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JMM [Japan Mail Media]  「自信喪失の日々」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0505/bd40/msg/463.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 7 月 30 日 20:30:41: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2005年7月30日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.333 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』 第209回
    「自信喪失の日々」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第209回
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「自信喪失の日々」

 スペースシャトル「コロンビア」の大気圏再突入失敗という悲惨な事故から2年半、
満を持して打ち上げられたはずの「ディスカバリー」ですが、日本人宇宙飛行士の野
口聡一氏を含む搭乗員には大変なプレッシャーがかかることになりました。打ち上げ
時の燃料タンクからの「破片」剥離という事実がカメラに写っており、また再突入時
にシャトルを保護する断熱材にも、一部損傷が見つかっているというのです。

 火曜日の打ち上げから1日経った時点で、特に破片「剥離」の事実を深刻に受け止
めたNASAは、この問題が解決するまで次回打ち上げの「アトランティス」を含む、
シャトルの飛行を一切凍結すると発表しました。英語では「シャトル船団を地上に下
ろす(直訳)」という表現で報じられることが多く、28日朝の各局のニュースショ
ーは、どの局も何となく重苦しいムードでトップ扱いをしていました。

 確かに「コロンビア」の時は、打ち上げ時に破片がシャトル本体の翼に当たり、そ
の裏に張ってあった断熱材を損傷してしまったことが、再突入時に高熱が機内に入っ
て空中分解を起こす要因になっています。この2年半、その再発を防止するために徹
底的に調査した結果が、今回の打ち上げ「ゴー」となっているのですから、NASA
も、担当記者もショックを受けている様子がTVからも分かるのです。

 27日の発表の中では、今回の「ディスカバリー」の断熱材損傷の恐れについては、
万が一この機体での大気圏再突入を見送った場合についても説明がありました。NA
SAによれば、その場合はクルーはISS(国際宇宙ステーション)で待機していて、
レスキュー・ミッション(救援隊)を待つのだというのです。満を持しての打ち上げ
再開だったはずが、何となく暗雲漂う雰囲気になってきました。

 27日にISSにドッキングした際には、超望遠のデジタルカメラでISS側から
シャトルの断熱材を撮影して、安全性チェックをしたというのですが、今どき「超望
遠」の「デジタルカメラ」などと言われても、何とも「ローテク」な話です。散々問
題になっていた破片が生じる懸念に加えて、対策が「デジタルカメラ」での撮影と来
れば、イヤなムードを感じるなというのがムリというものでしょう。

 28日になりますと、NASAからはその「デジタル写真」を検証した結果などを
元にした、問題の断熱材に関する「最初のレポートは極めて良い結果(ジョン・シャ
ノン、フライトオペレーション・マネージャー)」だという発表がありました。CN
Nのマイケル・オブライエンのレポートによると、28日時点でのマイケル・グリ
フィンNASA長官の発言では、シャトルは、そのまま帰還できる可能性が濃くなっ
たというのです。

 雰囲気としては、まだまだ「怪しい」という感じなのですが、この時点でNASA
から前向きのコメントが出たということは、「ディスカバリー」の大気圏再突入と帰
還については、懸念が消えつつあると言っても良いのでしょう。長官が言ったという
背景には、専門家が確証を持っていると見るべきです。

 その専門家というのは、地上の技術者や、製造メーカーの出向者などもそうなので
すが、現在宇宙にいるクルーにも専門家がいるのです。良く調べてみると、現在IS
Sにドッキングして滞在している「ディスカバリー(ミッションSTS114)」の
クルーの構成は、少し変わっています。

 今回の「STS114」では、航空関係者が機長以下2名、宇宙での科学実験を目
的に搭乗してた科学者としては、海洋科学者が1名いるだけです。その他の4名は完
全に宇宙船の設計と運用のプロです。その4人の経歴を見てみると(敬称略)、シャ
トルを飛ばし、帰還させる技術に関するプロばかりなのです。

野口聡一・・・石川島播磨重工業出身、専門はロケット・エンジン技術
アンドリュー・トーマス・・・ロッキード・マーチン社出身、空気力学
チャーリー・カマーダ・・・熱工学者、熱パイプ冷却技術により特許取得
スティーブ・ロビンソン・・・流体力学、空気力学、スタンフォードで博士号

 例えば、全員が犠牲になった2003年の「コロンビア(ミッションSTS10
7)」の場合は、機長以下アメリカ空軍が2名、イスラエル空軍が1名、アメリカ海
軍が2名(1人は潜水艦の船医)、そして医師1名、科学者1名という組み合わせで
した。この回はイラク戦争直前でもあり軍事色が濃厚でしたが、その以前のシャトル
では科学者の比率が高かったことを考えると「シャトルのプロ」が4人も乗り込んで
いるという今回は例外的と言って良いでしょう。

