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小説 結城純一郎の演説 (7)
周来訪は、昼、天安門広場に自転車でやってきた。向こうに人民大会堂が見える。先週まで抗日戦争勝利60周年記念行事が
開かれていた・・・後片付けも終わり、天安門は祭りのあとの寂しさがあった。周来訪は晩夏の匂いを感じた。
周来訪は、観光客相手に商売をしている北京中華料理店の厨房で、野菜や皿を洗う仕事をしていた。今日は休みだった。
「あのとき・・・おれは二十歳だった・・・」周来訪は、自転車を降り、天安門広場を自転車を押しながら歩きはじめた。
それは1989年の5月、天安門事件が周来訪の二十歳の原点だった。
北京大学、日本語学科の教室で周来訪は友人たちから追及されていた。
「おまえは何故逃げる、おれたちと共に民主化闘争を闘うべきだ」友人たちは周来訪を囲んでいた。
「おれは活動家になるつもりはない、おれは小説家になるつもりなんだ。申し訳ないが民主化闘争には興味がないんだ」
そう周来訪は友人たちに説明した。
「国家権力の弾圧が怖いんだろう!」そう友人たちは周来訪をののしった。
これ以上話してもやられるだけだと、周来訪は黙り込んだ。
やがて友人たちは「こんな日和見分子を誘っても時間の無駄だ。行こうぜ」と捨て台詞を残して教室から去っていった。
天安門事件の後、友人たちは大学に帰ってこなかった。そして周来訪も大学に行くことをやめた。そして退学となった。
「撮らしてもらっていいですか?」カメラを持った、若い女が周来訪に聞いてきた。
彼女が持っているのは日本製のカメラだった。「写真の勉強をしているんです、ぜひ撮らしてください」
「何処から来たの?」そう周来訪は彼女に聞いてみた。「上海です」彼女が答えた。そして周来訪にカメラを向けた。
「いいよ」と、周来訪は人民大会堂を見ながら言った。16年間、おれは逃亡者か?・・・そう問い続けてきた歳月が顔に
深く刻まれていた。「遠くへは、」シャッターを切りながら、彼女はふいに尋ねてくる。「行かないのですか?」
表情はよくわからなかったが、確かに一瞬、周来訪が笑ったと彼女は感じた。それは笑ったと思える顔だった。
彼女は周来訪の表情に抒情の熱を感じ、何故か魅せられてしまっていた。
「後姿を撮らせてもらってもいいですか?」さらに彼女は、被写体に要望してきた。
自転車を押しながら天安門広場を歩く周来訪の後ろから彼女はシャッターを切り続けた。
「君は何者?」振り返りながら周来訪は彼女に聞いた。
「上海美術大学の学生です。名前は快晴です。現代美術の作家をめざしています。今、男の表情とか姿態像にこっているんです。
男の背中はとくにキュンときちゃいますね。あはあっは。上海の男性像はけっこう撮ってきました。北京の男に興味があって
それで夏休みを利用してやってきたんです」快晴は興奮しながら答えた。
「何処に住んでいるんですか?」快晴は周来訪と並んで歩きながら質問した。
「北京大学の裏手にある廃墟のようなオンボロアパートだよ」周来訪が答えた。
瞳を輝かしながら快晴が言った。「もしよかったら、ぜひ案内してくれませんか、路地裏の光景とか、廃墟にとても興味が
あるんです」
「そうだな、おれも上海のことを聞きたいし、行こうか」そう周来訪は快晴を誘った。
「ありがとうございます」快晴が喜びにあふれた笑顔で答えた。「後ろに乗れよ」そう周来訪は言った。
「ふたり乗りは警察に怒られてしまいませんか?」快晴は質問した。
「かまうもんか、それに警察は抗日戦争勝利60周年記念行事の警備疲れで今日はほとんど休みだよ」周来訪が答えた。
快晴は黒いハイキングバックを背負い直し、カメラを肩にかけた。そして「いきますよ」と自転車の荷台に乗った。
周来訪は勢いよくペダルを踏んだ。二人乗りの自転車は天安門広場から北京大学へと疾走していく。
「仕事は何をやっているんですか」ペダルをこぐ周来訪に快晴は後ろから質問した。
「え!?」周来訪は聞き返した。「仕事!?」快晴が大きな声で言った。
「ああ、北京料理の皿洗いだよ・・・でも本職は売れない小説書きだけどよ、あっはははは」
周来訪は北京の街を哄笑するような大きな笑い声で答えた。
「部屋に着いたら酒を飲もうぜ、小説運動と小説主体について話してやるよ、あはははは」周来訪はさらに哄笑した。
快晴は、えんえんと自分の話をする上海美術大学の教授を思い出した。他者が介在しない話を聞くには忍耐力がいる。
この男もそういう部類の動物かもしれないと快晴は、周来訪の背中を肌で感じながら危惧した。
アパートの入り口を入ると暗い回廊があった。
周来訪の部屋は乱雑にあふれ崩壊していた。書物が床に転がっている。本棚には、ほこりにまみれた書物が眠っていた。
快晴は上海美術大学に入学した時期にみた小劇場の演劇を思い出した。題名は、地下水道、東欧の映画が原作だった。
舞台には古本や古雑誌が高く積まれていた。書物の死体置き場だった。俳優はその周りを歩きながら演じていた。
劇場は地下室でアンダーグランド演劇にふさわしい場所だった。観客は10人ほどだった。
部屋の中央にはちいさなテーブルがあった。窓辺に机があった。窓から北京大学の建物が見えた。
快晴は机の前までいって、カメラをかまえた。「部屋を撮ってもかまいませんか?」そういいながらシャッターを切った。
「好きなようにしろよ」と言いながら、周来訪は、台所からガラスコップと紹興酒のボトルを持ってきた。
周来訪の机の上にはIBMのコンピュータがあった。そしてキーボードの前にページが開いたままの本があった。
ページは窓からくる晩夏の風に踊っている。快晴は興味がわき、ふとその本を手にもってみた。
「これ日本語の本ですね?」と快晴は周来訪にたずねた。
「日本のアンダーグランド小説だよ、いま翻訳しているんだ」そう周来訪は答えた。
小説 結城純一郎の演説 (6)
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