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2005年7月9日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.330 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第206回
「テロの連鎖」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第206回
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「テロの連鎖」
2005年7月7日朝、ロンドンの地下鉄と二階建てバスを狙った同時爆破事件は、
アメリカのメディアにとっては、不意打ちのような事件でした。今週は、月曜日が7
月4日(ジュライ・フォース)の独立記念日だったために、TV関係でも休暇を取っ
ている人が多かったこともあります。それに、ここのところニュースといえば、少女
の行方不明事件が過大に扱われるなど、「ゆるんだ」雰囲気だったのですが、それも
全部吹っ飛んでしまいしました。
CNNなどの24時間ニュース局は勿論、三大ネットワークも朝7時からのニュー
スショーの枠では、CMをカットしてブチ抜きの扱いでしたし、その中でもNBCは
昼ごろまで番組を変更して報道を続けていました。ただ、その報道の内容はイメージ
的なものが主で、直後に取材した目撃者の証言と、各首脳のリアクションを繰り返し
ているだけでした。
報道の中で奇妙だったのは、犠牲者の数です。通勤時間帯の交通機関を狙って複数
の爆破が起きたにも関わらず、アメリカのメディアの「死者」は事件発生後4時間
経っても、ずっと「2」のままでした。一方で、日本の新聞のサイトなどでは50と
か60という数字が出ていたのです。ただ、事件発生の6時間後ぐらいから、日本の
メディアも「2」に統一されたようです。
その後、事件後9時間後あたりからは、CNNなどではアメリカ政府筋からという
ことで、「40」という数字が出、その後にロンドン市警から33、さらに少しして
37という数字が発表されました。アメリカ東部時間より5時間早いロンドンが夜を
迎えても、この37という数字は変わりませんでした。
一方で、BBCのラジオ放送(海外向けの編集だと思いますが)をアメリカのNP
R(公共放送ラジオ)経由で聞きましたが、その中では、死者37というのは、全部
で4件あった爆発のうち2件のものの合計で、もう2件の死傷者についてはカウント
されていないという言い方をしていました。
事件当日の段階では犠牲者の数が抑えられているのは明白です。一夜明ければ現地
からもっと大きな数字が報じられる可能性が濃いからです。ですが、これをパニック
防止のための危機管理だとか、サミット開催中だから惨事の規模を抑えたいというよ
うな意図的なものだとするのは、どうも違うように思います。
ロンドン市警としては、検視結果などの客観的な基準で「死者」をカウントし、発
表することにしているようです。BBCが伝えているように、現場の検分が進んでい
ない事件の数は入れないでおくなど、憶測に基づく数字は避けているようです。勿論、
政治的な思惑や、国内外に与えるショックという計算もゼロではないでしょう。です
が、あくまで基準をもってやっているように見えました。
BBCでは、ロンドン市警幹部のインタビューなども流していました。あくまで事
件後4時間ぐらいの時点のものですが、「イスラム原理主義者の犯行という証拠はな
い。無政府主義者の可能性も捨てきれない」という調子で冷静なものでした。実際に
CNNなどで流れた、爆発に遭った直後の、埃と血にまみれた顔でインタビューに応
じていた人の口調なども落ち着いたものでした。
死亡者数に関して言うと、BBCの報道はそれはそれで一貫していたのですが、ア
メリカ側の扱いはどこか不自然なところがありました。まず、第一報の時点、具体的
には人々がTVを見始める6時台から7時台あたりの雰囲気は本当にピリピリしてい
ました。前日の五輪開催地決定を報じた「軽め」の出張キャスターが、狼狽した雰囲
気でロンドンからの中継をしたり、株価の先物が大きく売られたりしていました。
そんな中では、死者数のカウントなど憚られるようなムードでした。ロンドン市警
