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JMM [Japan Mail Media]   「スロヴェニアの若者たち」 成田真巳 
http://www.asyura2.com/0505/bd40/msg/262.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 7 月 11 日 05:16:53: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2005年7月6日発行
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JMM [Japan Mail Media]                  No.330 Extra-Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

 ■ ナズドラウイェ! fromスロヴェニア 第2回
   「スロヴェニアの若者たち」
   
  ■成田真巳:スロヴェニア在住

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「ナズドラウイェ」というのはスロヴェニア語で「乾杯」という意味です。この国に
来て驚いた事のひとつは、スロヴェニア人が老若男女を問わず実にお酒をよく飲むと
いう事です。お昼に知人宅を訪ねても「ナズドラウイェ!」、初対面でも「ナズドラ
ウイェ!」、風邪気味なのでお酒は控えたいと断っても「飲めば治る! ナズドラウ
イェ!」。国歌のタイトルも「乾杯の歌」ですし、スロヴェニア人にとって、お酒で
乾杯する事はコミュニケーションの潤滑油なのでしょう。    (成田真巳)
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■ ナズドラウイェ! fromスロヴェニア                 第2回
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「スロヴェニアの若者たち」

 夏。1年のうちでリュブリャナが最も美しく輝く季節がやってきた。旧市街のリュ
ブリャニッツァ川沿いの遊歩道にあるカフェテラスは、ビール片手におしゃべりに興
じる人々で溢れ返っている。つい何ヶ月か前には、この辺り一面が雪で覆われ、道行
く人々が足早に家路を急いでいたことなど、まるで遥か昔の出来事のようだ。

 ここリュブリャナは人口約25万人のスロヴェニアの小さな首都。中世、ルネッサ
ンス、バロック、アールヌーボーなど様々な時代の建築様式が混在する大変美しい町
だ。面積は275平方キロメートル、東京都23区の半分ほどの大きさだろうか。
リュブリャナの中心地はとても小さいので、観光には1日あれば十分だろう。私には
この小さな都市が首都としての機能をきちんと果たしていること自体が奇跡のように
も思えてくる。政府機関や文化施設、大学等の教育機関がこの小さな首都の中にすっ
ぽり入っているのだから。

 私は中心地から10分ほどのところに住んでいるので、天気の良い日は徒歩や自転
車で出かける事が多い。観光名所でもあるプレシェーレン広場や三本橋近くの市場で
購入した野菜や魚で一杯の買い物袋を提げて、各国大使館や国会議事堂の前を通り過
ぎるとき、なんだか無性に可笑しくなって笑い出してしまう。

 東京暮らしの長かった私は、当初この「小さな首都」に物足りなさも感じたが、ス
ロヴェニアでの生活も2年目に突入しようとしている今日では、心地よく感じるよう
になった。一度外出するとほぼ全ての用事を済ませることが出来るのも大きな魅力だ
し、しばらく音信不通になっていた友人と街中でばったり、なんて嬉しいこともある。
今日は徒歩で中心地まで出かけたのだが、国立オペラ座近くに差しかかると、リハー
サル中だったのだろうか、美しい歌声が聞こえてきた。しばし立ち止まって聞き入っ
てしまったのだが、こんな事も小さな首都リュブリャナならではの贅沢だろう。

 私が最初にスロヴェニアを訪れたのは1999年のことだ。その当時のリュブリャ
ナでは今より外国人も少なく、ひっそりとした、時に寂しげな雰囲気さえ漂っており、
スロヴェニア人自身も外国人にどう接したらいいのか戸惑っているような印象があっ
た。しかしここ数年海外からスロヴェニアを訪れる観光客が倍増したせいで、活気溢
れる国際都市へと変貌しつつあるように見受けられる。

 旧市街を散歩していると、ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語など実に様々
な言語が聞こえてくる。最近特にイギリス訛りの英語を聞く機会が増えたのは、20
04年にロンドンからの格安航空便が就航したからだろう。ヨーロッパからの観光客
の他に日本人観光客らしき姿をよく見かけるようになった事も、日本人の私にとって
は大変嬉しいことだ。

 このような国際化に伴い、観光客に合わせて3〜4種類の言語を巧みに使い分ける
若いスロヴェニア人ウェイターや店員なども珍しくなくなった。スロヴェニアを訪れ
る人々、特にイギリス、国境を接しているイタリア、オーストリアからの観光客は、
辞書片手にたどたどしいスロヴェニア語を話す必要にも迫られず、まるで自国にいる
かのように快適な時間を過ごすことが出来る。

 観光客ばかりでなく、スロヴェニアに長期滞在する私のような外国人にもスロヴェ
ニア人の若者は柔軟に接してくれることが多い。スロヴェニア語にまだ不得手な私が
会話に窮すると、さっと英語に切り替えてコミュニケートしてくれるその柔軟さに驚
かされることもしばしばだ。フランス留学中は、大都市パリでさえも英語を話す人は
非常に少なく、冷や汗をかきながらフランス語の単語を羅列してどうにか切り抜けた
ものだが……。

 前回のレポートで、スロヴェニアには何ヶ国語も流暢に操る若者が多いということ
を書いた。20代の友人に「なぜスロヴェニアの若者は何ヶ国語も話せるの?」と聞
いたところ、「スロヴェニアはイタリア、オーストリア、クロアチア、ハンガリーと
国境を接しているから、特に国境近くに住む人が何ヶ国語も話せるのは普通なんじゃ
ないかな。スロヴェニア人は頻繁にスロヴェニア国外へ出かけるから、外国語を使う
機会もとても多いんだ。ここでは小学校から英語の勉強を始めるから、今の若い子は
英語も得意だよ」という答えが返ってきた。

