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2005年8月27日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.337 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第213回
「イラクとベトナム」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第213回
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「イラクとベトナム」
日本での2週間を終えてアメリカに戻ってきますと、社会に流れる時間が変わるの
を感じます。911以降、アメリカを出てアメリカに戻ると、空港に着いた途端に
「交戦国」の暗さのようなものを感じることが多かったのですが、今回は違いました。
総選挙に沸き立つ日本と、選挙のない中間の年を送っているアメリカという違いもあ
りますが、それ以上に国境の向こうのアメリカは、妙に沈滞しているように感じられ
たのです。
まず、空港に着いての入国審査がそうでした。911以来、移民や入国審査につい
てはどんどん厳しくなっており、特に外国人の入国審査については、指紋押捺や写真
撮影が行われるようになっています。ですが、制度や手続きが厳しくなったのと同時
に、審査そのものの雰囲気も厳しくなったかというと、必ずしもそうではないような
のです。
今回私たちが入国したのは、ニューヨークのJFK空港でしたが、入国審査場には
「入国審査官の誓い」というスローガンがきれいに印刷されて掲げられていました。
私は「一人のテロリストの通過も許さない」というようなことが書いてあるのかと
思ったのですが、実際は逆と言っても良いような内容でした。
現場は撮影やメモが禁止されているので、あくまで記憶に頼るしかないのですが、
「誓い」というのは「旅行者の利便性を最優先にします」とか「不愉快な思いをおか
けしません」というような「ソフトタッチ」の内容でした。指紋押捺や写真撮影への
反発を見越して低姿勢に出ているのか、あるいは部門の責任者がリベラル寄りの人物
だったのかは分かりません。ですが、私にはものものしい指紋押捺と、妙にソフトな
「誓い」なるもののミスマッチ感が、現在のアメリカの迷いを象徴しているかのよう
に思えました。
そのアメリカですが、「反戦母」シンディ・シーハンさんの話題はこの夏一番の
ニュースという座を固めつつあるようです。息子さんがイラクで戦死したシーハンさ
んは、イラク戦争を全面批判する立場に立って、現在ブッシュ大統領が夏休みを過ご
しているテキサス州クロフォードで、連日集会を行っています。
中でもイラクで犠牲になった米兵の名前を記した白い十字架を、このクロフォード
にあるブッシュ牧場へ向かう道に何百本も建てて行っているキャンペーンは、視覚的
な効果もあってメディアでも大きく取り上げられています。シーハンさん自身が、自
分の息子をイラクで失っているだけに、発言には重みが出ているのです。
ブッシュ政権は、最初は黙殺の構えでしたが、日増しにシーハンさんの影響力が増
してくるのに対して、何もしないわけにはいかなくなり、先週末から今週にかけては
大統領自身が各地に遊説に出て対抗することになりました。最初は、クロフォードで
の「牧場をバックにした記者会見」で、この中では「息子さんを亡くされた方の怒り
は分かるが、それが必ずしも戦没者遺族全体を代表しているのではないと思う」と間
接的ではあるものの、大統領自身の口からシーハンさんを非難する作戦に出たのです。
ただ、この発言を受けてではないのですが、同時期に行われた世論調査では、支持
率が42%というかなり危険なレベルになってきていました。また「牧場会見」その
ものが、ブッシュ大統領としても今一つ歯切れが悪く、成功したとは言えなかったよ
うです。また、ペンタゴン筋から「イラク駐留は今後4年間継続」という情報がメ
ディアに流れ、これが「あと4年」というブッシュ再選の際のスローガンに引っかけ
た形で取り上げられて、政権の印象を悪化させていたのです。
そこで、今週はユタ州、アイダホ州と連続して「戦死者家族への慰問」という形で
大統領のスピーチが行われることになりました。そのアイダホ州での23日の火曜日
のイベントでは、ブッシュ大統領は大勢のアイダホ州兵を集めた席上、「犠牲者は勇
敢で偉大」だと讚える一方で、イラク政策に関しては「一切変更しない」と断言して
います。
さらに、シーハンさんに対抗するように、息子や娘を6人イラクへ兵士として送っ
ている母親を登場させたり、息子が戦死している母親に「イラク戦争を否定するのは
息子の死の意義を否定するもの」と言わせてみたりしています。ただ、この間、家族
の看病のためにカリフォルニアへ行っていたシーハンさんが、木曜日の25日にテキ
