警官に比べて、ニューオーリンズの警官は人材として劣ったのでしょ
うか。そうではないと思います。指揮命令系統の混乱が悲劇を招いているのでしょう
か。それも部分的だと思います。根幹にあるのは、テロとは悪であり、テロ被災とい
うのは自身に無限の正義を与えられたと錯覚するような士気高揚をもたらすというこ
とです。これに対して、天災は悪ではなく、ただただ人間存在の弱さと小ささを見せ
つけて人心を押しつぶすということなのでしょう。
(ちなみに、あらゆる先制攻撃はテロリズムと同様に、相手に「無限の正義を与え、
以降の戦局の全責任を負わざるを得なくなる」から政治的にマイナスなのです。真珠
湾や今回のイラク先制攻撃は全く同様の政治的失敗だと言えるのでしょうし、映画
『亡国のイージス』で強調されていた「自分からは撃たない」思想というのは日本人
の美学でも何でもなく、政治的な真実だけだとも言えるのでしょう)
いずれにしても、天災に立ち向かうには優れたリーダーシップが必要であり、政治
とは何か、政治家や行政官の資質としては何が問われるのかという問題を、今回のカ
トリーナは提起しています。911は明日の四周年を契機に急速に歴史の彼方へと消
えて行き、カトリーナの悲劇すなわち内政上のリーダーシップが問われる政局が始ま
るでしょう。歴史が動き出しました。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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