の公式数字が「死亡2名」で止まっている間は、実際の数字はもっと大きくなるだろ
う、というようなコメントもキャスター達からはほとんど出ませんでしたし、一方で
現時点での「2」が具体的にどんな意味があるのか、という詳しい報道はないままで
した。
そんなムードの中、ブレア首相の「野蛮な行為」という「原稿なし」の動揺を隠さ
ないスピーチがあり、少ししてブッシュ大統領の「警戒を怠るな」という発言や、ブ
レア首相の二度目の落ち着いたスピーチを含む、G8参加各国首脳のコメントが出、
アメリカでも大きく報道されていきました。
そうして、事件から7時間後、アメリカ東部が昼を迎える頃までには、アメリカ側
の対応も固まってきました。まず、ニューヨークではブルームバーク市長と、パタキ
知事が会見して「NYの警戒体制を強化する」と宣言しました。特にブルームバーク
市長は、前日の五輪会場レースの敗北会見の際とは全く違う「こわもて」の表情を見
せて会見に臨んでいました。
ただ、NYに関して言えば、警報がアップグレードされなければ予算がつかない、
従って実際の警備は増やせないはずで、その意味では極めて政治的な「宣言」だった
と言えるでしょう。政治的というのは、危機に際しては強いリーダーシップが期待さ
れる、自分はそれがありますよ、というパフォーマンスという意味です。
一方で、実際に警報が出た分野もあります。アメリカでは今回のロンドンの事件を
受けて、全米の公共交通機関に関して、テロ警報を「オレンジ」にアップしました。
国土保安省が宣言した以上、予算がつくのですが、実際は航空機・空港が一切含まれ
ず、ローカルの鉄道、バス、一部のフェリー、そして大陸横断のアムトラック特急だ
けが対象のようです。
ただ、これは何らかの警告や、盗聴で得られた「インテリジェンス」に基づくもの
ではなく、あくまでロンドンで起きた事件との連鎖反応を恐れての「警戒」という意
味だけのようです。ワシントンの各局政治記者は皆、そんな言い方をしていました。
そんなわけですから、セプテンバー・イレブンスの後、何年間も画面の隅に「テロ警
報」の表示をしていたFOXニュースなども、特に表示はしていませんでした。
この頃から、アメリカのメディアの報道はトーンダウンしていきました。三大ネッ
トワークは昼になると、もう「ソープオペラ」や「人生ドラマの告白ショー」などを
何の遠慮もなくやっていましたし、ニュースの関係でも、他の話題も取り上げられて
いきました。
BBCの中継をしていたNPRも、昼ごろからはワシントンから「ボブ・ウッドワ
ード」の生インタビューで、「匿名情報源報道」の特集を放送するなど、ロンドンの
事件の特番一色ではなくなって行きました。この「匿名報道」の問題というのは、C
IA工作員の氏名漏洩事件の関係で「情報源の秘匿」を貫いた記者が法廷侮辱罪で収
監されそうになっている事件、そしてウッドワード自身によるウォーターゲート報道
の情報源、「ディープスロート」の実名告白を受けた真相本の刊行に関するもので、
興味深いものでした。
それはともかく、インタビューの中で、ウッドワードは「今日のロンドンでの事件
のような場合こそ、様々な形で真相が隠されたり、阻止できなかった理由が隠された
りするものです。こうした重大事件の際には、真実を早く伝えるためには、信頼でき
る相当ハイレベルな情報源が必要で、その場合に、情報源の秘匿というのは極めて重
要なのです」と強調していました。
私は、このウッドワード発言には賛成します、いや大賛成です。ですが、ただ50
人以上(放送の時点では「2」でしたが)の人が亡くなっている事件の直後にしては、
ロンドンの惨事について「他人事」というムードが露骨でした。同じウッドワードが、
911の直後に、NYの高名なジャーナリストであるチャーリー・ローズとの対談で
「自分はどうしたら良いか分からない。ただ、アメリカが何かをしたら、事態はもっ
と悪くなる」と沈痛な表情で語っていたのとは別人のムードでした。
そうなのです。第一報から半日経った時点で、アメリカでは結局のところは「他人
事」というムードが出てきたようなのです。朝方の先物安から見てどうなることかと
思われた株価も、結局は持ち直しましたし、夕方のラッシュアワーになると、「オレ
ンジ警報」の出た鉄道の駅なども平静だったようです。
ニュージャージーでは、民主党のコーディ知事代行が、NYとの州境のハドソン川