 日本でいうと四国ほどの国土に住むスロヴェニア人。バカンスやショッピングにス
ロヴェニア国外に出かけることは日常茶飯事である。私も観光を兼ねてオーストリア
やイタリアの国境近くの町まで買い出しに行くことがあるが、車で1時間半もかから
ないので国内旅行のような気軽さだ。以前、午前中はオーストリアで観光、その後、
車でイタリアへ移動して昼食にパスタを食べ、最後はスロヴェニアのアルプス地方ク
ラインスカ・ゴーラで散歩をしてリュブリャナに帰って来る、という3国1日周遊ツ
アーをしたこともあった。地続きのヨーロッパではすぐ隣の国に異なった文化や言葉
があるという事が頭では分かっていても、思わず「今いるのはスロヴェニアじゃなく
て、外国なんだよね?」とトボけた質問をしてしまう。外国がこうも近いと、四方を
海に囲まれた島国日本で生まれ育った私は混乱してしまうのだ。

 恵まれた地理的条件もあってスロヴェニア人が語学に長けていることには頷けるが、
その陰にもうひとつ、スロヴェニアが「無名の小国」であるということを彼らはいや
というほど自覚しているという事実が見え隠れする。「スロヴェニアは人口200万
人の国で歴史も浅い(スロヴェニアは今年14歳の誕生日を迎えたばかり)。もちろ
んスロヴェニア語を話す人もとても少ないので、もし外国人とコミュニケートしたい
と思うなら、外国語は必須条件」と友人。「スロヴェニアが小さくて歴史の浅い国だ
というのは事実。でも『スロヴェニア!知ってるよ。首都はブラチスラバ〔スロバキ
アの首都〕でしょう?』と言われると心底がっかりする。そんなことが余りに多いの
で、スロヴェニアの位置や、内戦はもう終わったということを毎回説明するのを面倒
に思うこともある。スロヴェニアが旧ユーゴスラビアの国だということを知っている
人はヨーロッパでもまだ少ないし、未だにスロヴェニアは貧しい国だと思っている人
達も沢山いる。そんな人たちにスロヴェニアのことを伝える上でもやっぱり語学力は
大切だと思う」

 一方で、一度でもスロヴェニアに来たことのある外国人の多くはいい意味で期待を
裏切られ、その美しい自然とスロヴェニア人の素朴な人柄のファンになって帰ってい
くという。そして最近はそんな外国人が増えていることを日々実感するそうだ。

 若い彼らは「スロヴェニアに未来を感じる」一方で、自分達の将来に一抹の不安を
覚えることもあるそうだ。スロヴェニアでの失業率は約10パーセント。25歳まで
の若年層の失業率も14パーセントと高い数字だ。私の友人達はリュブリャナ大学の
学生だが、スロヴェニアで大学を卒業、学士号を取得している者はスロヴェニアの労
働力のうちのわずか5パーセントほど。将来のエリートと言える彼らでさえ、就職先
を見つけることは簡単ではないという。彼らは口を揃えて言う。「私達が大学でこん
なに勉強して学士号を取得しても、その後仕事が見つかるという保証はどこにもない。
この国では学歴より“コネ”が重要視される傾向があるというのが現実」。これも共
産主義時代の名残なのだろうか。「スロヴェニアは小さい国なんだから、コネさえあ
ればどうにかなる!」と言うスロヴェニア人が意外に多いのには驚かされる。

 就職難という厳しい現実があっても、彼らはスロヴェニアに明るい未来を感じると
いう。EUへの加盟以来、各分野での可能性が広がりつつあることへの期待感もある
ようだ。「スロヴェニア国外で何年か働く事ももちろん視野に入れているし、異文化
に触れることは貴重な経験になると思う。でも将来はやっぱり大好きなスロヴェニア
で暮らしたいな」

 スロヴェニアの若者と話していると、彼らが本当に自分の国を愛していることがひ
しひしと伝わってくる。ある友人は「こんなに美しい自然のあるスロヴェニアに生ま
れ育って幸せ。そしてスロヴェニアのような小さな国が、大国にのみこまれながらも、
スロヴェニア人としての歴史や自分達の言語を失わずに今日まで保ってきたことは、
誇れることだと思う」と胸を張る。

 私が彼らくらいの年の時、こんなに自分の国に誇りを持っていただろうか、とふと
考える。私が日本や日本人の良さを自覚し始めたのは、フランスに語学留学してしば
らく経ってからのことだった。彼らくらいの年の時は、自分の国への誇りより、外国
へのあこがれの方が強かったように思う。若くして「自分の国に誇りを持っている」
と言い切れる彼らが何だか私にはとてもまぶしく見えた。

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成田真巳(なりた・まみ)
スロヴェニア在住。成城大学卒業後、OL生活を経てフランスへ語学留学。留学先で
知り合ったスロヴェニア人と03年に結婚、スロヴェニアに移り住む。目下スロヴェ
ニア語と格闘中。
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JMM [Japan Mail Media]                  No.330 Extra-Edition
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                   独自配信:106,489部
                   まぐまぐ: 19,128部
                   melma! : 8,771部
                   発行部数:134,388部(7月4日現在)

【WEB】    http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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