 ということで、そのプロ達が自分の命を危険に晒して、何かと批判のあるシャトル
に乗り込み、帰ってこようというのです。NASAとしてこれから8月7日の帰還に
向けて、最終的な決定をしてゆくわけですが、それには「現場」の意見が反映される
ことには間違いありません。その現場には、この4人のプロが入っているのですから、
私には、その判断は最終的には信じても良いように思うのです。

 私は、宇宙開発というのは続けるべきだと思います。それは、空を飛べない人間に
とって、大空は、そして宇宙は永遠の憧れだからです。そして、その憧れや研究への
情熱を危険な兵器開発へと向けるよりは、宇宙航空産業として平和的な「宇宙への夢」
に向けていったほうが人類としてリスクが低いと思うからです。もちろん、民生や環
境を放っておいてやるべきではないでしょう。ですが、宇宙航空予算の全額が軍事目
的になってしまうよりは、ましだと思うのです。「宇宙への夢」は維持しておいた方
が、人類としては健全だと思うのです。

 ですが、今回の「ディスカバリー」に関して「当面は打ち上げ凍結」であるとか
「帰還するか救援を出すかは調査結果次第」という報道が続きますと、気分として沈
滞してきてしまうのは否定できません。どうしてこうなるのでしょう。たぶん、報道
のアプローチに問題があるのだと思います。アメリカのメディアの場合は「スペース
シャトル=心配だ」という先入観があり、そこに「破片」問題や、「断熱材」の心配
などが入ってくることで、どうしようもなく情緒的な報道になってしまっているのだ
と思います。

 その根底には、ある種の自信喪失というムードがあると思います。アメリカの宇宙
開発では、有人飛行を開始して以来、アポロ計画で月着陸に成功するまでは、飛行中
の人身事故はゼロでした。もちろん、アポロ1号の地上での司令船火災で3名が死亡
した事故、月へ向かう軌道上で機械船の爆発事故を起こし、電源と酸素の不足する中
で奇跡の帰還を遂げたアポロ13号(ロン・ハワード監督の映画が有名です)など深
刻な事故はありましたが、その他は無事故だったのです。

 それに比べると、スペース・シャトルの場合は、2回の大惨事で計14名の犠牲と
いうのは大きな数字ですし、70年代に設計されたシャトルを今でも使用しているこ
とや、次期宇宙船を開発しようにも予算的な困難がある、などと聞かされるとどうし
ても気分が滅入ってくるというわけです。

 どうやらNASAは、シャトルを退役させる決断をしつつあるようです。今回
「シャトルのプロ」を4名も乗船させて、ある種の情報公開を行いながら、帰還の可
否を決断してゆく、このプロセスには、最終的にシャトルを止めて、次世代の宇宙船
に移行する準備のように思えてなりません。もしもそうであるならば、もっと徹底的
に「科学的な情報」をメディアを通じて説明すべきでしょう。

 断熱材を「大丈夫」というのなら、デジカメ写真がどうだとか、レーザーでチェッ
クしたとか、センサーは大丈夫だとか、そんなイメージを言うのではなく、何を想定
しており、結果として何が想定外で、何は想定内なのか、そうした科学的な分析を幅
広く、世論と共有していかなくてはならないと思います。宇宙開発が、軍事技術開発
よりも健全なのは、そうした技術的な側面についても世論の幅広いチェックを受ける
ことができる点にもあります。

 アポロ計画の華やかであった頃は、そうした技術情報が世論と共有されていたと思
うのです。アポロ1号の火災は、一気圧の純粋酸素を使用していたためだったのが、
事故の教訓から減圧するようになったとか、それこそ月に着陸すると1日が1か月だ
とか、地球は中空の一点に止まって満ち欠けして見える、などという科学的知識を、
大人も子供もドキドキして学んだものでした。

 そこまで大衆的にとは行かなくても、もう少し技術的な内容が幅広く話題になって
も良いと思うのです。それこそ、今回の飛行士たちが専門に研究しきている流体力学
とか熱工学とかについて、シャトルの安全性にからめて、もっと深い報道を通じて、
世論の理解が深まっても良いのではないでしょうか。次期シャトルへの道は、そうし
た世論の技術力にかかっているとも言えるでしょう。

 ちなみに、29日金曜日の『NYタイムス』はシャトルの底面に張られた断熱材の
「デジカメ写真」を大きくトップで掲載しており、この問題に対する世論の「心配」
を示しています。そのNASAは依然として「ダメージは僅か」としながらも「安全
確認ができなければ帰還日程を遅らせる」という選択肢を示すなど、まだまだ迷走は
続くようです。