を渡るホーボーケンのフェリー乗り場に登場して、通勤帰りの人たちと握手をしなが
ら「皆さん、大丈夫ですよ」と声をかけていたそうです。このホーボーケンのフェリ
ーというのは、911の日の朝には生と死を分けた場所として、事件後には一日の終
わりに帰途につく人々の感慨深い場所だったのですが、WCBSラジオの報道を聞く
限りでは、知事が来ているにも関わらず、その場は全く白けていたそうで、人々は足
早に立ち去るだけだったそうです。
CNNは簡易世論調査で「ロンドンの事件を受けて、安全のために自分は行動パタ
ーンを変えるか?」という質問をしていたのですが、事件から7時間後のお昼ごろは
50/50だったのが夕方になると、「変える」が47%と下がってきていました。
これもそんな雰囲気を受けてのことだと思います。
大リーグの野球に関しては、今日の試合開始前に各球場では黙祷をしていたそうで
すが、スポーツ専門局ESPNの報道では、英国の犠牲者への哀悼というよりは、間
近に迫ったオールスターゲームが「無事に済みますように」という「おまじない」と
いった風情でした。
今回の事件のアメリカでの反応は、そんなわけで「当日の午後から夜にかけて」早
速ながら、イヤな言い方になりますが「他人事」というムードが見え隠れし始めまし
た。いくら英国が911の直後には大変な追悼姿勢を見せていたといっても、そして
アフガンにしてもイラクの政策にしても、軍事外交面で全くの共同歩調を取っていて
も、アメリカからは「対岸の火事」という風情がどうしても出てしまうのです。
その一方で、ワシントンでは「自分たちには責任はない」という言い方もされてい
るようです。NBCのアンドレア・ミッチェルによれば、911の際の反省(官僚組
織のヨコの連絡が取れなかった)を踏まえて、CIA(中央情報局)NSA(国家安
全保障局)など各諜報機関は、早速データを持ち寄って今回の事件の前兆などを検討
したそうです。
その結果は、「テロ事件の直前にある『チャター』が今回はなかった」ということ
で一致したそうです。この「チャター」というのは、ワシントンでは流行語になって
いるそうで、テロ実行の直前に急に増える謎の通信量のことなのですが、今回はアメ
リカの各諜報機関の傍受した情報の中には、それらしいものはなかったのだそうです。
アメリカとイギリスは、良くも悪くも諜報活動において「UKUSA同盟」として
固い団結と共同歩調を取っているのですが、ミッチェルが伝える「アメリカの情報関
係者の反応」からは、その二カ国の一体感というものも余り感じられませんでした。
そんなわけで、アメリカでは社会がパニックを起こすこともありませんでしたし、
結果的に軍や政治家が激しく反応することも起きていません。ですが、私にはこの事
件は大惨事だと思えるのです。今後、死者の数が増えることが予測されるだけではあ
りません。何よりも、911の後にも、散発的にテロの連鎖が続いている、このこと
は無視できません。
2002年10月12日、バリ島の爆弾テロ事件(死者202名)、2003年1
1月15,20日、イスタンブールの連続爆弾事件(死者計約60名)、2004年
3月11日マドリッドの通勤電車爆破事件(死者191名)と、主要なテロ事件だけ
でも、911以来今回のロンドンに至るまでで5回を数えます。これは尋常なことで
はありません(ロシアのチェチェン関係はひとまず除きます)。
ある意味では、今日のアメリカの平静さというのは、自分の国ではないから構わな
い、という距離感に加えて、テロを防止するということへの無力感のようなものが入
り混じった複雑な心理がもたらしたように思います。G8の政治家たちのように怒り
を見せればテロが止むわけではない、イラクは本筋ではなく反テロ反アルカイダが本
筋という声はあっても具体的にどうすればいいのか分からない、そんな無力感もある
でしょう。
これもNBCのミッチェルですが、ワシントンの情報関係者の間では、ロンドンと
いうのは自動監視カメラが世界一の密度で配置されている街なのに、それを破ってこ
れだけの同時テロを起こすことができたというのは「ショックだ」と言っている人も
あるそうです。
午後のFMラジオでは、ミシガン州の「ボブ」という人が電話をかけてきて「折角
G8で貧困や温暖化の問題を平和裏に相談しようとしていたのに、それをあざ笑うか
のように爆弾を投げられてはどうしたらいいか分からない」というようなコメントを