サスに戻ってくると、支持者も意気が上がっていると各メディアは報じていますから、
この勝負、まだまだ大統領にとっては苦戦という雰囲気です。
民主党内でも軍事外交に関しては保守的だったジョン・エドワーズ前副大統領候補
が、エリザベス夫人共々、シンディ・シーハンさんへの支持を表明しました。特にエ
リザベス夫人は、自身がガンとの闘病を克服して後、初めて全国的な話題になりまし
た。またシーハンさんへの連帯の手紙に「息子を失った母の真情」を綴っていること
(エドワーズ夫妻が長男の事故死を乗り越えて活動していることは余りにも有名で
す)、そして「シーハンさんの訴えは耳を傾けられる権利がある」としていることな
ど、一定の影響力はあるようです。
では、TVや新聞・雑誌などは、シーハンさんをヒロインに祭り上げて、ここで一
気に反戦ムード、かというと必ずしもそうではありません。イラク戦争だけでなく、
アフガン戦争まで批判するシーハンさんは、「リベラルのイデオロギーに利用されて
いるだけ、と右派には見られています」というコメントをつけて紹介されるなど、メ
ディアは醒めています。
シーハンさんと大統領の「対決」に対する視線が醒めているのには理由があります。
それは、左右両派のイデオロギー対決に対して人々が飽き飽きしているということも
ありますが、それ以上に憲法制定をめぐって合意点の見つからないイラク情勢に対し
て、アメリカの左右両派はどちらも有効な案を持っていないことが明らかだからです。
この憲法制定を進めることによって、今後のイラクの政体や法体系を決めるわけで
すが、その前にスンニー派、シーア派、クルド人の三派の勢力バランスを位置づけな
くては、作業は進みません。結果的に、スンニー派という少数勢力でありながら全国
を巧妙に支配してきたサダム・フセインの権力を「除去」した後に、ポスト・サダム
の権力として穏健スンニー派が全国に影響力を持つことは全くなく(アメリカが真剣
にそのような戦略を模索していたのか、今となっては検証が難しいのですが)、なし
崩し的にシーア派とクルド人が政権の中枢に入ってしまいました。
同時にスンニー派(らしい)勢力が、地下ゲリラ組織を維持して、アメリカ主導の
治安維持体制を揺さぶり続けています。こうなるとアメリカとしては、シーア派とク
ルド人の発言力増加を止めることはできません。結果的にシーア派が自治権を確立す
ると、南部油田の収入がシーア派に流れる一方で、シーア派の目指す政教一致的な復
古主義を止められなくなります。今から考えると、シーア派内の強硬なサドル派と一
旦は敵対しながら、サドル派の側が妥協してきた(もっともサドル派は、ここへきて
シーア派の主流派とイザコザを繰り返しているようですが)あたりから、政治的には
アメリカは主導権を取れずにいるようです。
とは言え、憲法制定へ向けてのスケジュールに遅滞が出てはいけないということで、
今週から米軍は部隊の交替時期をダブらせるなどの方法で、イラクへの一時的な増派
に踏み切っています。ですが、今回の増派にしても、仮に「4年」という駐留の延長
にしても、それによって政治的にアメリカが主導権を取るなり、アメリカの側で「名
誉ある撤退」のタイミングを得ることにはなりそうもありません。
イラクは大国です。人口という面でも、経済、石油埋蔵量、そして隣接する諸国の
間にあっての地理的な重要性にしても、極めて重要な国だと言えるでしょう。その
「政権を転覆する」のだと息巻いて、自他の人命を犠牲にして攻め入ったにもかかわ
らず、結果的には「フセイン除去」以外には政治的に成果がないのが現状です。そし
て、そのイラク情勢に対しては、「現状のコースを維持」するというブッシュ政権に
しても、これに反対するグループにしても具体案を持っているとは思えないのです。
そんな中、今週あたりから「イラク情勢はベトナム化している」という言い方が急
に増えてきました。民主党系の反戦派の間では使われていた言い方ですが、ここへき
て共和党内でも例えばチャック・ヘーゲル上院議員(ネブラスカ州選出)のような大
物が「ベトナム化の懸念」などと言い出しています。ヘーゲル議員は自身がベトナム
従軍の経験があることもあって、発言はワシントンではかなりの重みを持って受け止
められたようです。
現時点でイラクに関して「ベトナム化」を口にするのは、特に保守の間では非常に
抵抗があります。もちろん、ベトナムが10年以上の介入を続けたにも関わらず「撤
退=敗北」という結果になったからですが、ある意味でそんな「完敗」を意味する
「ベトナム化」が公然と語られるようになったということは、イラク情勢に関する
はっきりとした「手詰まり感」が出てきているということなのでしょう。
では、「ベトナム化」という表現がイラク情勢を的確に表しているのでしょうか。
私は違うと思います。ベトナムの場合は、アメリカは引き上げるだけで済みました。
アメリカが出て行くと共に、サイゴンは陥落し、北ベトナムによる国土の統一が完成