 自信喪失といえば、7月7日のロンドンでの同時爆弾テロ事件は、その1週間後に
は模倣犯的な軽微な爆破事件があり、その後、7日の犯人(爆死、自爆説と、騙され
て自爆したという説あり)や、翌週の犯人に関する監視カメラ映像が公開されたり、
無実のブラジル人が警官に射殺された事件、など重苦しいエピソードが続いています。
29日の金曜日には3名の容疑者の拘束という情報も流れましたが、全貌の解明には
至っていません。

 アメリカでは、非常にイヤな言い方をすれば「他人事」という空気が否定できない
一方で、「地下鉄やバスは怖い」というムードが静かに進行しています。例えば、ロ
ンドンのテロを受けて、22日の金曜日からはNYの地下鉄では「荷物の抜き取り
チェック」が始まりました。ブルームバーク市長は「こんなことをしなくてはならな
い時代はイヤな世の中」だと断りながら協力を要請していましたが、反発は確かにあ
るものの、いまのところは大きな混乱はありません。

 ブレア首相はそれでも「イスラム急進派を出している国」の国際会議をやって対策
を議論しようなどと、目新しいことを言い続けていますが、アメリカの「テロ対策」
の方については、明らかに倦怠感、疲労感が出てきています。例えば、対策の方針に
ついて奇妙な対立が出てきたりしているのです。

 ブッシュ政権をはじめ、共和党側は、どちらかと言えば「テロの脅威は航空機が圧
倒的、鉄道やバスには予算は割けない」という姿勢を取っています。ロンドンの事件
の後もこれは変わりません。これに対して、例えばNY州選出の上院議員、チャック
・シューマー、ヒラリー・クリントンの2人など、民主党サイドは「鉄道、バスにも
対策を」という立場なのです。

 簡単に言えば、共和党が「飛行機に乗る層+どこにも行かない層(自営、農業)」
に支持母体があるのに対して、民主党は「毎日、公共交通機関に乗る層」に母体があ
るからなのでしょう。それに加えて、ハイテク探知器などの利権と、人海戦術に関わ
る雇用の問題もあるようです。

 いずれにしても、「反テロ」と言えば世論をまとめることができたり、無制限に予
算を取ってきたりできる時代は終わったようです。そこに出てきた空白の感覚、そし
て自信喪失感の発信地は、もしかするとホワイトハウスかもしれません。というのも、
ここへきて、ブッシュ政権の求心力が落ちてきているようなのです。

 今月に入って、最高裁判事欠員補充の候補に、ジョン・ロバーツ判事という人選を
発表して、世論にも議会にも一応の理解を得ることに成功しつつあるブッシュ政権で
すが、このあたりで息切れしつつある、という印象があります。国連大使候補のボル
トン前国務副長官は民主党の信任妨害にあって立ち往生、休暇中任命という議会承認
を経ないウルトラCが模索される有り様ですし、ローブ補佐官の問題も解決していま
せん。イラクの状況は悪化する中で、その新イラクの憲法草案では、宗派別の法制を
認める中で女性の人権が後退するという報道、そして米軍の撤退時期の議論も始まる
など、以前では考えられなかったような動きがでてきました。

 そんな中で、28日の木曜日には「ゴリゴリの保守」だと思われていた共和党のフ
リスト上院院内総務が、ブッシュ夫妻が猛反対している「ヒトES細胞研究」への連
邦補助金について積極的に認めよう、と言い始めたのです。ブッシュの「忠犬」とい
う存在から、独自性を見せて「ポスト・ブッシュ」の一角に食い込もうというのは、
この人の場合ある程度予想された事態ですが、均衡予算ではなく、生命倫理の分野か
ら「反ブッシュ」の「アドバルーン」を上げてきたというのは、風を起こすのではな
く、すでに吹き始めた風に乗ろうというムードを感じます。

 自信喪失の背景には、どうやら「ブッシュの求心力低下」があり、それは「反テロ、
イラク、宗教回帰」というキーワードの求心力低下でもあるようです。では、仮にそ
うだとして、この後に来るものは何なのでしょう。それは、伝統的なリベラルではな
く、また保守とリベラルを足して2で割った、などというものでもないように思えま
す。多分、情緒的なものや、思い込みから自由になることが、まず必要なのでしょう。
自信喪失の原因は、感情に振り回されて合理性を失ってきた結果だからです。

 その意味で、シャトルが帰還するにしても、あるいは放棄して救援隊の宇宙船で帰
還という判断になる、そのどちらにしても、「明らかに合理的な判断がされた」とい
うことが世論に伝わり、世論も「必要な知識に基づいて、合理的に納得した」という
状態へ持ってゆけるのかが、今後のアメリカにとって重要なポイントになるのだと思
います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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                   melma! : 8,695部
                   発行部数:132,613部(7月25日現在)

【WEB】    http://ryumurakami.jmm.co.jp/

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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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