していましたが、これも無力感の一種です。
一夜明けて、ロンドンからは死者50名というニュースが来ています。その一方で、
サミットの終結にあたり、ブレア首相は、まるで「テロ被災」という「被害者の正義」
を政治的なポイントに転化するかのように、自在の口調で「温暖化の枠組みにアメリ
カ、中国、インドが入っていないことへの批判」や「アフリカ問題についての自身の
功績」を滔々と喋っていました。
テロ被災に動じずに「地下鉄がダメなら自転車を買って通勤しよう(BBC)」と
頑張るロンドン市民の粘り、そしてこのブレア演説の(いつもながらの)ヴィルティ
オーゾ振りは、大したものでした。思えば「LIVE8」にしても、アフリカ問題に
しても、アメリカは完全に受け身でした。そして今回のロンドンのテロにしても、本
当に悲しんだり、考えたりすることができないでいる、それが2005年7月のアメ
リカなのでしょう。
私は、この一連のテロに関しては、貧困が直接の原因ではないと思います。富を移
転することだけでは狂信的な人々の怒りは収まらないように思うからです。また、パ
レスチナ問題や、サウジへの米軍駐留問題、イラン革命以来の遺恨といった個別の問
題にとらわれ過ぎるべきでもないと思います。また、キリスト教圏とイスラム圏の間
に宿命的な「文明の衝突」があるというのも信じられません。
ただ、G8諸国とイスラム圏の関係が、不自然なほど資源貿易に特化していること、
資源の輸出による収入は不労所得であるし、産油国国内の既得権層とそうでない層の
貧富格差の元凶となること、そこに問題の本質があるように思います。石油を通じた
西側諸国とイスラム圏の関係性の中に、イスラムのある種の人々の誇りを決定的に傷
つける何かがあるように思うのです。何よりも産油国国内での公正な富の分配、そし
て資源という不労所得に頼らない産業振興などを通じて、オイルマネーに腐敗した産
油国の国内事情を健全化すること、そうした長期的な対策が必要なのではないでしょ
うか。
私はアフリカの貧困の問題は重要だと思いますし、温暖化の問題についても科学的
な解明は十分ではなくとも、世界中の人々の懸念というのは重たいと思っています。
ですから「LIVE8」というような試みもどんどん行われるべきだと思っています。
ですが「イスラム圏との関わり方」を論じると、アメリカにしても英国にしても国
論が二分されてしまうのです。少なくとも、今回のサミット前後にアフリカ問題につ
いては「援助か貿易か」、であるとか「民主国を優先すべきか、過渡的な独裁国も相
手にすべきか」というような原則論が世界中でされたと思います。これは一歩前進に
は違いありませんが、同じような構造的な問題提起が「西側とイスラム圏」の間の
「関係を改善する」ために開かれた議論を呼び起こすような局面はまだありません。
テロの連鎖を断ちきるためだといって、監視カメラを増やし、盗聴を必死に行って
もダメだと思います。まして、テロ支援政府を転覆するのだといって、民間人犠牲を
伴う大規模作戦を行っていては、それこそテロリストに報復の口実を与えることにな
るだけです。
今日のある種の無力感の中から立ち上がって、イスラム圏との新たな関わり合いを
G8が真剣に考えることでしか、この連鎖を断ちきることはできないのではないで
しょうか。もしかすると、そんな動きが出てくるとしたら英国から(そうだとしても、
勿論きれい事だけではない形になるでしょうが)となるのかもしれません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
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JMM [Japan Mail Media] No.330 Saturday Edition
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独自配信:106,489部
まぐまぐ: 19,128部
melma! : 8,771部
発行部数:134,388部(7月4日現在)
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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