しました。その時点で、共産主義を忌避して難民として国外へ出て行く人も多く、国
内に留まった富裕層の財産は剥奪されました。ですが、アメリカに「戻って来い」と
いう人はいませんでした。この場合、とにもかくにも統一という受け皿がハッキリ決
まっていたのです。
ですが、イラクの場合はアメリカが撤退しても問題は解決しません。フセイン率い
るバース党の権力が消滅した後に、万人の納得する権力の受け皿はないのです。かと
いって、今となってはバース党の復権も有り得ません。石油埋蔵が南北に偏る中では、
現在の居住地にしたがって国を三分割して自治を強めることも、全員の納得は得られ
ないのです。
そんな中で、兵力を駐留させていても、あるいは引き上げたとしても、現在の混乱
を作った責任はアメリカにあると言われても仕方がないのです。そう考えると、現在
のイラク情勢はベトナムよりも「たちが悪い」とも言えるのでしょう。9月からは議
会が動き出します。いくら選挙はないとはいえ、政局も確実に動き出すことでしょう。
特に共和党としては、2006年の中間選挙を有利に進めるためにはこのままブッ
シュと「心中」という戦術は取りにくくなってきています。
フリスト上院院内総務の「ES細胞研究容認」発言、そして今回のヘーゲル発言が
物議を醸す中から、共和党の内部に「ポスト・ブッシュ」の動きが必ず出てきます。
またそうでなくては、政党としてのエネルギーが出てこなくなるのでしょう。もちろ
ん、民主党もよりハッキリと「イラク戦争批判」の立場を取ってくる可能性がありま
す。
そうなると、この秋の政局は、共和党内のブッシュ支持派と反ブッシュ派、そして
民主党と三つ巴の流れができてゆくことになるかもしれません。ではその流れは、草
の根の声を結集して大きな動きになってゆくのでしょうか。ベトナム反戦の流れがあ
る世代を代表する文化にまで拡大して行ったように、シーハンさんの動きなどを契機
にして「イラク反戦」がアメリカの言論や文化にある種の活力をもたらすのでしょう
か。
私はこの点に関しては悲観的です。シーハンさんの動きは、911以降の反戦運動
の中では最も広範な説得力を持っているにせよ、古典的な「反戦リベラル」のイデオ
ロギーに巻き込まれ過ぎています。例えば、ベトナム反戦運動のシンボルだったジョ
ーン・バエズがテキサスに駆けつけて「シーハン支援ミニコンサート」を行ったり、
NYの大物黒人運動家のアル・シャプロン師(前大統領候補)が支持を表明したり、
という流れの向こうには、運動としての発展性はあまり期待できないと思います。
それは運動のスタイルが古過ぎて、世代的に若い人にアピールしにくいというだけ
ではありません。社会の停滞感を打破して、明らかに時代を前へと進めていくにして
は、対立軸のあり方がハッキリしないという問題があるからです。例えば今週の大き
な政治ニュースは、ブッシュ政権が打ち出している「国内軍事基地の削減問題」でし
た。既に発表されている削減計画に対して、地域の雇用問題を理由に見直しのための
独立委員会が設置されて検討された結果、コネチカット州の潜水艦基地など、一部の
閉鎖が撤回されたというのです。
TVでは、基地の存続が決まって地元労組の幹部と抱きあって喜ぶ民主党議員
(ジョン・リーバーマン前大統領候補)の姿が大きく報道されました。この問題の対
立構図は、「軍事革命を推し進め、宇宙からのデータに基づいて全世界にハイテク兵
器を展開する方向へ向かう共和党政権」と「国内基地の労働者などの既得権益を守ろ
うとする民主党」という図式になってしまっています。
こうした対立構図の中では、例えばイラク問題一つ取ってみても「現状のコース維
持」でもなければ「スローガンだけの反戦」でもない、現実的な撤退のシナリオを描
くのは難しいと言わざるを得ません。そして、テロの脅威を盾に「戦時体制」の維持
を説かれると、反戦の側もそこを突き崩すだけの力を持ってはいません。この秋、政
局は動くでしょう。ですが、結局はワシントンを中心としたポスト・ブッシュの政争
という域を出ないと思います。
国論を二分するだけの活力は、今のアメリカ社会には欠けていると言わざるを得ま
せん。アメリカで、この夏話題の映画といえば『スターウォーズ3』でも『バットマ
ン・ビギンズ』(佳作だと思いますが)でもなく、南極でのペンギンの生態を追った
『皇帝ペンギン』なのです。父親役や母親役を振ったフランスや日本とは違って、モ
ーガン・フリーマンの淡々とした一人語りというのも受けている要素のようで、何と
興行収入は53ミリオンという、自然ドキュメンタリー物としては「お化けヒット」
になっています。みんな本当に疲れているのでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【編集】 村上龍
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