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(回答先: Re: 雑学・豆知識と称し右翼プロパガンダを子供にすり込ませる極秘作戦が進行中である 投稿者 Johann 日時 2005 年 7 月 24 日 02:40:52)
http://www.watanabegumi.co.jp/pavements/knowledges/asphalthistory.html
アスファルトの歴史:
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B.C.3200 - B.C.540
メソポタミア、インダス川流域での考古学探掘では石材の接着剤、道路の建設、寺院の浴場、水タンクの防水にアスファルトがよく用いられていました。
B.C.300 -
エジプトでミイラ作りに多用されていました。
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日本でも石器のやじりの接着剤に天然アスファルトが使われていたということで、埼玉の学校の先生からやじりを再現したいので、天然アスファルトを入手したいのだが、とメールがあって、ちょっと探してグースアスファルトを提供したことがあります。
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http://homepage3.nifty.com/basaranihonshi/basara2.htm
アスファルトは、原油が地上にしみでて酸化変質し、固体または粘り気のある半固体状となって地表近くに埋もれているものを言います。人類が古くからこれを利用してきたことは広く知られているところです。例えば古代エジプトでは、死海で採取されたものがミイラの防腐剤として使われていました。メソポタミアやバビロニアでは、アスファルトを接着剤として利用し、レンガを固めて建造物や道路を作っていました。日本では、縄文時代に、石鏃や銛を矢柄や柄に取り付けるときの接着剤として使われたり、壊れた土器の修復や土偶の目の塗料など、幅広く用いられています。
1998年10月に、秋田県田沢湖町の潟前(かたさき)遺跡(縄文中期末、4200年〜4000年前)から、天然アスファルトが固まりのまま土器に入った状態で見つかりました。この土器は、竪穴住居跡の床面に埋まっていたものです。アスファルトだけで約2480c(容積約2.1g)と推測され、それまでに国内で発見されたものの中で最大でした。おそらく、同県内の昭和町の石油鉱床地帯から運ばれたものと考えられ、その竪穴住居跡のすぐ西側には焼けて締まった土があることから、この集落にはアスファルトを扱う専門技術者がいて、加工が行われていたと推測されています。
日本書紀の天智天皇七年(668年)の条には、越の国から「燃ゆる水」「燃ゆる土」が、近江大津宮に献上されたとあります。「燃ゆる水」は石油、「燃ゆる土」は天然アスファルトとされていますが、それらが何かに利用されたかどうかもわかっていません。ところで、くさい油の匂いがするため、いつのころからか「燃ゆる水」は「草生水(くそうず)」、「燃ゆる土」は「草生土(くそうど)」と呼ばれるようになりました。秋田県内などには、現在も「草生水」や「草生土」が地名として残っているそうです。
秋田県立博物館のホ−ムペ−ジには、同博物館の庄内昭男氏が、天然アスファルトを使っておこなった、石器や土器の接合実験が掲載されています。それによると、鉢形土器にアスファルトのかたまり200cを入れ、置き火の上で熱すると、約20分で全体がどろどろとなったそうです。十分注意していないとすぐ火が入って燃えてしまうとも述べられています。教科書や図説などにも、矢じりをアスファルトで矢柄に接着していると書かれていますが、接着効果はいかほどのものか?それなら、ということで、実際にやってみようと思い立ちました。しかし、肝心のアスファルトがない!アスファルトといえば、道路の舗装会社だ、と単純に判断し、片っ端から連絡をとってみました。そして、ある会社から、トリニダッドレ−クアスファルトという天然アスファルトを特別に譲ってもらうことができました。これは、南米トリニダッド島にあるアスファルトを自噴するアスファルトだけの湖からとれるものだそうです。同様のものがバミュ−ダ島にもあり、ひっくるめてレ−キアスファルトと呼ぶそうです。細かい微粒子を大量に含んだ非常に硬いアスファルトです。別に「天然もの」にこだわることはないので、地元の道路舗装会社に問い合わせしてみたらいかがでしょうか。以下その時の実験の模様です。
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http://homepage3.nifty.com/basaranihonshi/basara1.htm
海内圭一〔かいと けいいち〕。1956年生まれ。埼玉県在住。高校教師歴23年。
* 「埼玉の学校の先生」というのはこの先生のことかな?
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>「日本人は世界ではじめてアスファルトを使った」
(1)「世界ではじめて」であるかどうか
「世界ではじめて」であるかどうかは、上の事実からだけでは何ともいえないだろう。世界中でアスファルトが石器に使われた痕跡がないかを調査したうえで「現時点での調査例の範囲では世界ではじめて」という限定をつける必要がある。そもそも過去の或る事実が人類の歴史上で「はじめて」かどうかは永遠に分からないはず。
(2)「日本人は」かどうか
つくる会の、当時の言い方、見方を尊重すべきだとする考えからいうと、縄文時代には「日本国」も「日本」という名称さえもできていないから「日本人は」とはいえなくなりそうだ。
実際問題として、縄文人の直系の子孫としてはアイヌ人のほうが近いので、書くなら「アイヌ人は世界ではじめてアスファルトを使った」となるだろう。(「日本人」は縄文人と渡来人との混血、もしくは宇宙人とワニの混血(^^;))。
「日本列島の住民は・・」ならOK。
>「君が代は世界の国家と比べて実はとても穏やかな歌である」
>上記が事実なら、刷り込みでも何でもない。
こっちは、評価の問題だから、事実云々ではないだろう。
一般に、ある地域の文化は、その地域の住民の感性によって維持されてきたとすると、その住民がその文化を、その「感性に適合したものだ」と評価するのはやむを得ない。しかし、その文化の感性を普遍的に正しいものだと勘違いすると、排他的民族主義に繋がる。
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